第146話:水没の古代都市、凍結する水面
水晶の砕かれた道を抜け、第十三層へと足を踏み入れた途端、四人のブーツがバシャリと冷たい音を立てた。
「……今度は水かよ。ホントに次から次へと面倒な環境を用意してきやがる」
風間蓮が、膝下まである濁った水から足を抜きながら舌打ちをする。
第十三層『水没の古代都市』。
どこまでも続く巨大な石造りの遺跡が、完全に水没している階層だった。
天井からは絶え間なく水滴が落ち、足元には苔生した瓦礫と、底の見えない濁水が広がっている。
一歩歩くごとに大きな水音が鳴り、水の抵抗で極端に動きが制限される探索者泣かせのフィールドだ。
「足元が見えないのは致命的だな。罠を踏み抜く危険もあるし、何より踏み込みの姿勢が作りにくい」
神宮寺蒼太が大盾『絶氷大盾・銀嶺』を構えるが、水中の抵抗のせいでいつものような神速のシールドバッシュは難しそうだった。
「ですが、水があるということは、あの魔獣たちにとっては格好の狩り場です。……来ますよ、足元!」
最後尾を歩く拓也の『深層言語・限定解析』の瞳が、濁った水面の下を高速で泳ぎ寄ってくる複数の青黒い魔力コードを捉えた。
ザパァァァンッ!!
拓也の警告と同時に、四人の周囲の水面が激しく爆発し、巨大な水棲魔獣が牙を剥いて飛び出してきた。
全長五メートルを超える、強靭な鱗に覆われたワニのような魔獣――『ディープ・クロコダイル』の群れだ。
「チッ、水中からの一撃離脱か! 鬱陶しいぜ!」
風間が『銀牙槍・改』を振るうが、敵は水中に潜っているため致命傷を与えきれない。
「風間さん、無理に水中の敵を追う必要はありません! 槍の極低温を『足元の水面』に直接叩き込んでください!」
拓也が鋭く指示を飛ばす。
「水面ごと凍らせるってか! 了解だァッ!」
風間が跳躍し、空中で身を翻して銀牙槍の穂先を真っ直ぐ水面へと突き立てた。
改修された槍から放たれる莫大な冷気が、濁った水を媒介にして一気に拡散する。
ピキキキキキィィィンッ!!
「ギモォォォッ!?」
風間の槍を中心として、周囲数十メートルの水面が、水中に潜っていたクロコダイルたちを巻き込んだまま一瞬にして分厚い氷へと変わった。
水中で動きを封じられ、氷漬けにされた魔獣たちがパニックを起こして藻掻く。
「足場ができたぞ! これならいつも通りだ!」
神宮寺が、凍りついた水面(氷上)を滑るように突進し、氷から上半身だけを出して硬直しているクロコダイルの顎へ、大盾を強烈にカチ上げた。
メキィィッ! という鈍い音と共に敵の鱗が砕ける。
「トドメです!」
神宮寺が体勢を崩した魔獣の横を抜け、拓也が一直線に間合いを詰める。
腰の『絶理の銀刃』を引き抜き、柄のスイッチを弾いた。
無音で赤熱した『ヒートナイフ』が、氷漬けにされた強靭な鱗の隙間を、熱で溶かしながら音もなく両断する。
ジュゥゥゥゥッ!
急所であるコアを焼き切られた魔獣は、次々と青い魔石を残して光の粒子へと変わっていった。
「……クリアです。水場なら、風間さんの冷気でフィールドごと固定すればいい」
拓也は短剣を振り、静かに鞘へ収めた。
「ハッ! どんな悪路だろうが、オレたちの手で戦いやすい盤面に書き換えちまえばいいだけの話だな!」
風間が、自らが作り出した氷の足場を軽く踏み鳴らして笑う。
「拓也殿の戦術眼と、鉄山殿のチューンナップ……。本当に、深層すらもただの作業のように攻略していくな」
神宮寺も感心したように氷の上を歩き出した。
瀬戸が『自動温度調節』の結界で周囲の冷気を和らげながら、四人は氷の足場を利用して水没都市をサクサクと奥へ進んでいく。
やがて彼らは、この階層でも「それ」を見つけた。
都市の中央を貫く巨大な水路。
しかし、その水路の水は、まるで『超弩級の質量兵器』が通り抜けたかのように、一直線に完全に弾き飛ばされ、底の石畳が剥き出しになっていたのだ。
周囲の壁には、凄まじい衝撃波によって水が叩きつけられ、ひび割れた痕跡が残っている。
「……おいおい。水没階層の水を、純粋な『腕力』と『踏み込みの衝撃』だけで弾き飛ばして道を作ったってのか?」
風間が呆れたように干上がった水路の底を見下ろす。
「モーゼの十戒だな……。三月殿の前では、水という概念すらも物理で粉砕されるらしい」
神宮寺が苦笑する。
水中のギミックも、魔獣の奇襲も、すべてを圧倒的な暴力で無視して進んだ姉。
その底知れぬ力と孤独な足跡に、拓也は静かに目を伏せた。
(待ってて、姉ちゃん。どんな地獄の底でも、俺たちが必ず追いつくから)
「……行きましょう。この干上がった道を進めば、間違いなく次の階層です」
凡人の少年指揮官は、最強の仲間たちと共に、姉の遺した痕跡を辿ってさらなる深淵へと歩みを早めるのだった。
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