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魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026
第二章:少年の探索者編

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第115話:静かなる決断、昏き揺籃(ようらん)

世界にただ一つ存在する、新宿の地下深くに眠る迷宮。

鉄山の工房を出て、神宮寺蒼太、瀬戸玲奈、風間蓮という心強い仲間たちとともに、その澱んだ暗闇の入り口へとまさに足を踏み入れようとしたその瞬間、拓也のポケットの中でスマートフォンが激しく震えた。

画面に表示されたのは、先ほど別れたばかりの鍛冶師・鉄山厳の名だった。不穏な予感に胸を突かれながら通話ボタンを押すと、スピーカーからは地響きのような鉄山の怒声が飛び出してきた。

『おい、坊主! 今すぐ三月が入院してる総合病院へ向かえ! 協会の監査部のクソどもが嗅ぎ回りやがった。あいつら、三月の身柄を研究サンプルとして強引に奪う気だ。俺も今から向かうが、お前も今すぐその仲間たちを連れて急げ!』

「なっ……!?」

拓也の顔から一気に血の気が引いた。姉ちゃんが奪われる――その最悪の言葉に硬直する拓也を見て、前衛の神宮寺が即座に重厚な盾を握り直し、鋭い眼差しを向けた。

「拓也殿、どうしました」

「あ、あの……姉ちゃんが入院してる病院に、探索者協会が……!」

拓也が状況を説明するより早く、背中に長槍を背負った風間が不敵に口角を上げた。

「初陣の前に、まずはお仲間のお姉様を護る防衛戦ってわけか。上等だ、案内しろ坊主」

「私も行きます。回復の準備はいつでも」

瀬戸が静かに杖を握りしめる。鉄山が選んだ日本の最高峰のパーティには、迷宮の魔獣を恐れるような怯えは一切なかった。拓也は三人に深く感謝しながら翻り、現代の新宿の街を、姉の眠る総合病院へと向かって遮二無二に駆け出した。

病院へ到着し、息を荒くしながら三月の病室のドアを静かに開けると、そこにはまだ何も知らない家族の、静かで重苦しい光景が広がっていた。

「……如月三月さんの容態ですが、現代医学の範疇では、脳波にも肉体にも一切の異常は見られません。にもかかわらず意識が戻らない。これは……やはり、探索者特有の『魔力枯渇による精神の休眠』、あるいは未知の呪詛と見るべきでしょう」

白衣を着た医師の言葉は、重苦しい静寂が満ちる病室へ無機質に響いていた。

如月三月が植物状態のまま眠りについてから、今日でちょうど一週間が経過している。

ベッドの傍らでは、三月の精神的な支えであり、その温かい家庭と手料理で彼女の人間性を繋ぎ止めてきた母、由美子が三月の手を両手で包み込み、静かに涙を流している。

その由美子の肩を、父である昭雄が力強く、確かな手つきで支えていた。かつての大病から完全に回復した昭雄は、今や健康そのものの肉体を取り戻し、自力で歩き、食卓で笑い合える日々を過ごしている。愛娘の突然の昏睡に深く胸を痛めながらも、一家の大黒柱として毅然と立ち、家族を守るための強い眼差しを失っていなかった。

拓也は神宮寺たちを廊下に待機させ、一人で病室の隅に佇みながら、自身の胸の内で激しく脈打つ「葛藤」を必死に抑え込んでいた。

(俺は、高校受験という平穏を捨てて、姉ちゃんの戦場だったあの迷宮へ挑むと決めた。神宮寺さんたちともパーティを組んだ。……でも、お父さんとお母さんには、まだその決意を何一つ話せていない)

三月はこれまで、家族に心配をかけまいと「Fランク探索者として、ちょっとしたお小遣い程度を稼いでいるだけ」と説明していたのだ。昭雄の大病が完全に回復したのも、由美子のパート生活に余裕ができたのも、すべて三月が「たまたま運良く見つけた素材が高く売れたから」という巧妙な偽装工作を施していたため、両親はそれを完全に信じ切っていた。

