第149話:浮遊群島の空、気流を潰す極大の温度差
三月が素手で岩壁を粉砕して作った、荒々しくも一直線な大穴の階段。
そこを数十メートルほどよじ登り、ついに最上段のゲートを抜けた四人の顔に、生ぬるく強烈な突風が吹き付けた。
「……こいつはまた、とんでもなく見晴らしのいい場所に出たな」
風間蓮が、吹きすさぶ強風に目を細めながら『銀牙槍・改』を肩に担ぎ直す。
第十五層『浮遊群島の空』。
そこは、天井の存在しない果てしない青空が広がる特異な階層だった。
眼下には底の見えない分厚い雲海が広がり、その空中を、大小様々な岩の島(浮遊島)が点々と浮かんでいる。島と島の間には橋などはなく、下から吹き上げる強烈な上昇気流によって、岩塊そのものが空中に留まっているという、物理法則を無視した光景だ。
「足を踏み外せば、そのまま雲海の下へ真っ逆さまだ。高所恐怖症には最悪の階層だな」
神宮寺蒼太が、足元の崖縁から崩れ落ちた小石が雲海に吸い込まれていくのを見て、大盾『絶氷大盾・銀嶺』を慎重に構え直す。
「これまでは環境の悪影響が中心でしたが……ここは『足場がない』こと自体が最大のギミックですね」
瀬戸玲奈も、突風に煽られないよう『白銀杖・六花』をしっかりと握りしめた。
「ええ。それに、この開けた空は、向こうにとっても絶好の狩り場です。……来ます、上空から三体!」
最後尾で『深層言語・限定解析』の瞳を青く発光させていた拓也が、鋭く上空を指差した。
キシャアアアアアアッ!!
雲海の上、遥か高高度から急降下してきたのは、体長七メートルを超える巨大なエイのような魔獣――『ゼファー・マンタ(空泳の風鱏)』の群れだった。
空力に特化した平べったい流線型の体を持ち、両翼の羽ばたきによってカマイタチ(真空刃)を生み出して遠距離から切り刻む、厄介な飛行型魔獣だ。
ヒュンッ! ヒュンヒュンヒュンッ!!
マンタの両翼から放たれた目に見えない真空の刃が、雨霰と降り注ぐ。
「神宮寺さん!」
「フンッ、我が城壁は空からの凶弾とて通さん!」
神宮寺が瞬時に前へ躍り出て大盾を斜め上に構える。
ガギィィィンッ!! という甲高い金属音と共に、真空刃が盾の魔力格子に激突し、熱エネルギーへと変換されて弾き散らされた。
「チッ、高すぎてオレの槍が届かねえぞ! どうやって引きずり下ろす、指揮官殿!」
風間が上空を旋回し始めたゼファー・マンタを睨みつけながら舌打ちをする。
物理的な足場のない空を自在に泳ぐ敵に対し、近接戦闘主体のパーティは圧倒的に不利だ。
だが、拓也の青い瞳は、敵の姿ではなく、その周囲を取り巻く『空気の流れ(コード)』を正確に読み解いていた。
「風間さん、奴らは自力で飛んでいるのではありません! この階層特有の『強力な上昇気流』を腹の膜で受けて浮力を得ている、ただのグライダーです!」
拓也は、腰の『絶理の銀刃』を引き抜き、空へ向けて鋭く指示を飛ばした。
「浮力の源である『気流』そのものを叩き潰します! 瀬戸さん、神宮寺さん! 敵の真下へ向けて、可能な限りの『熱』を放出して!」
「はいッ! 『熱波放射』!」
「応ッ! 盾の炉心、最大解放!」
瀬戸の杖と神宮寺の大盾から、第九層のボスの炉心から引き出された莫大な熱量が、上空へと向けて一気に放出される。
強烈な熱気球のように立ち昇った熱波が、ゼファー・マンタたちの真下の空気を急激に膨張させた。
「風間さんは、その熱された空気のさらに『上』へ向けて、最大出力の冷気を!」
「なるほど、極端な温度差で空気をぶっ壊すってわけか! 行くぜェッ!!」
風間が足元の岩盤を砕くほどの力で跳躍し、空へ向けて『銀牙槍・改』を全力で投擲するように突き放した。
放たれた極寒の魔力が、熱された空気のさらに上層を一瞬にして極低温へと書き換える。
――その瞬間、大気に致命的な「バグ」が生じた。
急激に熱せられて上昇しようとする空気と、極低温に冷やされて落下しようとする空気が正面衝突を起こしたのだ。
結果として発生したのは、局地的な超強力な下降気流。
『ギュ、ギョエエエエエッ!?』
空気を読んで泳いでいたゼファー・マンタたちは、突如として上から叩きつけられた見えない巨大な質量の気流に耐えきれず、完全に浮力を喪失。
錐揉み状態になりながら、拓也たちが立つ岩の島へと次々と墜落してきた。
ズドガァァァンッ!!
