高鳴る希望
――それから、数時間が経過した。
起床を知らせる鐘が鳴り、いつものように騒がしい朝食の時間が過ぎ、礼拝堂での朝の祈りが終わる。周囲の子供たちは何も知らずにエフェドリスモスや鬼ごっこに興じていたが、私の意識はすでにこの空間にはなかった。
胃の奥がギュッと縮み上がり、食べたばかりの麦粥や野菜スープがまったく消化されていないのがわかる。
私は今、一人で院長室のソファに座って、「その時」を待っていた。
約束の時間は、今日の正午前。太陽はすでに中天に差し掛かり、いつそのエスクリトーラさんが到着してもおかしくない時間帯だった。
「……っ」
私はソファの上で姿勢を正したり、足を組み替えたり、自分のワンピースの裾のシワを伸ばしたりと、ソワソワと落ち着かない動作を繰り返していた。もじもじと指先を絡ませ合い、視線は壁に掛けられた大きな振り子時計と、部屋の入り口のドアとを激しく往復している。
カチ、コチ、カチ、コチ。
振り子時計の無機質な音が、私の焦燥感をさらに煽り立てる。
怖い。やはり怖いのだ。ルカに励まされ、覚悟を決めたはずなのに、いざその時が近づいてくると、得体の知れない不安が私の全身をじわじわと侵食していく。
ガチャリ、とドアノブが回る音がした。
「ヒッ……!」
私はビクッと肩を跳ね上がらせ、ソファから立ち上がりかけた。
しかし、ドアを開けて入ってきたのは、見慣れた修道服に身を包んだ院長先生だった。
「ふふ、そんなに固くならなくていいのよ、エララ」
院長先生は私の強張った顔を見て、くすくすと優しく笑った。私はホッと長く息を吐き出し、再びソファに深く腰を沈めた。心臓がまだバクバクと音を立てている。
「ごめんなさい、院長先生……私、どうしても落ち着かなくて」
「無理もないわ。あなたの人生を決めるかもしれない大切な日だものね。でも、そんなに緊張していては、せっかくのあなたの賢さが伝わらなくなってしまうわ」
院長先生はそう言うと、私の前のローテーブルに、湯気を立てる温かいカモミールティーのカップと、厨房のコックが焼いてくれたであろうバタークッキーの盛り合わせを置いてくれた。
「お茶を飲んで、少しリラックスしなさい。ここにあるお菓子も食べていいのよ。本棚から好きな本を読んで待っていても構わないわ。彼女が到着したら、すぐに分かるから、大丈夫よ」
「……はい。ありがとうございます」
私はこくりと頷き、湯気の立つティーカップを両手で包み込んだ。温かい陶器の感触と、カモミールの甘く爽やかな香りが、少しだけ私の強張った神経を解きほぐしてくれる。
しかし、クッキーに手を伸ばす気には到底なれなかったし、本棚に並ぶ背表紙の文字を追う余裕など微塵もなかった。
院長先生がいくつか事務仕事の書類を手に取って再び部屋を出て行くと、私はまた一人、静寂の中に取り残された。
(エスクリトーラ……。一体、どんな人なんだろう)
私はティーカップを見つめながら、まだ見ぬ養い親の姿を頭の中で必死に想像し始めた。
帝国の書籍商。
それは、莫大な富と権力を持つ貴族のような存在なのだろうか。コルセットできつく身を締め付け、豪華なドレスを着飾った、作法に異常なほど厳しい高慢な婦人かもしれない。私が少しでもフォークの使い魔を間違えたり、言葉遣いを誤ったりすれば、扇子で顔を叩かれるような生活が待っているのだろうか。
あるいは、神経質で気難しい、冷酷な学者肌の女性だろうか。
分厚い片眼鏡の奥から私の知力を値踏みするような鋭い視線を向け、「この程度の知識しか持ち合わせていないのかしら。孤児院の子供などやはり無能ですわね」と、私の才能がないと見限った瞬間に、養子縁組の話などその場で冷酷に辞退してしまうかもしれない。
