第141話:樹海の死角、生きて蠢く緑の罠
ポータルを抜けた直後、鼻腔を突いたのは濃密な土と青くささ、そして微かな甘い芳香だった。
第十層『大森林』。
頭上を完全に覆い尽くす巨大な樹冠の隙間から、斑に落ちる青白い魔導光。
足元には太い根がのたうつように這い回り、視界のすべてが濃密な緑と湿気によって遮られている。
「……鬱陶しい景色だぜ。どこを向いても木と蔓ばかりで、間合いがサッパリ掴めねえ」
風間蓮が『銀牙槍・改』の柄を握り直し、苛立たしげに周囲の視界を警戒した。
「油断するな、風間。鉄山殿の言っていた通り、ここは『生きた迷宮』だ。木々そのものが魔力を帯びて動いている」
神宮寺蒼太が、改修された大盾『絶氷大盾・銀嶺』を前方に構え、重厚な足取りで先頭を進む。
拓也はパーティの後方で、常時起動させている『深層言語・限定解析』の青い視界を全開にしていた。
彼の瞳に映る世界では、周囲の巨木や草木の中に、不自然な速度で脈打つ『緑色の魔力コード』が幾重にも交錯している。
「瀬戸さん、周囲の魔力濃度の変動に注意してください。植物全体が弱微な幻惑作用のある花粉を散布しています」
「はい、拓也殿。『自動温度調節』の結界を微風モードで循環させます!」
瀬戸が『白銀杖・六花』の石突きで地面を突くと、先端の炉心から放たれる微かな熱風がドーム状に広がり、四人の周囲から充満する甘い花粉を優しく吹き飛ばした。
「助かるぜ、瀬戸ちゃん。……で、指揮官殿。敵はどこに潜んでやがる?」
「――頭上と、足元です」
拓也の短い警告とほぼ同時だった。
頭上の太い枝から、保護色で幹と同化していた巨大な影が、音もなく四人へ向けて落下の軌道を描いた。
同時に、足元の腐葉土を突き破り、太い棘を持つ無数の蔓が生き物のように足首へ絡みつこうと伸びてくる。
「頭上から『フォレスト・エイプ(樹海の巨猿)』、足元は『トゲツタ』の複合奇襲です!」
「ハッ、見えてりゃただの標的だッ!」
風間が跳躍し、神速の突きを上空へ放つ。
『銀牙槍・改』の穂先から放たれた極低温の気が、落下の途中にあったフォレスト・エイプの右腕を一瞬で凍結させた。
動きが鈍った巨猿の体を、すかさず神宮寺が下から躍り出て大盾の面で真っ向から叩き落とす。
ドゴォォォンッ!
地面に叩きつけられた巨猿へ向けて、拓也が滑るように間合いを詰めた。
腰の『絶理の銀刃』を抜き放ち、柄のスイッチを親指で弾く。
カチッ。
音もなく赤熱したヒートナイフの刃が、巨猿の胸元――強固な筋繊維の奥にある魔力回路を正確に一閃した。
ジュゥゥゥッ……!
超高熱の刃は、硬質な野獣の肉体を抵抗なく両断し、コアを一瞬で焼き切る。
巨猿は叫びをあげる間もなく青い魔石へと還元され、足元から迫っていたトゲツタも、瀬戸が放った熱風の波に巻かれて干からびるように縮み上がった。
「ふぅ……。敵の奇襲パターン、完全に把握しました」
拓也は短剣を振り、静かに鞘へ納めた。
「手際が良すぎるな。新装備の馴染み具合も完璧だ」
神宮寺が盾を構え直しながら感心したように頷く。
「へっ、この程度の木偶の坊じゃ、仕上がったオレたちの足止めにもならねえぜ」
風間がニヤリと笑う。
だが、拓也の青い解析の瞳は、さらに奥――大森林の深部から漂ってくる、より巨大で異様な魔力の奔流をしっかりと捉えていた。
「……行きましょう。この先には、この階層の『領域主』が待っています」
姉・三月が残した足跡を辿り、凡人の指揮官は洗練された仲間たちと共に、深緑の死地を一直線に切り拓いていく。
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