第150話:黒砂の荒野、磁界を狂わす熱波
強引に繋ぎ合わされた浮遊島の陸橋を駆け抜け、次なる転移ゲートを潜った四人の足元で、ズズッ……と重い音が鳴った。
第十六層『黒砂の荒野』。
見渡す限りの地平線まで続く広大な砂漠地帯。しかし、その砂は一般的な黄土色ではなく、すべてが光を吸い込むような漆黒だった。
頭上には鉛色の空が淀み、風が吹くたびに黒い砂埃が重々しく舞い上がっている。
「……なんだこの砂。やけに足が沈む上に、ブーツや槍にまとわりついてきやがるぞ」
風間蓮が、足元にねっとりと絡みつく黒砂を鬱陶しそうに蹴り飛ばした。
「ただの砂ではないな。これは極めて純度の高い『砂鉄』だ」
神宮寺蒼太が身を屈め、黒砂を一掴みして指先からこぼす。砂鉄は不自然な動きで大盾『銀嶺』の金属部分へ引き寄せられ、微かに張り付いた。
「厄介ですね。金属製の武具を装備している私たちにとって、この階層は歩くだけでも体力を削られます」
瀬戸玲奈が『白銀杖・六花』を持ち上げようとするが、見えない磁石に引っ張られているかのように重い。
「それだけじゃありません。この特殊な環境を利用して、確実に『下』から狙ってきています」
拓也は『深層言語・限定解析』の瞳を青く発光させ、広大な砂鉄の海を見渡した。
彼の視界には、地下深くからこちらに向かって高速で移動してくる、巨大で渦巻くような赤い魔力コードが映し出されている。
ゴゴゴゴゴォォォッ!!
拓也の警告から数秒後。
四人の立つ足元の砂鉄が突如として液状化して渦を巻き、その中心から体長十メートルを超える巨大な黒鋼の蠕虫が飛び出してきた。
『ギリュルルルルルッ!!』
幾重にも重なった金属質の牙を円状に並べた大口を開き、パーティを丸呑みにしようと襲いかかってくる。
周囲の砂鉄を自在に操る魔獣――『マグネティック・ワーム(磁鎧の砂蟲)』だ。
「デカいミミズのお出ましだ! 神宮寺さん!」
「フンッ、地底からの強襲だろうと、我が盾は揺るがん!」
神宮寺が大盾を真下へ向けて構え、猛烈な勢いで突き上げてきたワニのようなワームの大口を真っ向から受け止めた。
ガギィィィンッ!! という甲高い金属音と共に、ワームの牙が大盾の魔力格子に弾き返される。
「固てぇッ! オレの槍でも表面の砂鉄装甲を貫くのは骨が折れそうだぜ!」
風間が跳躍しながら『銀牙槍・改』でワームの胴体を突くが、ワームは周囲の砂鉄を磁力で瞬時に集め、分厚い盾のようにして防御を固めてしまう。
さらには、再び液状化した黒砂の海へと潜り込み、姿を消してしまった。
「完全に砂の中を泳いでやがる。的が絞れねえぞ、指揮官殿!」
「焦らないでください。奴らは砂鉄を『磁力』で流動化させて泳いでいるだけです。なら、その磁力そのものを壊せばいい」
拓也の解析の瞳には、地下を潜行するワームが発する磁力線のコードがはっきりと見えていた。
「神宮寺さん、瀬戸さん! ワームが足元を通過する瞬間に、地面へ向けて最大出力の『熱』を叩き込んでください! 金属は一定以上の高熱(キュリー温度)を与えられると、磁力を失う性質があります!」
「なるほど、熱で磁場を焼き切るというわけか! 応ッ!」
「いきますッ! 『最大熱波・放射』!」
拓也が敵の軌道を指差した瞬間、神宮寺の大盾の炉心と、瀬戸の杖から、第九層で得た莫大な熱エネルギーが黒砂の地面へと一気に放射された。
ジュバァァァァァッ!!
超高熱を帯びた砂鉄は、一瞬にしてその磁性を喪失。
流動性を失い、ただの「重く硬い土塊」へと変貌した。
『ギュル!? ギギギギギッ!?』
磁力による推進力を奪われ、硬直した砂鉄の中に半身を埋めたまま、マグネティック・ワームが身動きを取れなくなって地表に露出する。
「風間さん! 動きが止まった敵の装甲へ、冷気を!」
「もらったぜェッ! 凍てつけッ!」
風間が『銀牙槍・改』の極低温をワームの胴体へ突き立てる。
熱された直後に極低温を叩き込まれたワームの金属装甲は、急激な温度変化(熱収縮)に耐えきれず、ピキピキと音を立てて亀裂を走らせた。
「トドメです!」
拓也が砂の上を滑るように駆け抜け、装甲に亀裂の入ったワームの懐へ潜り込む。
腰の『絶理の銀刃』を引き抜き、柄のスイッチを弾いた。
無音で赤熱した『ヒートナイフ』が、脆くなった金属装甲の隙間を抜け、ワームの体内にある魔力回路へと深々と突き立てられる。
ジュゥゥゥゥッ!!
熱刃がコアを完全に溶断し、マグネティック・ワームは断末魔と共に光の粒子となって砂漠に散っていった。
「……クリアです。磁力を失わせれば、ただの巨大な的ですね」
拓也は短剣を振り、静かに鞘へ収めた。
「ハッ! 砂漠を泳ぐバケモノごと、地面を焼き固めちまうとはな。相変わらずエグい戦術だぜ」
風間が槍を担ぎ直して笑う。
「見事だ。これでこの階層の攻略法も確立したな」
神宮寺も大盾を下ろし、安堵の息を吐いた。
厄介な磁場と潜行の脅威を退けた四人は、広大な黒砂の荒野を真っ直ぐに進んでいく。
やがて彼らの視界に、この階層でも「それ」が姿を現した。
見渡す限りの砂漠の中央に、幅十メートルほどの『真っ平らに舗装された黒い道』が、地平線の彼方まで一直線に伸びていたのだ。
それは、砂鉄が異常なほどの超高圧によって押し固められ、まるでアスファルトのようにカチカチに硬化した「道」だった。
「……おいおい。砂漠で足が沈むのが面倒だからって、砂鉄を磁力で一点に集めて、上からありったけの『腕力』で踏み固めて道を作ったってのか?」
風間が、その狂気的なまでに硬い黒のハイウェイをブーツでコツコツと叩きながら、呆れ顔で天を仰いだ。
「磁力操作(微)と、あの規格外の怪力……。迷宮の砂漠に、文字通り自らの足で舗装道路を敷設するとはな」
神宮寺も苦笑するしかないといった様子で腕を組んだ。
どんな悪路だろうと、歩きにくければ己の力で道を創る。
そのシンプルで圧倒的な姉の生存本能に、拓也は小さく息を吐いて前を見た。
「行きましょう。姉ちゃんが舗装してくれたこの道を歩けば、靴の中に砂が入ることもありませんからね」
凡人の少年指揮官は、最強の仲間たちと共に、天才が力業で造り上げた黒きハイウェイを歩み、さらなる深層への足取りを早めるのだった。
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