それとも、院長先生のように親しみやすく、穏やかで慈愛に満ちた人なのだろうか。私の生い立ちに同情し、温かく迎え入れてくれるような人だったら、どんなに素晴らしいだろう。
期待と不安が入り混じり、あらゆる想像が頭の中を駆け巡る。
良い想像よりも、圧倒的に悪い想像の方が頭を支配していく。私の知識は、あくまで家畜小屋の二階で隠れて盗み読みした程度のものだ。正規の教育を受けた帝国の知識人から見れば、ただの子供のままごとに過ぎないのではないか。もしここで「不要だ」と切り捨てられたら、私はルカに別れまで告げたというのに、どんな顔をして明日から生きていけばいいのか。
駄目だ。考えれば考えるほど、息が詰まりそうになる。
私はティーカップを置き、両手で顔を覆った。
どんな人でもいい。厳しくても、冷たくてもいいから。
とにかく、早く答えが欲しかった。この真綿で首を絞められるような、先行きが見えない不安な時間から一秒でも早く解放されたかった。
そして、ついに。
私が永遠にも思える時間を過ごしていた、その時。
コンコンコンッ。
部屋のドアが、少し強めにノックされた。
私の背筋に、冷たい電撃が走った。
「失礼いたします、院長先生」
ドアの向こうから、先ほどの修道士の声が響いた。
院長先生はいないが、私は声を出せずにソファから立ち上がった。修道士は、私ではなく、廊下の向こうから歩いてくるであろう院長先生に向かって報告をしているようだった。
「今お呼びに伺おうと……はい……エスクリトーラ様が、ただいま到着されました。院長室へご案内しようかと思ったのですが……」
「いいえ、私が直接お迎えに上がります。馬車から降りられたのですね?」
廊下で、院長先生の足音と修道士の声が交差する。
到着した。
来たのだ。私の運命を決める人が、今、この建物の入り口に立っている。
院長先生が私に到着を教えてくれた後、二人の足音が玄関の方へと遠ざかっていくのがわかった。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓が、肋骨を突き破りそうなほど激しく打ち鳴らされている。
私は、部屋の中央にある来客用の椅子の後ろに立ち、その木製の背もたれを両手で白くなるほど強く握り締めた。
逃げ出したい衝動と、前へ進みたい渇望が、私の中で激しくせめぎ合っている。
手のひらにはじっとりと汗が滲み、呼吸は浅く、早くなっていた。
私は、院長先生が去った後の静かなドアを、瞬きすら忘れてじっと見つめ続けた。
あの分厚いマホガニーのドアの向こう側に、私の未来がある。絶望か、希望か。光か、闇か。
ここから目を逸らしてはいけない。どんな人が入ってこようとも、私は知識を武器に戦うと決めたのだから、堂々と迎え撃たなければならないのだ。
数分が経過した。私にとっては数時間にも感じられた。
やがて、廊下の奥から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
一つは、院長先生の静かで落ち着いた革靴の音。
そしてもう一つは。
カツン、カツン、カツン。
硬質なヒールが石の床を叩く、迷いのない、極めて洗練されたような足音だった。
その足音の響きだけで、相手がどれほど堂々とした、自信に満ちた人物であるかが伝わってくるようだった。
足音が、ドアのすぐ前でピタリと止まる。
私は息を呑み、椅子の背もたれを握る手にさらに力を込めた。爪が木に食い込むほどに。
ガチャリ。
金属製の重いドアノブが回り、かすかな蝶番の軋む音とともに、ドアがゆっくりと内側へと押し開かれていく。
「さあ、こちらです」
院長先生の穏やかな声に促されるようにして。
ドアの向こうから、ついにその人物が、私の目の前へと姿を現した。
ドアの向こうにいたのは――。




