第201話:二日目の進軍、進化する樹海と物理の極致
第一キャンプの朝は、人工的な照明の光と、香ばしいコーヒーの匂いと共にやってきた。
「……おはようございます、皆さん」
如月拓也が、カルロスの設営部隊が一晩で組み上げた『防魔合金製のプレハブ簡易兵舎』の扉を開けて顔を出すと、広場ではすでに大人たちが次の進軍に向けた準備を整えていた。
過酷なジャングルのど真ん中とはいえ、南米チームが運び込んだ強固な建築資材と魔力ジェネレーターのおかげで、キャンプ内部は軍の要塞のように堅牢であり、風雨や瘴気を完全に凌ぐことができる。十分な休息を取った拓也の右眼に、疲労の影は微塵もなかった。
「おっ、起きたかウチの指揮官殿。玲奈ちゃんが美味い特製スープを作ってくれてるぜ」
風間蓮が、湯気を立てるマグカップを片手にニッと笑う。
「拓也くん、よく眠れましたか? さあ、冷めないうちにどうぞ」
瀬戸玲奈が、戦闘糧食をアレンジした栄養満点のスープと、こんがり焼かれたビスケットを拓也に手渡した。
「ありがとうございます。……ええ、姉さんの治癒のおかげで、頭も眼も信じられないくらいスッキリしています」
拓也はスープを一口すすり、その温かさにホッと息を吐き出した。
朝食を手早く済ませた日米南米のトップランカーたちは、キャンプの中央に設営された作戦本部へと集結した。
拓也は手元の端末を操作し、ホログラムのマップをテーブルの上に展開する。
「昨夜の防衛戦、本当にお疲れ様でした。……ですが、ここからが本番です」
拓也は、現在地である第一キャンプからさらに奥、五キロメートル先の地点を赤くハイライトした。
「本日の目標は、この地点に点在する『三つの巨大腫瘍根』の同時破壊。そして、そこを第二キャンプの設営地として確保することです。……ただし、昨日と同じ手は通用しないと考えてください」
「同じ手が通用しない、とはどういうことだ?」
神宮寺蒼太が、腕を組みながら問いかける。
「アスタロトの『暴食の樹海』は、こちらの戦術を学習します。昨日の突入時、俺たちは九条さんの炎や風間さんの氷といった『大規模な魔術』を多用して道を切り拓きました。……樹海は間違いなく、その魔力への『抗体』を生成して待ち構えているはずです」
拓也の言葉に、九条炎樹が面白そうに鼻で笑った。
「ハッ、俺の炎を学習しただと? ならば、それを上回る火力で炭にしてやるだけのことだぜ」
「そう単純にいけばいいですがね。……とにかく、道中は俺の眼で先導します。何かイレギュラーがあれば、即座に陣形を組み替えて対応をお願いします」
「了解だ、若大将。南米のジャングルじゃあ、予想外のトラブルなんて日常茶飯事だからな!」
カルロス・リベラが、背中の巨大な戦斧をガチャンと鳴らして豪快に笑った。
第一キャンプの強固な防壁のゲートが、重々しい音を立てて開かれる。
防壁の外に広がっていたのは、昨日突入した時よりもさらに赤紫の色を濃くし、不気味なテカりを帯びた樹海の姿だった。
「行くぞッ! 今日も人類の生存圏を押し広げるんだ!」
レオン・カーターの号令と共に、合同遠征軍は再び死のジャングルへと足を踏み入れた。
歩き始めてから数十分。
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』が、前方から迫る異様な魔力流動を感知した。
「……来ます! 前方および左右から、巨大な食虫植物の群れ! 九条さん、牽制を!」
「任せな! 汚物は消毒してやるぜ。……『焦熱の雨』ッ!」
九条が両手から高火力の炎の散弾を放ち、迫り来る巨大な赤紫の蔓や食虫花を焼き払おうとする。
だが――。
シュゴォォォォォォォォォッ!!
九条の放った炎が蔓に触れた瞬間、燃え上がるどころか、蔓の表面に生えた無数の「吸盤のような気孔」が開き、炎の魔力をジュウジュウと音を立てて『吸収』してしまったのだ。
「なっ……!? 俺の炎を喰いやがっただと!?」
九条が驚愕に目を見開く。
さらに、炎の魔力を養分として吸収した蔓は、一瞬にして元の二倍以上の太さにパンパンに膨れ上がり、より凶暴に鞭のようにしなって九条へと襲い掛かってきた。
「危ねえッ!!」
風間が咄嗟に間に割って入り、『銀牙槍・改』で蔓を弾き飛ばす。
「風間さん、氷の魔術も使わないでください! 奴らの表面は、魔力そのものを分解して自らの養分に変える『魔食の抗体』でコーティングされています!」
拓也の右眼は、植物の表面を流れる魔力回路が、昨日とは完全に別の『魔力吸収特化型』へと進化しているのを完璧に見抜いていた。
「チッ、指揮官殿の予想通りってわけか。魔法が通用しねえ上に、使えば敵がデカくなる。タチの悪いバケモノだぜ!」
風間が舌打ちをし、槍から冷気を消して純粋な打撃武器として構え直す。
「魔術が駄目なら、話は単純だ」
一歩前へ進み出たのは、アメリカ最強のSランク、レオン・カーターだった。
「吸収される魔力がない『純粋な暴力』で、千切れるまで叩き斬ればいいだけのことだろうがッ!!」
レオンが、自身の身長ほどもある巨大な魔剣を大上段から振り下ろす。
ドガァァァァンッ!!
