第六十八話
回想が終わる。
虫の息の虎太郎が、かすれた声で呟く。
「兄貴…俺は約束、守ったぞ…」
「虎太郎!!死ぬな!!」
「虎太郎――!!」
その瞬間、虎太郎の瞳が閉じる。
武虎の叫びが、川中島の空に響き渡る。
その声は、戦場の喧騒をも突き抜け、風に乗って遠くまで届いた。
兄弟の絆――その深さと痛みが、戦の終焉に静かに刻まれたのであった。
川中島の戦いが終わり、春日山城には静けさが戻っていた。 その一室で、士郎は重症を負った片倉の枕元に座り続けていた。
十日間――片倉は目を覚まさなかった。
士郎は、責任と後悔に押し潰されそうになりながらも、毎日、片倉の手を握り、語りかけていた。
「片倉さん…それがしと初めて会った時、覚えてますか?」
声は静かに、しかし胸の奥から絞り出すように。
「今だから言いますけどね…最初は、片倉さんのこと、よく思ってなかったんですよ」
士郎は苦笑しながら、畳を指で叩く。
「イケメンだから、どうせ顔だけのつまらない嫌な奴だろうなって…でも、城に行った時、他の人が部外者を拒む中、片倉さんだけは笑顔で迎えてくれて…その時、あぁこの人、いい人だって思ったんです」
「でもその後、経丸に会いたいのに、長経様の家臣の元に連れていかれて…やっぱり嫌な奴だと思った。でも、城に自由に出入りできるように紹介してくれて…」
士郎は俯き、拳を握る。
「ようは…昔からカッコつけなんですよ。ズルいんですよ」
「飯は毎回奢ってくれるし、それがしが悩んでると親身になって心配してくれるし…」
「このまま、それがしをかばって、かっこつけたままあの世に逝くつもりですか…?」
士郎の声が震える。
「それがしは、まだ何も片倉さんに恩返しできてない…!」
「死ぬほど奢りたいし、悩み事の相談にも乗りたいし、もっともっと思い出作りたいんです…!」
涙が頬を伝い、畳に落ちる。
「片倉さん…目を覚ましてくれよ…笑ってくれよ…頼むよ…!」
その時――
「どうした、士郎君。人が寝てる横で熱い演説して」
士郎は目を見開いた。
「えっ…片倉さん!?目、覚ましたのか!?」
「何そんな驚いてんの?それよりここどこ?今何時?」
「ふざけんなよ!驚くに決まってんだろ!十日も目を覚まさなかったんだぞ!」
「えっ?嘘…十日も俺寝てたの?」
「そうだよ!十日だよ!」
「うわぁ…もったいないことした。若い時の十日なんて貴重なのに」
士郎は呆れたように呟く。
「重症で寝てた人のセリフじゃない…」
「まぁいいか。士郎君の熱い演説、聞けたし」
士郎は顔を赤らめて慌てる。
「違うよ!あれは違うんだ!」
「まぁ!照れちゃって‼」
「照れてるんじゃねぇ!違うんだ!」
片倉は優しく微笑む。
「でも…ちょっと感動しちゃった」
「どこから聞いてたの?」
「最初から」
「おまえ…殺してやる!」
二人は声を上げて笑った。
笑いが収まると、士郎は真剣な顔で片倉を見つめる。
「片倉さん」
「なに?告白?」
「今は茶化さないでください」
「…ごめん」
「戦の時、それがしが未熟だったせいで、片倉さんに重症を負わせてしまい…申し訳ございませんでした」
「あぁ~、そんなことか」
「そんなことって…!」
「それよりさ、今度飲みに行こうぜ」
士郎は呆れたように言う。
「そんな体で飲めるわけないじゃないですか」
片倉は笑う。
「ふふふ…」
士郎は立ち上がる。
「ちょっと、経丸さん達に報告してきます。片倉さんが目を覚ましたって」
「おう、頼むよ」
士郎は去り際、片倉に声をかける。
「片倉さん」
「なに?」
「よっぽどお酒が好きなんですね」
