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魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026
第二章:少年の探索者編

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第117話:机上の空論、深淵の理(ことわり)

「――次の角を右です。この先は風の通りが僅かに強く、魔力の澱みが薄い。魔獣の奇襲リスクが最も低い、安全な育成ルートのはずです」

拓也の言葉に、最前線を歩く大盾使い・神宮寺蒼太が、小さく顎を引いた。

「了解した。では、拓也殿の指示に従おう」

迷宮の第一層。青白い発光苔に照らされた岩肌の坑道を、四人の足音が静かに踏みしめていく。

先ほどのグレーウルフ戦を経て、拓也の全身を包む空気は劇的に変わっていた。

鉄山が突貫で仕上げてくれた防魔インナースーツは、すでに己の汗と、先ほど屠った魔獣の血の匂いが薄く染みついている。

(まだだ。これくらいで満足してちゃ、姉ちゃんの足元にすら届かない)

拓也は、握り締めた短剣の感触を確かめながら、頭の中の「迷宮学」のデータベースを狂気的な速度で検索し続けていた。

姉・三月は、鉄山が「誰も到達したことのない深層を一人で蹂宮していた怪物」と称した存在だ。

自分のような凡人とは違い、きっと最初から全てを見通し、どんな強敵も一瞥するだけで塵にしてきたに違いない。

そんな天才の背中に、受験勉強しかしてこなかった自分が追いつくためには、一秒たりとも無駄な時間は許されなかった。

しかし、その焦燥を見透かすように、背後に立つ風間蓮が長槍を肩に担ぎ、鼻で笑った。

「おい、指揮官殿。お前の言う通り、確かにこのルートは魔力の反応が薄い。だがな……ちょっと静かすぎねえか?」

「え……?」

拓也の足が止まる。

秀才の迷宮学徒として、拓也が教科書や論文から得ていた知識では、魔力の澱みが薄い場所=魔獣の生息密度が低い安全地帯、という方程式が絶対だった。現に、ここまでの通路には魔獣の気配は全くない。

迷宮ダンジョンってのは生き物なんだよ、坊主」

風間が、鋭い眼光を坑道の先へと向けながら言葉を続ける。

「魔獣ってのはな、魔力の濃い場所を好む。それは正しい。だが、それ以上に奴らは『捕食』のために動く。魔力の薄い安全な一本道……そこに、もし一匹だけ、桁違いに賢い個体がいたとしたら、どうする?」

風間の言葉が脳髄に突き刺さった瞬間、拓也の背筋に冷たい戦慄が走った。

机の上のデータにはない、本物の深淵が持つ「生態系」の歪み。

「気づいたか。神宮寺、前だ!」

「応ッ!」

神宮寺が、寸分の迷いもなく大盾を前方に叩きつけた。

直後、拓也が「安全」と判断したはずの、前方の暗闇から、爆発的な質量を持った『何か』が突っ込んできた。

ギチギチギチギチッ!

発光苔の青白い光の中に浮かび上がったのは、成人の腰ほどもある巨大な蜘蛛の姿だった。

『アラクネ・パペット』。第一層の最奥、あるいは第二層に生息するはずの、強靭な外殻と粘着性の糸を持つ上位種だ。本来なら第一層のこのルートにいるはずのない魔獣が、浅層のウルフたちを狩り尽くし、この通路を「独自の猟場」として支配していたのだ。

ドォン! と激しい衝撃音が坑道に反響する。

突っ込んできた巨大蜘蛛の強烈な体当たりを、神宮寺は大盾一枚で完全に受け止めてみせた。

一歩も退かない。衝撃波が周囲の岩肌を揺らすが、日本の最高峰の盾は、その巨躯を微動だにさせなかった。

「拓也殿、指示を!」

神宮寺が盾の向こうの魔獣を睨みつけながら、鋭く声を飛ばす。

「う、あ……」

予想外のイレギュラー。教科書には載っていない事態に、拓也の思考が一瞬だけ停止しかける。

プロたちが本気を出せば、この蜘蛛など一瞬で細切れにできるだろう。だが、彼らはあえて決定打を放たず、拓也の「判断」を待っている。

守られて、隠されて、安全な場所で育てるつもりなど、彼らには毛頭ないのだ。

(考えろ……! 迷宮学の知識を捨てるな、応用しろ! アラクネ種の外殻は強固だが、関節の接続部と、腹部の糸袋の直下が最大の弱点……!)