秀才の迷宮学徒である拓也だけは、持ち帰る物品の謎に自分なりの学術的な納得(誤認)を得ていたが、それでも姉が命を削って深層に挑んでいたことまでは知らなかった。そんな状況で、自分が「探索者になる」などと言えば、両親がどれほど取り乱すか分からない。切り出すタイミングを掴めぬまま、拓也は沈黙を守るしかなかった。

コツ、コツ、コツ。

静まり返った廊下から、革靴の硬い音が近づいてきた。病室の扉が、ノックもなしに無遠慮に開けられる。

現れたのは、仕立ての良い黒いスーツを纏った二人組の男たちだった。その胸元には、探索者協会の監査部を示す紋章のピンバッジが鈍く光っている。

「失礼します。如月三月さんのご家族ですね。私は探索者協会・監査部の人間です」

男の一人が、事務的な笑みを浮かべて名刺を差し出してきた。昭雄がそれを正面から受け止め、鋭い視線を返す。

「協会の方が、一体何の用ですか。娘は、もう戦える状態じゃありません。静かに寝かせてやってください」

完全に回復した昭雄の声には、毅然とした拒絶の意志が籠もっていた。

「ええ、重々承知しております。Fランクでありながら異常な戦果を上げていた如月三月氏の昏睡は、協会にとっても極めて重大な案件です。そこで提案なのですが……彼女を、協会が直轄する『特異魔力障害研究施設』へ今すぐ転院させていただきたいのです」

「研究、施設……?」

由美子が怯えたように声を漏らす。

「言葉通りです。彼女の体内には、未だ測定不能な高密度の魔力が残留している。一般的な病院ではこれ以上の治療も解析も不可能です。協会に身柄を預けていただければ、最先端の魔導医療を無償で提供することをお約束します。……お父様、お母様、これは『義務』ではなく、あくまでご家族のための救済措置ですよ」

男の言葉は丁寧だった。しかし、その瞳の奥にあるのは純粋な医療への情熱などではない。彼らは三月を、その特異な肉体を、都合のいい「研究サンプル」として手に入れようとしているのだ。協会監察局長のセバスチャンが三月の実力に恐怖し「非敵対・腫れ物扱い」を徹底している裏で、その事実を知らない監査部の下っ端どもが、手柄欲しさに勝手に動き出しているのは明白だった。

「ふざけるな。救済措置だと? 娘をそんな怪しげな施設に渡せるわけがない。今すぐ帰ってくれ!」

昭雄が怒りを露わにし、一歩前に出る。健康を取り戻した彼の体躯から放たれる威圧感は、協会の男たちを明確に怯えさせた。だが、監査部の男もまた、表情を険しくして言葉を重ねる。

「お父様、お母様、これは公式な要請です。一般人が協会の方針に逆らうのは――」

「公式もクソもあるか、すっこんでろ!」

突如、病室の気圧が爆発的に跳ね上がった。

戸口に現れたのは、病院の天井に頭が届きそうなほどの巨躯――『黒鉄堂』の店主であり、鍛冶師の鉄山厳だった。

無骨な作業着のまま、金属と火薬の匂いを漂わせた同盟者が、スーツの男たちを見下ろすように病室へ踏み込んでくる。

「っ……!? あなたは、国宝級鍛冶師の鉄山……なぜここに」

協会の男たちが、目に見えて動揺し、一歩身を引いた。

「なぜも何もねえ。如月三月が使っていた武具の全権、および彼女の探索者としての資産管理を行っているのはこの俺だ。身内の危機に顔を出すのは当然だろうが」

鉄山は懐から、何枚もの刻印が押された重厚な書類を取り出し、協会の男の胸元へ叩きつけた。

「これは……!?」

「三月が事前に俺と交わしていた『万が一の際の医療委託契約書』だ。あいつの身柄、および今後の治療に関するすべての決定権は、親族の同意の元で俺が引き受けることになっている。お前ら協会が、特異サンプル欲しさにガキを拉致るための法律の抜け穴は、とっくに塞いであるってことだ。これ以上、俺の顧客おとくいさんの家族を脅すってなら、協会本部に苦情だけじゃ済まねえぞ。俺が今後、協会の指定武器の配給をすべてストップしたら、前線がどうなるか分かって言ってるんだろうな?」