魔力を一切伴わない、純粋な筋力と重量から生み出された破壊の剣撃。
それが、炎を吸収して巨大化した蔓を、周囲の地面ごと粉々に叩き切った。
「カッカッカ! アメ公の言う通りだ! 南米の密林で生き残りたけりゃ、最後は己の筋肉を信じるしかねえんだよ!!」
反対側からは、南米の総司令カルロスが凄まじい跳躍力で空中に舞い上がり、巨大な戦斧を竜巻のように振り回して、迫り来る魔食の蔓どもを次々とみじん切りにしていく。
「我々も遅れをとるわけにはいかないな」
神宮寺が大盾を構え、装甲車のような推進力で植物の群れへと突進。その強烈なシールドバッシュで、大木のような太さの食虫花を根元から粉砕していく。
「『八咫烏』、魔力を断ち、物理刃のみで刈り取れ」
不知火凛率いる暗殺部隊もまた、刀身から魔力を消し、純粋な刃の鋭さだけで植物たちの急所(関節部分)を的確に切断していく。
魔法を無効化する厄介な環境。
だが、ここに集まっているのは、魔術に頼らずとも世界最高峰の『物理戦闘力』を誇る、極星の大人たちだった。
「拓也くん、すごい……。魔法が使えなくても、あんなに圧倒的だなんて」
陣形の中央で結界を維持する瀬戸が、感嘆の息を漏らす。
「ええ。皆さんの力は、環境のデバフ程度で抑え込める底の浅いものじゃありません。……俺は、その力を最大限に活かせる『的』を指示するだけです」
拓也は、青く発光する右眼で、無数に蠢く蔓や植物の群れの中から「装甲が薄い部分」や「切断すれば連鎖的に崩れる急所」を次々と割り出していく。
「レオンさん、右十時の方向にある三本まとまった蔓の根本! そこが周囲の群れの重心です!」
「オラァッ! もらったぜェェッ!!」
「カルロス司令、左から地中を這ってくる根があります。戦斧の峰で地面ごと陥没させて!」
「任せな若大将! 地震を起こしてやるぜ!」
「神宮寺さん、正面の巨大花が開く瞬間に、顎の関節へ盾の縁を叩き込んで!」
「承知ッ! 『剛大盾・断崖』!!」
拓也のコンマ一秒の狂いもない完璧なナビゲートと、レオンやカルロス、神宮寺といった「物理の極致」に達した筋肉の化け物たちの共鳴。
彼らは魔術を一切封印しているにも関わらず、昨日と変わらない、いや、むしろ昨日よりもさらに凶暴な速度で、赤紫の樹海を蹂躙しながら前進していた。
やがて、数時間の過酷な行軍の末。
樹海の木々が不自然に開け、強烈な瘴気が渦巻く広大な空間が、彼らの眼前に姿を現した。
「……着きました。ここが、第二キャンプの予定地。五キロ地点です」
拓也が静かに短剣を構える。
そこには、昨日破壊した『腫瘍根』よりもさらに二回りほど巨大な、三つの赤黒い根が、互いに絡み合うようにして天高くそびえ立っていた。
そしてその周囲には、これまでの蔓やゴーレムとは明らかに一線を画す、圧倒的な威圧感を放つ巨大な『樹木の騎士』たちが、ズラリと陣形を組んで待ち構えている。
「なるほど、三つの腫瘍根を同時に守る『近衛兵』ってわけか。……見たところ、魔法は通じねえし、装甲も硬そうだぜ」
風間が、油断なく槍を構え直す。
「ええ。ですが、やることは変わりません」
少年指揮官の青き瞳が、冷徹に敵の急所を視据える。
「俺の眼がすべてを暴きます。……一つ残らず、物理で叩き潰しましょう」
進化する魔境に対し、決して屈することのない人類最高峰の矛と盾。
第二キャンプ設営地を賭けた、純粋なる暴力と物理の死闘が、今、幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
魔術を吸収する厄介な進化を遂げた樹海に対し、レオンやカルロス、神宮寺たち「物理の化け物」たちが大暴れする展開でした!
次回、三つの巨大腫瘍根を守る『近衛兵』たちとの激突です。
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