第198話:暴食の牙、未知なる魔境への突入と第一拠点(キャンプ)
「ゲート、開けェッ!!」
南米探索者協会の総司令官、カルロス・リベラの怒号が響き渡る。
マナウス郊外に築かれた巨大なコンクリートの防壁が、重々しい駆動音を立ててゆっくりと左右に開いていく。
その瞬間、むせ返るような甘ったるい瘴気と、強烈な腐敗臭が防衛線の内部へと雪崩れ込んできた。
扉の隙間から見えたのは、うねるように蠢く赤紫色の巨大な植物群。
それはまるで、獲物を待ち構えていた巨大な胃袋そのものだった。
『ギギギギギギッ……!!』
開いた防壁の隙間を縫って、無数の赤紫色の蔓が、まるで大蛇のように先端を尖らせて襲い掛かってくる。
「行くぞッ! 人類の生存圏を、一ミリでも深く押し広げろ!」
カルロスが背負っていた巨大な戦斧を引き抜き、先陣を切って跳躍した。
「オラァァァァッ!!」
凄まじい膂力から放たれた戦斧の一撃が、突っ込んできた数十本の巨大な蔓をまとめて粉砕する。
飛び散る植物の樹液は強酸性を帯びており、地面のコンクリートをジュウジュウと溶かしていくが、カルロスは意にも介さず樹海の奥へと突き進む。
「ハッハッハ! 南米の親分に一番槍を譲っちまったな! 野郎ども、続くぞ!」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが巨大な魔剣を肩に担いで豪快に笑う。
彼が率いる『リバティ・ナイツ』の重装部隊が、カルロスの開いた風穴をさらに押し広げるように、右翼の樹海を力任せに薙ぎ払っていく。
「草刈りの後の焼却処分は、俺の炎の独壇場だぜ。……『極大殲滅魔法』ッ!!」
日本のトップ魔術師、九条炎樹が後方から巨大な火柱を放つ。
切り落とされた蔓が地面で再生しようと蠢く前に、圧倒的な超高温の業火がそれらを完全に灰へと変えた。
「不知火さん、地中の根を!」
「承知。……『八咫烏』、刈り取れ」
不知火凛の号令と共に、黒装束の暗殺者たちが影から影へと飛び移り、地中から奇襲をかけようとしていた寄生型の植物魔獣の急所を的確に切断していく。
日米南米のトップランカーたちによる、一切の隙のない完璧な露払い。
彼らが圧倒的な暴力で赤紫の樹海に「巨大なV字の楔」を打ち込んでいるその中央を、如月拓也たち『特務遊撃パーティ』が駆け抜ける。
「……右斜め前方、距離三十! 毒胞子を溜め込んだ巨大な花が開きます。風間さん、咲く前に凍らせて!」
拓也は、走りながら右眼の『深層言語・限定解析』をフル稼働させていた。
視界に映る青いワイヤーフレームが、無秩序に蠢く樹海の魔力流動を完璧に読み解いていく。
「了解だ! 『絶氷・穿牙』ッ!!」
風間蓮が『銀牙槍・改』から極低温の冷気を放ち、赤紫の巨大花を蕾のままカチコチに凍結させる。
「神宮寺さん、左の地面が陥没します! 迂回ルートへ盾を展開!」
「承知ッ! 『絶氷大城壁』展開!!」
神宮寺蒼太が即座に進路を変え、大盾から強固な氷の防壁を作り出して足場を確保する。
「瀬戸さん、周囲の瘴気が濃くなっています。浄化の出力を一段階引き上げてください」
「はいっ! 『白銀の浄化陣・聖域』!!」
瀬戸玲奈の白銀の杖から放たれる清らかな光が、四人を包み込み、幻覚作用のある甘い瘴気を完全にシャットアウトする。
拓也の眼が、常に変化し続ける生きた迷宮の「安全な隙間」を縫い、最強の大人たちがそれを現実の道として切り拓いていく。
どれほど巨大な樹海であろうと、植物である以上、必ず魔力の通いづらい「葉脈の隙間」が存在する。拓也はその一点のみを正確にナビゲートし続けていた。
そうして、樹海の内部へと突入してから一時間。
周囲の景色は完全に赤紫色の壁に覆われ、空の光すら届かない異様な魔境となっていたが、彼らの歩みは決して止まらなかった。
「……見えました。カルロス司令が言っていた、第一キャンプの設営ポイント。ここから先、三キロ地点の開けた空間です」
拓也の声に、通信機越しにカルロスの野太い笑い声が響く。
『カッカッカ! マジで生還率ゼロのジャングルを、散歩みたいに歩きやがる! だが坊主、その開けた空間には「主」がいるはずだ。そいつを退かさねえと、陣地は作れねえぞ!』
「分かっています」
拓也たちが辿り着いたその空間の中央には、巨大な心臓のようにドクン、ドクンと脈打つ、高さ数十メートルにも及ぶ『巨大な腫瘍根』が鎮座していた。
周囲の赤紫の植物たちは、すべてこの腫瘍根から魔力の供給を受け、異常な速度で増殖を繰り返しているのだ。
