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ターニングポイント 外岡士郎と天羽家の初陣  作者: 房総半島
第三章大名達の登場
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第六十五話

疾風の別働隊と啄木鳥戦法の発動

疾風の別働隊が妻女山へ急ぐその間、本隊側(不動軍の中心)は鶴翼の陣形を構えて待ち構えていた。空がしらじらと白み始め、霧が消えていく。朝の光が旗や槍先をちらつかせて視界を広げる。

虎雲は馬を駆り、部下に叫ぶ。

「このまま間に合えば、あの迎え撃つ者たちを奇襲できる!」

しかし、その言葉には焦りと希望が混じっていた。別働隊が山を降りて来る予想よりも戦の開始が早かったことを思い知らされつつ。

霧の中からドドドドドという重い馬蹄の響きが山肌を震わせる。妻女山の森の奥、この合図は逃れられぬ運命の始まりを告げていた。

「来たぞ、士郎君!」

片倉の声が張り裂けるように飛ぶ。士郎は一瞬、視線を霧の先に定め、息をのんだ。

「構えてくださーい‼」

不動軍の虎雲軍の影が、馬上の火花のように揺らめきながらゆっくりと近づいてくる。重い鎧の響き、馬息うまいきが風とともに運ばれ、槍先が淡く輝く。

士郎は恐怖で身体を震わせながら、大声で号令をかける。

「引き付けてくださーい‼」

兵達は耐える。河野から借りた弓矢隊はひざを折り、矢を番えて上げる。鳴らぬよう、そっと矢羽を調整する指先。呼吸を合わせて「今だ」の瞬間を待つ。

士郎が腕を大きく振り上げ、敵の騎馬隊を指し示す。

「今だ、放てー‼」

矢が夜を切り裂くように空へ舞い、続いて一斉に雨のように降り注ぐ。虎雲の前衛騎馬たちは体をくの字に曲げながら落馬し、盾の隙間に矢が刺さる。虎雲軍の列は悲鳴をあげ崩れ、騎馬が草を蹴り、血の匂いが霧を混じる空気にしみ込む。

