第196話:半ばの祝杯と蠢く冥淵、次なる舞台は暴食の樹海
イタリア・ヴェネツィアの解放から数時間後。
日本探索者協会の地下深くに設けられた特設の大広間は、これまでにない熱気と歓声に包まれていた。
「オラァッ! 日本の酒ってのは水みたいにスルスル入るな! もっと持ってこい!」
「おいおい筋肉ダルマ、ペースが早えよ。ウチの秘蔵の銘酒をジュースみたいに飲みやがって……!」
大広間の中央では、アメリカ最強のSランク探索者であるレオン・カーターが巨大なジョッキを呷り、日本のSランク魔術師・九条炎樹が呆れ顔で突っ込みを入れている。
その周囲でも、『リバティ・ナイツ』のメンバーや『プロミネンス』、『八咫烏』といった日米のトップランカーたちが、国境を越えて肩を組み、共に勝利の祝杯を挙げていた。
地球を縛る七つの特異点のうち、過半数を超える「四つ」を破壊した。
それは人類にとって、明確な反撃のターニングポイントであり、暗闇の中に確かな希望の光が差し込んだ瞬間だった。
「……すごい熱気ですね。皆、本当に嬉しそうだ」
少し離れたテーブル席からその光景を眺めていた如月拓也は、グラスに注がれたオレンジジュースを口に運びながら、柔らかく微笑んだ。
右眼を覆う真新しい眼帯の下には、一切の痛みはない。姉・三月の魂による奇跡の治癒は完璧であり、拓也の頭脳はかつてないほど澄み渡っていた。
「当然さ。彼らは皆、世界がどれほど絶望的な状況にあったかを誰よりも理解しているトッププロたちだからな。……君という絶対の道標が現れたことが、どれほど彼らの希望になっているか」
隣に座っていた神宮寺蒼太が、静かにグラスの水を傾ける。彼ら『特務遊撃パーティ』の前衛たちは、次の戦いに備えてアルコールを一滴も口にしていない。
「まったくだぜ。だが、あまり長居してドンチャン騒ぎに巻き込まれる前に、俺たちは休ませてもらうとするか」
風間蓮が、絡んでこようとする他の探索者たちの視線を上手く躱しながら苦笑いする。
「そうですね。拓也くんの眼が治ったとはいえ、休める時に休んでおかないと」
瀬戸玲奈も、温かい眼差しで拓也を見つめて頷いた。
その時、広間の奥からセバスチャンと東雲慧が、険しい表情を浮かべて歩み寄ってきた。
「……歓談の最中に申し訳ありません。ですが、事態は我々が祝杯を挙げている間にも、確実に進行しているようです」
セバスチャンの低い声に、拓也たち四人は即座に表情を引き締め、別室の極秘ブリーフィング・ルームへと移動した。
「残る特異点は、あと三つ。……ですが、ここから先はこれまでとは次元が変わります」
ブリーフィング・ルームのモニターに、東雲が新たな観測データを表示する。
「四つの拠点が破壊されたことで、行き場を失った莫大な魔力が、残る三つの特異点に完全に集中した。……敵の防衛システムは、もはや『結界』や『環境デバフ』といった理屈の通じるものではなくなっている」
東雲がモニターを切り替えると、そこには南米大陸――ブラジルの『アマゾン熱帯雨林』の衛星写真が映し出された。
しかし、本来の豊かな緑色であるはずのジャングルは、禍々しい赤紫色の「巨大な腫瘍」のようなものに完全に覆い尽くされており、それがまるで生き物のように周囲の都市を飲み込みながら、恐るべき速度で膨張を続けていた。
「第五の特異点、南米・アマゾン。……ここを支配しているのは、第五魔卿にして暴食の悪魔『樹魔卿アスタロト』です」
セバスチャンが、沈痛な面持ちで説明を引き継ぐ。
「アスタロトは、アマゾンの広大な自然と自らの魔力を完全に融合させました。あの赤紫色のジャングルは、足を踏み入れた生物の命を瞬時に吸い尽くし、自身の養分として無限に増殖し続ける『暴食の樹海』です」
「無限に増殖、だと……?」
神宮寺が眉をひそめる。
「ええ。物理的な破壊も、魔術による焼却も追いつきません。切った端から再生し、燃やした端から新しい毒花を咲かせる。……現在の計算では、あと四十八時間で南米大陸そのものが樹海に飲み込まれ、完全に消失します」
「四十八時間って……猶予がなさすぎだろうが! しかも再生するジャングルなんて、俺の氷や九条の炎でもジリ貧になるだけだぞ!」
風間がテーブルを叩く。
「……ええ。だからこそ、今までの特異点の中で最も厄介です。自然そのものが敵となり、迷宮として牙を剥いている」
拓也は、青く発光する右眼でモニターのデータをじっと見つめた。
姉・三月が魂の深層で警告していた『冥淵の本当の闇』。
悪魔たちはもはや、小手先のギミックや軍隊による防衛を捨てた。地球という星の生命力そのものを乗っ取り、人類を星ごとすり潰すという、最も直接的で野蛮な手段に打って出たのだ。
「……拓也くん。君の眼で、突破口は見えそうかい?」
神宮寺が、静かに拓也の顔を覗き込む。
「……木を一本ずつ切って進むのは不可能です。ですが、どれほど巨大に成長しようとも、植物である以上、必ず『根源』が存在します。その大元の根を断ち切れば、樹海全体を一瞬で枯死させることができるはずです」
拓也は、迷いのない瞳で大人たちを見据えた。
「同盟軍の皆さんには、樹海の外縁部で延焼を防ぐための『伐採作業』をお願いしましょう。俺たちは、その隙を突いて樹海の中心――アスタロトの玉座へ直行し、心臓部を抉り出します」
「ハッ、結局やることはいつもと同じってわけだ! どんなにデカい化け草だろうが、芯から凍らせて砕くまでだぜ!」
風間が獰猛な笑みを浮かべ、拳を鳴らす。
「ああ。特務遊撃パーティの真骨頂、存分に見せてやろう」
神宮寺もまた、深く力強く頷いた。
祝杯は終わりだ。
過半数を奪われ、後がなくなった冥淵の悪魔たちが放つ、剥き出しの殺意と絶望。
それらをすべて捻り潰すため、少年指揮官と日米最高峰の極星たちは、次なる死地――すべてを喰らい尽くす暴食の樹海へと、再びその足を踏み出すのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
祝杯も束の間、いよいよ残る三つの特異点との戦いが始まります! 次の舞台は、無限に増殖するアマゾンの暴食樹海!
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