第139話:それぞれの休日、交差する思惑
第九層『熱波』での激闘を終え、ポータルで地上へと帰還した拓也たちは、すぐさま裏路地の鍛冶工房『黒鉄堂』へと赴いていた。
「おう、戻ったか。……ふん、イグニス・オートマタの炉心か。これだけの熱源素材なら、前回の第九層のパーツ以上に面白いチューンナップができそうだ」
分厚い耐熱エプロンをまとった鉄山厳は、持ち帰られた魔石を一瞥すると、満足そうに鼻を鳴らした。
「頼みます、鉄山さん。第十層以降はさらに環境が厳しくなるはずですから」
「任せとけ。お前らの武具に、この炉心の熱と冷却の自動調節回路を完璧に組み込んでやる。……だが、仕上がりは明日の夜だ。それまでは一歩も迷宮に潜らず、身体の芯から休んでおけ」
鉄山の指示に従い、拓也たちは一度解散することになった。
過酷な深層探索の合間に訪れた、束の間の「1日休み」。
それぞれが背負う十字架と日常の中で、その休日は全く異なる形ですぎていく。
◆ ◆ ◆
(神宮寺蒼太の休日:鍛え抜かれた肉体と、静かな決意)
日本最高峰のプロ探索者・神宮寺蒼太にとって、休日は単なる怠惰の時間ではない。
彼は早朝から、イージスが管理するプライベートのトレーニングジムにこもり、分厚い鉄板のようなバーベルを黙々と持ち上げていた。
ズンッ……! と鈍い音が響く。
ベンチプレスのバーには、常人であれば押し潰されるほどの膨大な重量が乗せられている。
「……ふう」
汗を拭いながらバーベルをラックに戻すと、ジムのガラス窓越しに、朝日が差し込む街並みが視界に入った。
地上は平和だ。人々は日常を謳歌し、自分が迷宮の深層で命を削っていることなど誰も知らない。
だが、神宮寺には分かっている。あの少年・如月拓也の背中にある覚悟の重さを。
植物状態となった姉・三月を取り戻すため、凡人の身でありながら知略の限りを尽くし、狂気的なまでの冷静さで深淵を目指す少年。その背中を守ると誓ったのは、他でもない自分自身だ。
「……強靭な盾でなければ、あの少年の道連れにはならんか」
神宮寺は低く呟くと、再び愛用の大盾――『絶氷大盾・銀嶺』のメンテナンスへと取り掛かった。鍛え直されるその武具と共に、彼の決意もまた、一層硬く研ぎ澄まされていく。
◆ ◆ ◆
(風間蓮の休日:喧騒と、失えない日常)
一方、アタッカーである風間蓮は、探索者たちが集まる歓楽街の喧騒の中にいた。
派手なパーカーのフードを目深に被り、一人で馴染みのゲーセンやショップを冷かして歩く。
「……チッ、相変わらず平和なもんだぜ」
街行く人々を見つめながら、風間は軽く舌打ちをする。
彼はかつて、己の戦闘欲を満たすためにだけに迷宮に潜っていた。だが、拓也のパーティに入り、あの如月姉弟の事情を知ってから、何かが少しだけ変わっていた。
家族の平穏を守るため、すべてを犠牲にして壊れていった姉・三月。そして、その姉を救うために冷徹に戦術を組み立てる弟・拓也。
「あんな姉弟を見ちまったらよ……途中で降りるなんて、男がすたるってモンだろ」
風間はふっと鼻で笑うと、愛用の『銀牙槍』を預けている黒鉄堂の方角へと視線を向けた。
明日の夜には、鉄山の手によってさらに凶悪に仕上がった槍が手に入る。
次の一撃で、どんな深層のバケモノの装甲を砕いてやろうか。荒々しい闘争心が、風間の胸の内で再び静かに燃え上がっていた。
◆ ◆ ◆
(瀬戸玲奈の休日:静寂の部屋と、温もりへの祈り)
支援役である瀬戸玲奈は、自室のベッドの上で、両手でしっかりと『白銀杖・六花』を抱きしめていた。
外からは、穏やかな風の音が聞こえる。
第九層の灼熱地獄でも、第十層の過酷な環境でも、この杖と如月くんの的確な指示があれば、パーティは絶対に崩れない。
けれど、瀬戸の胸にあるのは安堵だけではなかった。
(如月くんは、いつもあんなに冷静で……。一度も弱音を吐かない)
植物状態となった姉・三月のことを思えば、心が張り裂けそうになるはずだ。それでも拓也は、家族の前では優しく、戦場では氷のように冷徹な指揮官として立ち続け、一歩も引こうとしない。
その細い肩に、あまりにも重すぎる荷物が乗せられていることを、瀬戸は痛いほど知っていた。
「……私にできるのは、魔力を枯らさず、みんなを支え続けることだけです」
瀬戸は杖をそっとベッドの脇に置き、明日の夜に迫った「黒鉄堂での再集結」と、さらに深くなる迷宮への恐怖を飲み込むように、深く、深く祈りを捧げた。
◆ ◆ ◆
そして、すべてのメンバーがそれぞれの場所で休息と決意を深め、夜が明ける。
明日――明日の夜、黒鉄堂の炉の前で、最強の武具を纏った四人が再び顔を揃える時、物語はさらなる深淵へと加速していくのだった。
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