拓也は、恐怖で引き攣りそうになる喉を無理やり抉り開け、叫んだ。

「風間さん、正面からの突きは外殻に弾かれます! 奴の左側面の第三関節、そこを狙って体勢を崩してください! 瀬戸さんは風間さんの槍に、爆熱の属性付与を!」

「御意! ――『サーマル・バースト』!」

瀬戸の流れるような詠唱と共に、風間の長槍の穂先が、激しい赤熱の炎を纏って爆ぜた。

「へっ、そのコールを待ってたぜ!」

風間の身体が、陽炎のようにブレた。

次の瞬間には、巨大蜘蛛の左側面へと完全に回り込んでいる。

鋭く放たれた烈火の突きが、拓也の指定した第三関節へと正確無比に突き刺さった。

外殻の隙間、肉の薄い結合部を、爆炎を伴う槍先が容赦なく焼き切る。

キシャァァァァッ!?

悲鳴を上げ、アラクネ・パペットの巨躯が、左側から大きく傾いて崩れ落ちた。

完璧な崩し。しかし、魔獣も死に物狂いで、その巨大な前足を拓也たちへと振り下ろそうとする。

「拓也殿、仕上げだ」

神宮寺が、その大盾で魔獣の残る足を強引に地面へと踏みつけ、完全に固定した。

「瀬戸さん、俺に身体強化を……!!」

拓也は、短剣を両手で逆手に握り締め、崩れ落ちた魔獣の懐へと、自ら飛び込んだ。

瀬戸の杖から放たれた淡い光が、拓也の肉体を極限まで加速させる。

(姉ちゃんは……こんな恐怖に、毎日一人で立ち向かってたんだ……!)

泥を舐め、血反吐を吐きながら、家族のために微笑み続けていたに違いない姉。

その本物の苦労の深さを、拓也はまだ想像することしかできない。

だからこそ、この一撃に、自分の持てる全ての覚悟を叩き込む。

「おおおおおッ!!」

跳躍し、全体重を乗せて、拓也は銀光の短剣を巨大蜘蛛の腹部――糸袋の直下へと、深く、深く突き立てた。

ネチャリ、という不気味な感触と共に、短剣が魔獣の急所を完全に貫通する。

内部で魔力の結節点を破壊されたアラクネ・パペットは、激しく痙攣した後、そのまま光の粒子となって霧散していった。

その場に膝を突き、拓也は激しく肩で息をした。

手のひらには、魔獣の強固な生命力を強引に断ち切った、生々しい振動が残っている。

「……ハァ、ハァ、ハァ……っ」

「合格、いや……大金星だな、指揮官殿」

風間が槍を回しながら歩み寄り、拓也の背中をポンと叩いた。

「教科書通りの安全が裏切られた瞬間、即座に敵の生態を思い出して弱点をコールした。おまけに、最後のトドメまで自分で刺しきった。お前、本当にただのガキか? 肝が据わりすぎてて、ちょっと引くぜ」

「素晴らしい機転でした、拓也殿」

瀬戸が駆け寄り、拓也の手に付着した魔獣の体液を、優しい治癒の光で清めていく。

「データにない異変が起きるのが、本物の迷宮です。貴方は今、机の上の学問を、本物の『力』へと変えました」

神宮寺もまた、重厚な盾を背中に戻し、感嘆の眼差しを少年へと向けていた。

「鉄山殿が、君をただの保護対象としてではなく、一人の探索者としてここに送り出した理由が、今ので確信に変わった。拓也殿、君は間違いなく、このパーティの『頭脳』だ」

プロたちからの、惜しみない称賛。

しかし、拓也は自分の泥臭い短剣を見つめながら、静かに首を振った。

「いえ……俺が、甘かったです。データだけを見て、ここを安全だと誤認した。皆さんの圧倒的な強さ(カバー)がなければ、俺は今の一撃で死んでいました」

立ち上がり、拓也は真っ直ぐな瞳でプロたちを見据えた。

「もっと、迷宮のリアルを教えてください。姉ちゃんが立っていたあの場所に、一秒でも早く行くために……俺を、もっと鍛えてください」

その貪欲な、どこか狂気を孕んだ少年の瞳を見て、神宮寺たちは一瞬、息を呑み――そして、不敵な笑みを交わし合った。

「いいだろう。では、第一層の残りのエリアは、さらに厳しくいくぞ」

神宮寺の言葉に、拓也は力強く頷いた。

机の上の学問を捨て、深淵のリアルを血肉に変えながら。

如月拓也の、真の探索者としての歩みは、この完璧なるプロたちの揺籃の中で、加速度的にその精度を増していくのだった。

第117話をお読みいただきありがとうございました!

机上の空論が通用しない迷宮の洗礼を受けつつも、プロたちの技術を貪欲に吸収し、司令塔として、そして一人の探索者として急速に覚悟を育てる拓也を描写いたしました。

もし「面白い」「続きが気になる」と思ってくださった方は、ぜひページ下部から**【評価やブックマーク】**をよろしくお願いいたします!皆様の評価が執筆の大きな励みになります!

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