士郎の問いに、片倉はぽつりと呟いた。
「士郎君と飲む酒がな…」
士郎はそっと戸を閉め、その場に立ち止まる。 肩を震わせながら、静かに涙を流した。
川中島の戦いが終わり、春日山城には静けさが戻っていた。
その一室で、士郎は重症を負った片倉の枕元に座り続けていた。
十日間――片倉は目を覚まさない。
士郎は、責任と後悔に押し潰されそうになりながらも、毎日、片倉の手を握り、語りかけていた。
「片倉さん…それがしと初めて会った時、覚えてますか?」
声は静かに、しかし胸の奥から絞り出すように。
「今だから言いますけどね…最初は、片倉さんのこと、よく思ってなかったんですよ」
士郎は苦笑しながら、畳を指で叩く。
「イケメンだから、どうせ顔だけのつまらない嫌な奴だろうなって…でも、城に行った時、他の人が部外者を拒む中、片倉さんだけは笑顔で迎えてくれて…その時、あぁこの人、いい人だって思ったんです」
「でもその後、経丸に会いたいのに、長経様の家臣の元に連れていかれて…やっぱり嫌な奴だと思った。でも、城に自由に出入りできるように紹介してくれて…」
士郎は俯き、拳を握る。
「ようは…昔からカッコつけなんですよ。ズルいんですよ」
「飯は毎回奢ってくれるし、それがしが悩んでると親身になって心配してくれるし…」
「このまま、それがしをかばって、かっこつけたままあの世に逝くつもりですか…?」
士郎の声が震える。
「それがしは、まだ何も片倉さんに恩返しできてない…!」
「死ぬほど奢りたいし、悩み事の相談にも乗りたいし、もっともっと思い出作りたいんです…!」
涙が頬を伝い、畳に落ちる。
「片倉さん…目を覚ましてくれよ…笑ってくれよ…頼むよ…!」
その時――
「どうした、士郎君。人が寝てる横で熱い演説して」
士郎は目を見開いた。
「えっ…片倉さん!?目、覚ましたのか!?」
「何そんな驚いてんの?それよりここどこ?今何時?」
「ふざけんなよ!驚くに決まってんだろ!十日も目を覚まさなかったんだぞ!」
「えっ?嘘…十日も俺寝てたの?」
「そうだよ!十日だよ!」
「うわぁ…もったいないことした。若い時の十日なんて貴重なのに」
士郎は呆れたように呟く。
「重症で寝てた人のセリフじゃない…」
「まぁいいか。士郎君の熱い演説、聞けたし」
士郎は顔を赤らめて慌てる。
「違うよ!あれは違うんだ!」
「まぁ!照れちゃって‼」
「照れてるんじゃねぇ!違うんだ!」
片倉は優しく微笑む。
「でも…ちょっと感動しちゃった」
「どこから聞いてたの?」
「最初から」
「おまえ…殺してやる!」
二人は声を上げて笑った。
笑いが収まると、士郎は真剣な顔で片倉を見つめる。
「片倉さん」
「なに?告白?」
「今は茶化さないでください」
「…ごめん」
「戦の時、それがしが未熟だったせいで、片倉さんに重症を負わせてしまい…申し訳ございませんでした」
「あぁ~、そんなことか」
「そんなことって…!」
「それよりさ、今度飲みに行こうぜ」
士郎は呆れたように言う。
「そんな体で飲めるわけないじゃないですか」
片倉は笑う。
「ふふふ…」
士郎は立ち上がる。
「ちょっと、経丸さん達に報告してきます。片倉さんが目を覚ましたって」
「おう、頼むよ」
士郎は去り際、片倉に声をかける。
「片倉さん」
「なに?」
「よっぽどお酒が好きなんですね」
士郎の問いに片倉はぽつりと呟いた。
「士郎君と飲む酒がな…」
士郎はそっと戸を閉めその場に立ち止まり、肩を震わせながら、静かに涙を流した。
春日山城の夜は、静かに、優しく、二人の絆を包み込んでいた。