「……こいつが、この一帯の増殖を促しているサブアンテナ……『暴食の根源』の一つですね」
拓也が静かに短剣を抜く。
『ギョロロロロロロロォォォォォッ!!』
侵入者を感知した腫瘍根が、不気味な咆哮を上げた。
その表面がボコボコと膨れ上がり、中から人間の形を模した巨大な『樹木の巨兵』が十体以上も生み出され、拓也たちを取り囲む。
「おいおい、木偶人形のお出ましだぜ。……燃やすのが一番手っ取り早いが、こんな密林の中で九条のオッサンみたいな大火力をぶっ放せば、酸欠で俺たちが死んじまうな」
風間が槍をクルリと回し、冷静に状況を分析する。
「ええ。それに、あの腫瘍根は魔力を吸収する性質を持っています。半端な魔法攻撃は、かえって奴の養分になるだけだ」
拓也の右眼が、腫瘍根の性質を的確に見抜く。
「ならば、物理的な粉砕一択だな。……指揮官殿、指示を」
神宮寺が大盾を構え、重心を落とす。
「風間さん、ゴーレムたちの足元を凍らせて動きを封じてください。神宮寺さんは、その隙に腫瘍根の『正面下部』へ全力のシールドバッシュを。……そこが、外殻が一番薄い急所です」
「任せな! 『絶氷・極寒の道』ッ!!」
風間が地面に槍を突き立てると、極低温の冷気が放射状に広がり、十体以上のウッド・ゴーレムたちの足元を一瞬にして凍りつかせ、その動きを完全に停止させた。
「道は開いた! 我が盾にて、穿つッ!!」
神宮寺が、装甲車のような推進力で真っ直ぐに腫瘍根へと突進する。
「『絶氷・剛大盾』!!」
ドガァァァァァァァァァンッ!!
日本の最高峰の盾による、純粋な質量と物理の破壊力。
魔力を吸収する腫瘍根であっても、この理不尽なまでの物理衝撃までは吸収しきれない。
メキメキと嫌な音を立てて外殻が砕け散り、腫瘍根の内部に隠されていた、赤黒く発光する『核』が剥き出しになった。
「……そこです」
神宮寺の突進の背後から、影のように飛び出した拓也が、空中で短剣『絶理の銀刃』を逆手に構える。
魔力を持たない凡人の少年。だが、彼にはコンマ一秒の狂いもなく急所を視抜く眼と、それを実行に移すだけの研ぎ澄まされた技術がある。
「『絶理・断線』ッ!!」
銀の刃が、腫瘍根の核を満たしていた魔力回路の継ぎ目を、正確に、そして深く焼き切った。
ジュゥゥゥゥゥゥゥッ!!
パキィィィィンッ!!
耳障りな破砕音と共に、巨大な腫瘍根が内側から崩壊を始める。
魔力の供給を絶たれたウッド・ゴーレムたちはただの枯れ木となって崩れ落ち、周囲を覆っていた赤紫色の植物群から、スゥッと不気味な生気が抜け落ちていった。
「……終わりました」
拓也が静かに着地し、短剣を鞘に収める。
腫瘍根が破壊されたことで、半径五百メートルほどの空間から『暴食の樹海』の支配力が完全に消え去り、そこにはただの灰色の枯れ地だけが残された。
「お見事です、拓也くん! これで、安全な空間が確保できましたね!」
瀬戸が駆け寄り、ホッと安堵の表情を浮かべる。
「ああ。これなら、後ろから来ている設営部隊も安全に作業ができるだろう」
神宮寺も大盾を下ろし、周囲の安全を確認して頷いた。
『オラァ! お前ら、急いで資材を運び込め! 日本の若大将が更地にしてくれた絶好の陣地だ、一時間で要塞を組み上げろ!』
後方から、カルロスの野太い声と共に、大量の建築資材や魔力ジェネレーターを抱えた南米の探索者たちが次々と流れ込んでくる。
拓也たちの切り拓いた「安全圏」を起点として、すぐさま強固な防壁とテントの設営が始まった。
「……よし。これでようやく、第一キャンプの完成だな」
風間が、忙しく動き回る設営部隊を眺めながら、満足げに息を吐く。
「ええ。ですが、ここはまだ入り口からたったの三キロ。……アスタロトの玉座までは、まだ気の遠くなるような距離があります」
拓也は、真新しいキャンプの防壁の向こう側――依然として蠢き続ける、無限の赤紫の樹海を静かに見据えた。
姉の魂を救い出すための、果てしなき開拓サバイバル。
確かな第一歩を踏み出した少年指揮官の戦いは、泥臭く、そして過酷な長期戦へと、さらに深く足を踏み入れていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
日米南米の同盟軍との見事な連携により、無事にジャングル内部への「第一キャンプ」設営が完了しました!
長期戦となるアマゾン編、ここからさらに未知のギミックやサバイバル要素が展開されていきます。
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