「落ちてくれば、こっちの土俵だ!」
神宮寺がすかさず踏み込み、墜落して気絶状態にあるマンタの頭部へシールドバッシュを叩き込んで完全に動きを封じる。
「トドメです!」
拓也が滑るように間合いを詰め、柄のスイッチを弾いた。
無音で赤熱した『ヒートナイフ』が、マンタの平べったい胴体の中心――魔力回路へと深々と突き立てられる。
強靭な皮も、風を操る魔力も、超高熱の刃の前では一切の抵抗を許さない。
ジュゥゥゥゥッ!!
急所を完全に溶断されたゼファー・マンタたちは、断末魔を上げる間もなく光の粒子となって消滅し、澄んだ緑色の魔石だけが足元に残された。
「……クリアです。大気の温度をハッキングし、下降気流で叩き落とす。完璧な連携でした」
拓也は赤熱した短剣を振り、静かに鞘へと収める。
「ハハッ! 敵の足場ごと気象を書き換えちまうなんて、相変わらずイカれた理屈を思いつくぜ!」
風間が、墜落の衝撃でひび割れた地面を見ながら快活に笑った。
「環境すらも武器に変える。……見事だ、拓也殿」
神宮寺も大盾を下ろし、大きく頷く。
空の脅威を退けた四人は、次の浮遊島へと渡るためのルートを探すため、島の前方へと歩みを進めた。
本来であれば、不安定な気流を読みながら、浮遊島を飛び移っていく危険なアスレチックを強いられるはずの階層だ。
だが、ここでも彼らは「規格外の足跡」を目の当たりにすることになる。
彼らの目の前に広がっていたのは、点々と浮かぶ島々ではない。
無数の浮遊島が、巨大な力によって強引に引き寄せられ、まるでパズルのピースを無理やりはめ込んだように『一本の巨大な陸橋』として繋ぎ合わされていたのだ。
繋ぎ目には、強力な磁力によって吸い寄せられた金属鉱石が、ボンドのように岩と岩を接着している。
「……おいおい。島を飛び移るのが面倒だからって、周囲の浮遊島を磁力と腕力で全部手元に引き寄せて、一本の道に圧縮したってのか?」
風間が、そのあまりにも強引すぎる「自作の橋」を見て、顔を引きつらせた。
「迷宮が用意した空のパズルを、島ごとくっつけて直線の道路にしてしまうとは。……もはや言葉も出ないな」
神宮寺が、呆れを通り越して感嘆の息を漏らす。
空を飛ぶ魔獣も、足場のないギミックも。
すべてを圧倒的な暴力と力業でへし折り、己の進む道だけを真っ直ぐに創り出した姉・三月。
(姉ちゃんは、どんな理不尽な世界でも立ち止まらなかった。……なら、俺も)
「行きましょう。姉ちゃんが作ってくれた、この真っ直ぐな橋を渡れば、すぐに次の階層です」
凡人の少年指揮官は、最強の仲間たちと共に、天才が力尽くで創り上げた空の道を、迷うことなく駆け抜けていくのだった。
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