鉄山の放つ、地響きのような威圧感。一国の軍隊すら黙らせる職人の言葉に、監査部の男たちは完全に気圧された。彼らは青ざめた顔で、捨て台詞を残すこともできずに、這うように病室を逃げ出した。

男たちが去った後、鉄山は大きく息を吐き、如月夫妻に向き直った。

病室には痛いほどの静寂が戻る。昭雄は鉄山を見上げ、深い感謝とともに、隠しきれない不安を口にした。

「鉄山さん……本当にありがとうございました。ですが、一般の病院では三月の意識は戻らないと言われ、かと言って協会の施設を拒絶してしまえば、これから一体どこで治療を続ければいいのか……。それに、今後の治療費のことも……」

治療費、という言葉を聞いた瞬間、鉄山は腕を組み、静かに切り出した。

「お父さん、お母さん。いい機会だ。今まで三月があんたたちに隠し通してきた『秘密』を、ここで全部明かしておかなきゃならねえ」

「秘密……ですか?」

由美子が不思議そうに鉄山を見つめる。

鉄山は真面目な声で告げた。

「三月はな、Fランク探索者なんかじゃねえ。あいつは、この国に唯一つ存在する迷宮の、誰も到達したことのねえ深層を一人で蹂躙していた、文字通りの『怪物』だ。あいつが迷宮で得た莫大な資産の管理は、すべてこの俺が引き受けている。お前ら家族が、これから何十回、何百回生まれ変わっても使い切れないほどの富が、俺のところに預けてある。すべて、あいつが命を懸けて家族のために遺した力だ」

鉄山の口から語られた規格外の事実に、昭雄と由美子は完全に言葉を失った。

一生かかっても使い切れない資産。娘が、自分たちのあずかり知らぬ世界の裏側で、どれほど危険な戦いに身を投じていたのか。その事実が、津波のように両親の心に押し寄せる。由美子は口元を両手で覆い、ベッドで眠る三月の姿を見て、崩れ落ちるように泣き崩れた。

「三月……貴女、私たちに何も言わないで、そんな恐ろしい場所に……!」

「だからよ、昭雄さん、由美子さん」

鉄山は静かに言葉を重ねる。

「治療費の心配なんてのは一円もいらねえ。俺が極秘裏に管理している、探索者専門の裏の医療施設へ今からあいつを移す。そこなら協会の実力行使も、迷宮の呪いも届かねえ安全な場所だ。三月の資産を使えば、病室ごと施設を買い占めてもお釣りが来る。あいつの肉体は、俺が命に代えても守り抜く」

鉄山の不器用だが確かな庇護に、昭雄は震える拳を握りしめ、深く頭を下げた。

「お願いします……鉄山さん。どうか、三月を……娘を、守ってください……!」

姉が隠していた世界の裏側、そして家族のために遺した莫大な富。

そのすべてが明かされた病室で、これまで沈黙を貫いていた拓也が、ついに静かに一歩前へと踏み出した。

「お父さん、お母さん」

拓也の声は、驚くほど冷静で、そして硬質だった。

昭雄と由美子が顔を上げる。

「俺……高校受験をやめる。探索者になって、迷宮に潜るよ」

「……っ、拓也!? 何を言っているの!」

由美子が悲鳴のような声を上げた。

「三月があんなことになって、今度は貴方までそんな危険な場所にいくなんて、絶対に許しません! 貴方はお姉ちゃんが守ってくれた日常の中で、ちゃんとお勉強をして、普通の幸せを掴むのよ!」

