孤独からの解放
そして、自分を正当化するために、あるいは強がるために、慌てて言葉を並べ立てた。
「ふ、不安なんて……そんなことありません。私は、恵まれています。こんな素晴らしいチャンス、孤児である私にはもったいないくらいです。感謝しなければならないのに……それなのに、ここを離れるのが寂しいだなんて、馬鹿なことを考えてしまうんです。私は……私はもっと強く、合理的に生きなければならないのに。こんな我が儘で贅沢な感情、捨ててしまわなければならないのに……!」
一気にまくし立てた私の言葉は、最後はほとんど震えるような懺悔になっていた。
知識を武器にすると誓った自分が、情にほだされて迷っている。その矛盾が許せなかった。
院長先生は、私の言葉を遮ることなく、最後まで静かに聞いてくれた。
そして、私が言い終わって俯くと、温かく、皺の刻まれた手で、私の冷え切った手をそっと包み込んだ。
「エララ。あなたは、本当に賢くて、そして……とても、健気な子ね」
「健気なんて……」
「いいえ、健気よ。あなたは生きるために、自分の心に鎧を着せて、感情を切り捨てようとしてきた。でもね、エララ。不安を感じること、寂しいと感じることは、決して『我が儘』でも『贅沢』でもないのよ」
院長先生の瞳が、月明かりを反射して優しく光った。
「怖がって当然なのよ」
「え……」
「見知らぬ人のもとへ行き、見知らぬ土地で生きていく。それがどれほど恵まれた条件であろうと、結果として自分が本当に幸せになれるかどうかなんて、誰にもわからない。だから、大いに疑っていい。恐れていいのよ」
その言葉は、私の心を縛り付けていた鎖を、カチンと音を立てて外した。
『感謝しなければならない』『合理的に判断しなければならない』という私の強迫観念を、院長先生は真っ向から否定し、私の「恐怖」を肯定してくれたのだ。
今まで出会ってきた大人は、誰も私の心など見てくれなかった。
衛兵は私を嘲笑い、管理人は私から搾取し、父親は私をボコボコにした。そして母は、心を閉ざしてしまった。
私が賢く立ち回らなければ、誰も私を守ってはくれなかった。
しかし、目の前にいるこの人は、私の弱さを、迷いを、そのまま受け入れてくれている。
「でも……もし、向こうに行って、私がうまくやれなかったら……期待外れだと言われたら……」
気がつけば、私は押し殺してきた恐怖を、ポロポロと言葉にしてこぼしていた。
本に書かれている知識は完璧でも、私自身は完璧ではない。愛想よく振る舞うことも、普通の子供のように無邪気に笑うこともできない。そんな私が、あの豪奢な手紙を書くような教養ある人の期待に応えられるのだろうか。
院長先生は、私の手を握る力を少しだけ強めた。
「あのね、エララ。養子に行くということは、決して『愛されに行く場所』を探すことではないのよ。そこは、あなたが『自分らしく生きられるかどうかを試す場所』でいいの。あなたが彼女の知識を得て、その環境を活用して成長するための場所。もしもそこが、あなたにとって辛い場所であったなら、無理に愛されようと努力する必要なんてない」
院長先生は、私に向かってにっこりと微笑んだ。
「嫌なら、いつでも帰ってくればいいわ」
その言葉が、私の耳の奥で反響した。
「ここは、あなたの実家なんだから。何度失敗しても、私達がここにいる限り、この孤児院の扉はあなたのためにいつでも開けておく。だから、安心して、世界を試してきなさい」
――ここは、あなたの実家なんだから。
その言葉を聞いた瞬間。
私の中で、何かが堰を切って決壊した。
ずっとずっと、私は一人だと思っていた。世界中が敵で、自分を守れるのは自分自身の知識だけだと信じていた。帰る場所なんて、あの腐臭のする長屋を追い出された時に永遠に失ったのだと思っていた。
でも、違ったのだ。
私には、帰る場所があった。私を気遣い、私の失敗を許容し、両手を広げて待っていてくれる人が、この世界に確かに存在していたのだ。
「あ……う、あ……」
私の目から、熱いものがボロボロと溢れ出した。
父親を殺したあの日、母失った絶望と虚無の中で流した涙とは違う。それは、私が十二歳の子供として、初めて他人に甘えることを許された、安堵と解放の涙だった。
私はもう、自分を抑えることができなかった。
ベンチから滑り落ちるようにして、院長先生の膝にすがりつき、顔を埋めた。
「うわああああああああっ!!」
静かな夜の庭に、私の堰を切ったような号泣が響き渡った。
怖い。寂しい。離れたくない。押し殺してきたすべての感情が、涙と嗚咽に変わって溢れ出し、止まらなかった。
「エララ。あなたは今まで、たくさん我慢してきたんでしょう。偉かったわね。一人で、よく頑張ったわね」
院長先生は、私の乱れた短い髪を撫で、背中を優しく擦り続けてくれた。その手の温もりが、私の氷のように冷え切っていた心を、芯から溶かしていく。
「わ、わたし、ここが、好きです……っ!」
私はしゃくりあげながら、必死に言葉を絞り出した。
「ルカと、地図を見るのが、好き……シスターが、本をくれるのが、嬉しい……っ。厨房のコックさんが、おまけしてくれるパンが、美味しい……たまに来る吟遊詩人さんの、詩を聞くのが、楽しい……っ!」
「ええ、そうね。みんな、あなたのことが大好きよ」
「離れたくない……! ここにいたい……っ!!」
私は院長先生の服を強く握り締め、子供のようにわあわあと泣き叫んだ。自分の弱さをさらけ出すことが、こんなにも恐ろしく、そしてこんなにも心地よいものだとは知らなかった。
院長先生は、私の涙を拭おうとはせず、ただ静かに抱きしめ返してくれた。
「寂しいと感じるほど、あなたにとって、この場所や私たちがかけがえのないものだったのね」
頭上から舞い降りてくる、その言葉達は、私にとってどんな聖書の一節よりも、どんな書物の知識よりも、確かな救いだった。
「それはね、エララ。あなたが、ちゃんと心を持った人間として、生きているという証拠なのよ。知識だけじゃない。誰かを愛し、誰かに愛されることで、人は本当の意味で生きていけるの」
私は院長先生の胸の中で、長い時間、ただ泣き続けた。
枯れ果てていたはずの涙は、私の心の中に溜まっていた毒をすべて洗い流してくれるかのように、いつまでも止まることはなかった。
その日の夜。
私は、院長先生の温もりと、星空の美しさと、そして胸を焦がすような寂しさと共にあった。
知識で武装し、孤独に生き抜くことを強要されていた私にとって、これほどまでに心が揺さぶられ、感情が暴走する経験は初めてだった。
それは皮肉なことに、私が生まれてから十二年間の中で、最も深く「自分が生きている」という実感、血の通った人間なのだという実感を、隅々まで味わわせてくれる夜となった。
涙の跡で頬を拭いながら、私は院長先生に手を引かれて部屋へと戻った。
ベッドに潜り込むと、不思議なことに、あれほど私を苛んでいた不安は嘘のように消え去っていた。
明日、私はエスクリトーラさんに会う。
どんな結果になろうとも、私はもう独りではない。私には、帰る場所がある。
その絶対的な安心感に包まれながら、私はようやく、深く穏やかな眠りへと落ちていった。




