第100話:防衛戦の幕開けと、Fランクの誤算
迷宮第5層、広大な円形広場。
そこには協会が総力を挙げて構築した最終防衛線が敷かれていた。
重厚な魔導障壁が張り巡らされ、その背後には「獅子の牙」に次ぐ実力を持つトップクラン「銀の剣」をはじめ、数々の精鋭パーティーが武器を構えて立ち並んでいる。
張り詰めた空気の中、防衛線の最前線に、一人の少女が立っていた。
漆黒のロングコートに身を包んだ如月三月である。彼女は周囲の探索者から、協会が派遣した「特殊な索敵・支援要員」として紹介されていた。
「おいおい、協会も人手不足か? こんなか弱いFランクの小娘を最前線に送り込むなんてな」
三月の隣に立つ、「銀の剣」のリーダー格である巨漢の男が、呆れたように鼻で笑った。彼の周囲には、いかにも鍛え上げられた猛者たちが、侮蔑の眼差しを三月に向けている。
彼らは三月を、この地獄のような氾濫の中で真っ先に死ぬであろう「足手まとい」だと決めつけていた。
「大丈夫だよ、三月ちゃん。僕たちが前にいるから、君は後ろで細かく索敵さえしてくれればいい。何かあったら僕たちが守るからさ」
別のパーティーの若手探索者が、過保護な笑みを浮かべる。
三月は、その親切心を向けられるたびに、内側で冷ややかな笑みをこらえていた。
(……早くこの茶番を終わらせて、お母さんの作った朝ごはんを食べに帰りたいんだけど)
彼女の意識は、すでに防衛線の遥か先、迷宮の奥底から迫りくる数万の殺意に向けられていた。
「気配察知(微)」の限界を超えた超感覚が、地面を震わせる数千、数万の足音を正確に捉えている。
人間たちにはまだ聞こえない。だが、三月には分かる。
あと数十秒で、この平和な防衛線の崩壊が始まることが。
「……来るわ。数、約三万。種類は中層の狂暴種がメインね」
三月が静かに呟いた。その直後、防衛線の先にある暗い迷宮の通路から、地鳴りのような咆哮と共に、血走った眼をした魔獣の奔流が溢れ出してきた。
「くそッ! なんだこの数は……! 防衛線を突破されるぞ!」
探索者たちの悲鳴が上がる。
魔獣の奔流は、津波のように障壁を飲み込み、前列にいたパーティーが瞬く間に押し潰されていく。
ここからは地獄だ。
誰もが死を覚悟した瞬間――三月は、誰にも気づかれないように右手を鞘にかけた。
(さて。全員が混乱している今のうちに、一番厄介な中核を粉砕しておくわ)
三月は右手を鞘に添え、人知れず魔力を指先に集中させる。
彼女の眼前に迫る、体長十メートルを超える巨大な狂暴種が、牙を剥いて飛びかかってくる。
周囲の探索者たちが悲鳴を上げ、その猛獣の襲撃を避けようと身をよじった、その一瞬。
三月は、誰にも見えない速度で(新)双極の魔刃・黒月を数ミリだけ抜き放ち、不可視の魔力刃を放った。
――シュッ。
音すらもしない、極めて微細な魔力の閃光。
彼女の目の前で飛びかこうとした猛獣は、頭部から尻尾までを完璧に一直線に両断され、血飛沫一つ上げることなく、そのまま地面に崩れ落ちた。
「え……?」
隣で状況を見守っていたはずの探索者が、唖然として固まる。
たった今、自分たちを襲おうとしていた猛獣が、理由もわからず真っ二つになって倒れたからだ。
「……運がよかったわね。障壁に当たって自滅したみたい」
三月は平然とそう言い放ち、再び「か弱いFランクの要員」の顔を作った。
(……一人目。あと三万弱。手っ取り早く終わらせるわよ)
少女の冷徹なカウントダウンが始まり、人類未踏の力による、隠密の蹂躙劇が幕を開ける。
第100話をお読みいただきありがとうございます!
ついに防衛線での激闘が幕を開けました。
周囲のトップ探索者たちから「足手まとい」と侮られている三月ですが、彼女はあえてその誤解を放置し、誰にもバレない超速度と不可視の魔力刃で、次々と大物を仕留めていきます。
「か弱いFランクの少女」という隠れ蓑を着ながら、裏で数万の魔獣を掃除するという、三月にとって最高に面倒で最高に爽快な(?)縛りプレイが始まりました!
次回は、いよいよ中核を担う魔獣たちの処理と、三月の「誤算」が描かれます!
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