完全に回復した昭雄もまた、父親としての厳しい表情で拓也を睨みつけた。

「そうだぞ、拓也。三月がどれだけの想いでお前たちの平穏を守ってきたか、今の鉄山さんの話で分かっただろう。お前まで命を危険に晒すような真似、父親として絶対に認めん」

両親の激しい拒絶。それは当然の反応だった。しかし、拓也の引き返せない強い瞳は、少しも揺らがなかった。彼はポケットから姉のスマートフォンを取り出し、その画面を両親に見せた。そこには、意識を失う直前まで拓也の受験を応援してくれていた、三月からの優しいメッセージが残されている。

「姉ちゃんが守りたかったのは、お父さんとお母さんの笑顔で、俺たちのこの普通の日常なんだ。……でもね、その日常の要だった姉ちゃんが倒れて、協会みたいな悪い奴らが姉ちゃんを奪おうとしてる。鉄山さんが裏で守ってくれても、姉ちゃん自身の意識が戻らなきゃ、俺たちの本当の日常は二度と戻ってこないんだよ」

拓也は床に両膝を突き、深く頭を下げた。

「姉ちゃんの魂は、今もあの唯一の迷宮のどこかに囚われてる。魔力枯渇による休眠を目覚めさせる鍵は、迷宮の最深部にしかないんだ。……姉ちゃんの代わりに、今度は俺が、如月家を守る番なんだ。姉ちゃんを、絶対に俺が連れ戻す。だから……行かせてください」

「拓也……」

昭雄は、息子の言葉の裏にある、学徒としての冷静な分析と、家族を想う狂気的なまでの決意を感じ取り、言葉を詰まらせた。その姿は、かつて自分たちのためにすべてを隠して微笑んでいた、あの強い三月の背中に酷く酷似していた。

「お父さん、お母さん。心配はいらねえよ」

見守っていた鉄山が、助け舟を出すように腕を組んだ。

「この坊主をただ死にに行かせやしねえ。俺の工房で、俺が選りすぐった信頼できる日本の最高峰のパーティとすでに引き合わせて、今も廊下で待機させてある。前衛の『神宮寺蒼太』、アタッカーの『風間蓮』、さらに回復の要である『瀬戸玲奈』だ。浅層で坊主が死ぬようなヘマはさせねえし、俺が坊主専用の防具をゼロから打ってやる」

鉄山の言葉に、昭雄は息子の瞳をもう一度じっと見据えた。そこにあるのは、子供の我が儘ではない。一人の男としての、家族を救うための覚悟だった。

「……分かった」

昭雄は、溢れそうになる涙を堪え、拓也の細い肩に手を置いた。

「行くからには、絶対に生きて戻ってこい。……三月を、お前の姉さんを、頼む」

「あなた……!」と取り乱す由美子を、昭雄は静かに抱きしめ、首を振った。引き止められない。この姉弟の絆と覚悟は、すでに自分たちの想像を超える場所に到達しているのだと、大黒柱として理解したからだ。

「お父さん、お母さん……ありがとう」

拓也は立ち上がり、涙を拭った由美子に小さく微笑むと、眠る三月の元へ歩み寄った。その手を一度だけ強く握る。

「姉ちゃん、行ってくる。待ってて」

病室の外では、鉄山の手配した裏の移送班が到着し、三月を極秘施設へと移すための準備が迅速に始まっていた。

夕暮れの新宿。一般病院の裏口から出発する移送車の影を見送りながら、拓也は廊下で待っていた神宮寺たちと合流し、世界で唯一の迷宮の入り口へと、迷いなく足を進めた。

高校受験という少年時代を完全に捨て去り、如月拓也の、真の探索者としての過酷な旅路が、今ここに幕を開けた。

次回、第116話より、神宮寺、瀬戸、風間ら新生パーティとともに、拓也がいよいよ迷宮の初陣(戦闘)へ挑む本格的なエピソードが始まります。

続きが気になると思って頂けましたら、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】ボタンから応援をよろしくお願いいたします!

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