第148話:雷鳴の峡谷、紫電を穿つ絶縁の陣
第十三層の分厚い石扉を抜け、長い階段を下りきった四人を迎えたのは、鼓膜を劈くような轟音と、肌を焼くほどの静電気だった。
バリバリバリッ!!
「……チッ、今度は雷かよ。空気がピリピリしてやがって、髪の毛が逆立ちそうだぜ」
風間蓮が、帯電してパチパチと音を立てる自らの前髪を鬱陶しそうに払う。
第十四層『雷鳴の峡谷』。
切り立った赤茶色の岩肌が続く広大な峡谷地帯であり、頭上を覆う分厚い暗雲からは、絶え間なく無数の落雷が降り注いでいる。
「風と雷の複合環境か。金属製の武具を持つ我々にとっては、文字通り『歩く避雷針』になりかねんな」
神宮寺蒼太が、改修された『絶氷大盾・銀嶺』を慎重に構えながら上空の暗雲を睨む。
「瀬戸さん、杖の結界波長を調整して。熱風のドームで空気中の水分を飛ばし、周囲の『導電率』を下げます」
「はいッ! 『乾燥熱波・展開』!」
瀬戸玲奈が『白銀杖・六花』の出力を上げると、パーティの周囲を覆うように乾いた熱のドームが展開される。空気中の湿気が飛んだことで、彼らの周囲だけは不快な静電気から完全に解放された。
「助かるぜ。……で、指揮官殿。お出迎えはどこにいる?」
風間が『銀牙槍・改』を肩に担ぎ、周囲の岩山を見回す。
「――右の崖上から三体、左の岩陰から二体。雷鳴の音に紛れて高速で接近してきます」
拓也の『深層言語・限定解析』の青い視界には、岩肌を這うようにして異常な速度でジグザグに飛び回る、黄色い魔力コードがはっきりと映し出されていた。
バチィィッ!!
紫電を纏って岩陰から飛び出してきたのは、全身が金属質の刃のような体毛で覆われた黒豹の魔獣――『ボルト・パンサー(迅雷の獣)』の群れだった。
彼らは足裏から電流を放ち、岩に含まれる金属鉱脈を伝って『電気推進』のような原理で超高速移動を行っている。
「速えッ! 完全に目で追いきれねえぞ!」
風間が驚愕の声を上げる。
「物理的な脚力ではありません! 地面の金属成分を利用して滑るように加速しているんです! 風間さん、奴らの進行方向の『地面』へ向けて最大出力の冷気を!」
「なるほど、足場を奪うってわけか! 行くぜェッ!」
風間が跳躍し、眼下の岩肌へ向けて『銀牙槍・改』を突き立てる。
極低温の魔力が岩山を瞬時に凍結させ、広範囲の地面が分厚い『氷』のコーティングで覆われた。
「ガウッ!?」
氷は極めて優秀な『絶縁体』だ。
地面との電気的な接続を絶たれた瞬間、ボルト・パンサーたちの超高速移動は強制的にキャンセルされ、氷の上で無様に足を滑らせて転倒した。
「機動力が死ねば、ただの的だ!」
神宮寺がすかさず踏み込み、氷上で体勢を崩した黒豹の横腹へ、大盾による強烈なシールドバッシュを叩き込む。
メキィッ! という鈍い音と共に、金属質の体毛が砕け散る。
「トドメです!」
拓也が滑るように間合いを詰める。
腰の『絶理の銀刃』を抜き放ち、柄のスイッチを親指で弾いた。
カチッ。
「断つ……ッ!」
無音で超高熱の『ヒートナイフ』へと変化した白銀の刃が、硬直した黒豹の首筋――魔力回路が集中する結節点へと深々と突き立てられる。
超高熱の刃が、強固な金属毛もろとも内部の回路をバターのように溶断した。
ジュゥゥゥゥッ!!
『ギギャアアアッ……』
急所を完全に焼き切られたボルト・パンサーたちは、次々と光の粒子となって消滅し、後には黄色く明滅する魔石だけが残された。
「……クリアです。雷の速度も、絶縁してしまえばただの獣と変わりません」
拓也は赤熱した短剣を振り、静かに鞘へと収める。
「ハハッ! どんなバケモノだろうが、指揮官殿の理屈の前じゃ形無しだな!」
風間が槍を回し、凍りついた岩肌の上で快活に笑う。
「見事だ。だが、この荒れた峡谷を抜けるには、まだ骨が折れそうだな」
神宮寺が、先へと続く険しい岩山の道を見上げて息を吐く。
本来であれば、この階層は入り組んだ岩の迷路と落雷を避けながら、慎重に進むルート構築が必要になるはずだった。
しかし、彼らが少し先へ進んだ所で目にしたのは、またしても「探索の常識を覆す光景」だった。
峡谷の中央。
行く手を阻むようにそびえ立つ、高さ五十メートルはあろうかという巨大な岩山の壁。
だが、その壁面には、まるで『巨大な杭打機』で連続して殴りつけたような、人間がすっぽり入れるほどの真新しい『大穴』が、階段状に上へと向かって一直線に穿たれていたのだ。
「……おいおい。迂回路を探すのを面倒くさがって、岩山を素手で殴って『自前の階段』を作りながら登ったってのか?」
風間が、その狂気的な物理破壊の痕跡を見上げて乾いた笑いを漏らす。
「もはや迷宮の地形すらも、三月殿にとってはただの粘土細工に過ぎないようだな」
神宮寺が呆れたように腕を組んだ。
天才の姉が、己の拳一つで岩山を穿ち、最短距離を強引にこじ開けた道。
迷宮のルールすら破壊し尽くすその姿を想像し、拓也は少しだけ誇らしげに微笑んだ。
(姉ちゃんらしいな。……俺たちも、この足跡を追って登りましょう)
「正規ルートを探す手間が省けましたね。行きましょう、この自作の階段を登れば、ショートカットできるはずです」
凡人の少年指揮官は、最強の仲間たちと共に、姉の遺した圧倒的な暴力の痕跡を足場にして、さらなる迷宮の深みへと歩みを進めるのだった。
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