片倉は胸を張り、大声を響かせる。

「不動の軍勢はたいしたことない!皆の者、かかれ!!」

天羽軍の兵達が槍を突き上げ、刀身をきらめかせながら走り出す。連合軍の波が不動軍の側面を襲う。

金崎悠太も勇み足で前線へ身を乗り出す。

「俺らも天羽軍に続くぞ!!」

槍や刀が交錯し、壮絶な衝突音が広がる。虎雲軍は一気に崩れ、混乱の中で部隊旗が倒れる。人馬が倒れ、叫びが山をこだまする。

虎雲は壊滅する自軍の兵達に対して

「何やってんだ‼さっさと敵を蹴散らせ‼」

 苛立ちに満ちた虎雲の怒号が飛ぶ。だが、その隣で目付け役の大が声を上げた。

「マジで言ってんのか‼これ以上進めば全滅すんぞ‼」

 虎雲は目を剥き、怒声を返す。

「全滅してでも突き進め‼」

「マジか!マジかお前‼それはあまりにおかしな命令だ‼」

 激昂した虎雲が大の胸倉を掴みあげる。

「おかしくねぇ!兵の命より手柄だ‼俺は英雄になるべき男なんだ‼怯むな!戦え‼」

「部下の命を軽んじる無能な大将の命令など、俺は聞けない‼」

 大の言葉に虎雲は怒り狂い、拳を振るった。

 ドガッ‼

 二発、三発

 顔面を殴られながらも、大は怯まない。顔から血をにじませながら、兵に向かって叫んだ。

「全軍撤退せよ‼今すぐに退け‼」

 虎雲は大の顔に一発蹴りを入れ

「何勝手な命令しやがるんだ‼」

 と怒号を浴びせる。

 その時

「敵の大将首が見えたぞ‼」

 金崎遼太の叫びに虎雲の顔色が変わる。

「・・・引くしかないな」

だがそのとき――

突如、地を割るような咆哮とともに一騎の男を先頭とし三千の軍勢が現れた

その男は五十代ほどの体格の良い武将で、この男のその身に纏う気迫は兵一万にも勝る。馬上で一振りする大長刀が朝光を受けて閃く。そして怒鳴る。

「さっさと蹴散らすぞ‼」

「はっ‼」

 日の本一の武将――武士疾風ここに見参。

彼の登場はまるで嵐の前触れだった。敵味方、あらゆる者の心拍が跳ね上がる。圧倒的な武威が一瞬で戦局を一変させた。

疾風は馬上で、大長刀を片腕で振り回し、嵐の如く金崎・天羽連合軍の兵達をなぎ倒していく。雄たけびを上げながら

「一気に踏みつぶせー‼」

 疾風の攻撃は嵐のような猛威を振るい、誰一人として立ち向かえる者はいなかった。

「こいつが・・・・日の本一の武将、武士疾風か。格が違い過ぎる・・・・」

金崎・天羽連合軍の兵達の間に、そんな囁きが広がって行く。

片倉は冷静な声で号令をかけた。

「全軍、撤退せよ‼」

 その言葉に、金崎・天羽連合軍の兵達は一瞬で動きを変えた。

 彼らは戦が始まる前、金崎国子から

「もし、武士疾風が現れたら速やかに撤退してください」 

 と命じられていた。

 だから今の命令に、迷いはなかった。

 しかし、焦りの中で士郎が転んだ。

「ヤバい!」

 慌てて起き上がろうとするが、もう一度足がもつれて倒れ込む。

 敵兵達は間合いを詰めて来る。

 片倉はその様子を見て、心臓が凍り付くのを感じた。

(このままじゃ、士郎君が討ち取られてしまう・・・)

 決断が早かった。

 馬を駆けて士郎の前に飛び出し、武士疾風に斬りかかる。

 だが勝負は一瞬で決した。

 武士疾風は斬りかかる片倉を目にも見えぬ速さの槍さばきで返り討ちにし、片倉は全身から血を噴き出しながらその場に倒れ込んだ。

 武士疾風は倒れた片倉を見下ろすこともなく、前を見据えたまま呟いた。

「・・・・金崎国子がいない」

 視線はすぐに敵の後方――いや、そこにいるべき人間の不在を正確に見抜いていた。

(しまった・・・お屋形様が窮地に陥る・・・!)

 その瞬間、疾風の表情が険しく変わった。

「ここに金崎国子はいない!全軍、急ぎお屋形様の、元に向かうぞ‼」

 怒号のようなその声に、不動軍の別働隊は一瞬戸惑いながらも、疾風の背を追って動き始めた。

 命令の意味もわからぬまま、彼らは強烈に直感に導かれるように走った。

 金崎・天羽連合軍には地獄のように長く辛い時間だったが疾風が妻女山に滞在した

時間――わずか十分。

だが、その十分が、戦局を根底から揺るがした。



さっきまで隣にいた片倉が、自分をかばって斬られた。 目の前で、血を噴きながら地面に倒れ込む。

「片倉さん‼ 片倉さん‼」

士郎は叫びながら駆け寄り、震える手で片倉の肩を抱き起こす。 鎧の隙間から溢れ出す血が、土を真っ赤に染めていた。 その匂いが、士郎の鼻を刺す。

「大丈夫だ……問題ない」

片倉は唇の端をわずかに上げて、かすれた声を絞り出す。 だが、その顔は青白く、呼吸は浅い。

「大丈夫じゃないです‼ それがしのせいで……それがしが転ばなければ……!」

士郎は嗚咽を堪えきれず、涙を流しながら叫ぶ。 震える手で自分の衣服を破き、片倉の傷口を縛り上げる。 血を止めようと、必死に布を押し当てる。

「お願いします……死なないでください‼ 絶対に死なないでください‼」

片倉はわずかに目を閉じ、苦しげに息を吐きながらも、静かに言った。

「……稲荷君……」

「はい!」

傍らで様子を見ていたチビルが、すぐに片倉の元へ駆け寄る。

「稲荷君……武士疾風が……本陣に向かっていることを……若達に……伝えてくれ……」

「わかりました!」

稲荷は片倉に深く頭を下げると、振り返ることなく駆け出した。 兵の波をかき分け、泥と血にまみれた戦場を、最短距離で金崎国子の元へと突き進む。

その背中に、士郎はただ祈るように叫んだ。

「片倉さん……絶対に死なないでください……!」

風が吹き抜ける。 霧が晴れ、朝の光が戦場を照らす。 だが、士郎の目に映るのは、血に染まった片倉の顔と、彼の命を懸けた最後の使命だった。



 さっきまで隣にいた片倉さんが自分をかばって、目の前で斬られた。

「片倉さん‼片倉さん‼」

 士郎は慌てて駆け寄り、地面に倒れる片倉の肩を抱き起こす。

 全身から血が流れ出し、土が真っ赤に染まっていた。

 それでも片倉は、唇の端をわずかに上げて言った。

「・・・大丈夫だ。問題ない」

「大丈夫じゃないです‼それがしのせいで・・・それがしが転ばなければ・・・!」

 士郎は嗚咽を堪えきれず涙を流しながら叫んだ。

 そして、迷わず自分の衣服を破き、片倉の傷口を縛り上げて出血を止めようとする。

「お願いします。死なないでください・・・絶対に死なないでください‼」

 片倉はわずかに目を閉じ、苦しげに呼吸をしながらも、

「・・・稲荷君・・・」

「はい!」

 傍らで片倉の様子を見ていたチビルはすぐに片倉の側に駆け寄る。

「稲荷君・・・武士疾風が本陣に向かっている事を・・・若達に・・・伝えてくれ・・・」

「わかりました」

 稲荷は片倉に頭を下げ、振り返ることなく駆けだした。

 兵の波をかき分け、最短距離で金崎国子の元へ突き進んでいった。




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