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ターニングポイント 外岡士郎と天羽家の初陣  作者: 房総半島
第三章大名達の登場
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第六十九話

薄暗い部屋に、静かな風が障子を揺らしていた。 春日山城の一室。 その空気は、戦の喧騒が嘘のように穏やかだった。

河野がゆっくりと瞼を開ける。 視界に入ったのは、柔らかな光に包まれた経丸の姿だった。

「あぁ、あぁ~目覚めましたか」

その声は、まるで春の陽だまりのように優しく、河野の心をそっと包み込んだ。

「ここは…どこですか⁉ 戦は…!」

河野は慌てて身を起こそうとするが、左わき腹に鋭い痛みが走り、呻き声を漏らす。

「まだ、起き上がっちゃダメですよ。安静にしてください。戦は終わりました。ここは春日山城の天羽家がお借りしてる部屋です」

経丸の声は、痛みを和らげるように穏やかだった。

「そうなんですね…!皆は‼」

経丸は少し口調を落とし、静かに答える。

「片倉さんが、まだ意識がないみたいです」

「えっ!えっ‼」

河野の顔が一気に曇る。

「片倉さん…死んじゃうんですか…?」

経丸は力強く、まるで自分にも言い聞かせるように答えた。

「大丈夫‼ 絶対に大丈夫です‼」

「そうですよね‼ 片倉さんが死ぬわけないですよ‼」

「はい」

経丸は真剣な表情で、河野の目を見つめる。

「河野さん、助けてくれてありがとうございました」

河野はぱっと表情を明るくし、声を弾ませる。

「経丸さん!怪我無かったんですね‼」

「はい、おかげさまで」

「よかったぁ~!怪我しなかったなんて最高じゃないですか‼ やっぱ経丸さんは最強だ‼」

「いや、河野さんが私を全力で守ってくれたから」

「最強なんですよ、経丸さんは。ってことは、最強の経丸さんの師匠の片倉さんは死ぬわけないですね‼」

経丸は涙をポロポロ流しながら、力強く頷いた。

「はい、もちろん」

河野はふと、思い出したように言う。

「そういえば経丸さん」

「はい?」

「ひのちゃんから、綺麗な布返してもらいましたか?」

「あっ、まだです‼」

河野は笑顔で言った。

「絶対に返してもらわないとですね」

「そうですね」

二人は、静かな部屋の中で笑い合った。 その笑いは、戦の痛みを少しずつ癒していくようだった。


士郎は全力で経丸のいる部屋へ駆け込んだ。 勢いよく戸を開け、息を切らしながら叫ぶ。

「経丸さん‼ 片倉さんが目を覚ましました‼」

「ホントですか‼」

経丸は立ち上がるや否や、士郎と共に廊下を駆け出した。 足音が廊下に響き、風のように片倉の部屋へと向かう。

経丸は勢いよく戸を開け放ち、叫んだ。

「片倉さん! 片倉さん‼」

そして、迷うことなく片倉の胸に飛び込むように抱きついた。

「と、殿……嬉しいですが……」

片倉が苦しげに声を漏らす。

「あっ、すみません‼」

経丸は慌てて身を引く。

「いや……お気持ち、すごく嬉しかったです」

その言葉に、経丸の目が潤む。

士郎は片倉を少し睨みながら、ふっと笑って言った。

「皆にも知らせてきます」

「おっ、おう」

士郎はゆっくりと戸まで歩き、静かに閉めると―― 次の瞬間、勢いよく走り出し、興奮気味に叫びながら城中を駆け回った。

「片倉さん‼ 完全復活‼」

その声に、皆が顔を上げ、次々と片倉の部屋へと集まってくる。

「片倉さん‼ やっぱり生きてたんですね‼」

「おっ! 河野君。活躍は聞いたよ‼」

凛は、目を覚ました片倉の顔を見て、思わず涙ぐむ。

「片倉さん……目を覚ましてくれて、本当に良かった」

「凛ちゃん、ひのちゃん。俺が昏睡状態の時、すごく看病してくれたんだよね。本当にありがとう」

ひのは涙をこぼしながら、声を震わせる。

「これで……天羽家の皆、無事ですね……」

片倉は苦笑しながら言った。

「俺のこの状態は、無事とは言えないけどね、ひのちゃん」

ひのは涙を拭いながら、笑顔で言い返す。

「ありがとうございます。生きてたら、それだけで無事ですよ」

片倉は優しい声で頷いた。

「おっ、そうだね。ひのちゃんがそう言うなら、無事ってことにしようか」

皆が笑った。 その笑いは、戦の痛みを少しずつ癒していくようだった。

「稲荷君、今回の最大の功労者は君だよ。情報を素早く、的確に届けてくれたおかげで、皆助かった」

稲荷は照れくさそうに頭を掻く。

「そ、そうですかね……」

士郎が勢いよく口を挟む。

「片倉さん、稲荷すげぇんだよ!」

「何が?」

「背中に矢が五本刺さってたのに、気づかなかったんだぜ‼」

「えっ? 嘘でしょ……」

稲荷は淡々とした口調で答える。

「僕、痛みに気づきづらい体質らしいんですよね」

「えっ……気づくでしょ、背中に矢が五本は……」

「気づかないですね。それくらいじゃ」

片倉は吹き出しながら言った。

「最強すぎるって……!」

皆が一斉に笑い声を上げた。 その笑いは、春日山城の静けさに溶け込み、戦の終わりを優しく包み込んでいた。


金崎たちと別れを告げ、経丸たちは館山城へと帰還した。 戦の傷はまだ癒えきらないが、空気はどこか柔らかく、春の風が城を包んでいた。

士郎は満面の笑みで経丸に駆け寄る。

「経丸さん、やっと帰って来ましたね‼」

経丸は穏やかな笑顔で頷いた。

「そうですね」

凛が大きく伸びをしながら、声を弾ませる。

「さぁ、皆無事だったし――大宴会やりますか‼」

「おっ!凛、いい案だ‼」

「でしょう、兄貴!」

凛がニヤリと笑って叫ぶ。

「じゃあ、皆さん‼ 兄貴の給料で派手にやりましょう‼」

士郎は目を見開いて焦る。

「おい!凛‼」

だが、士郎以外の全員が声を揃える。

「それめっちゃいい案です‼」

「おい、マジか!マジかよ‼」

士郎は皆の笑顔に囲まれ、肩を落としながらも笑う。

「……まぁ、いいや。 それがしの給料で、皆が食いきれないくらい派手にやろうぜ‼」

ひのが慌てて声を上げる。

「えっ!それはさすがに悪いですよ‼」

凛も笑いながら手を振る。

「兄貴、冗談だよ~」

経丸も心配そうに言う。

「そうですよ、士郎さんは安月給ですし」

士郎はすかさずツッコむ。

「それはあなたが何とかしてくれ‼」

その一言に、皆が笑い声を上げた。

士郎は拳を握り、堂々と宣言する。

「男に二言はねぇ‼ さぁ、皆好きなだけ食おうぜ‼」

片倉が大声で応える。

「おっしゃー‼ 士郎さん、いただきます‼」

河野は目を輝かせて叫ぶ。

「おっし‼ じゃあ、皆で買い出しですね‼」

チビルが士郎にそっと耳打ちする。

「後で泣くなよ」

士郎は小声で返す。

「今もう心は泣いてるよ……」

そして―― 天羽家、大宴会が始まった。

笑い声が館山城に響き渡り、戦の痛みを少しずつ癒していく。 それは、命を繋いだ者たちだけが味わえる、最高の祝福だった。


 




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