第六十四話
夜の闇を裂くような静寂の中、武士・疾風――不動軍最強と謳われる別働隊の将――は、妻女山の裏手を目指して馬を走らせていた。霧が濃く、視界は白く霞んでいる。だがその中に、遠く山から武将たちの声が轟くのが聞こえた。
その声は、霧の合間を切り裂いて届く。疾風の眉が鋭く引き結ばれる。
「なぜだ……妻女山の方で、もう戦が始まっているのか!」
その叫びは夜を震わせ、部下たちの鼓膜を叩いた。普段は慎重に進軍していた別働隊の動きが、一気に変わる。
疾風は馬上から号令を放つ。
「皆の者、音など気にするな!急ぎ妻女山へ向かうぞ‼」
「はっ‼」
馬の蹄が地を打ち、歩兵たちの衣擦れが霧に紛れて響く。夜中の進軍とは違う、危険と覚悟が入り混じる速度。空気が張り詰め、誰もが息を潜めながらも、心は燃えていた。
同時刻――妻女山麓・片倉隊・金崎軍側
月明かりが霧の隙間から差し込み、山裾の闇がわずかに裂ける。片倉は遠方を凝視し、耳を澄ませていた。
稲荷が声を震わせて囁く。
「片倉さん……足音が、聞こえてきました」
片倉はすぐに声を張る。
「皆、迎え撃つ準備だ‼」
「はい‼」
兵たちは武具を確かめ、矢を番え、頭巾を締め、盾を重ねる。風に混じる寒気が肌を刺し、空気はまるで牙を剥いた獣のように緊張に満ちていた。
不安そうな面持ちの兵たち。その中で士郎が、皆の心を奮い立たせようと声を振り絞る。
「皆、声を出そう!声を出せば、不安は吹き飛ぶ‼」
ざわめきが起こる。士郎は震える声で叫ぶ。
「せぇーの‼ 気持ちー‼ 気持ちー‼」
兵たちは戸惑い、反応が薄い。だが士郎は諦めない。
「皆‼ それがしに続いて‼ せぇーの‼」
その瞬間、片倉が力強く叫ぶ。
「気持ちー‼ 気持ちー‼」
兵たちがバラバラながらも声を重ねる。
「気持ちー‼ 気持ちー‼」
その叫びが山にこだまする。
金崎軍の陣でも、遼太が悠太に声をかける。
「悠太、俺らも声を出して士気を高めようぜ」
「そうだな」
金崎軍も一斉に叫ぶ。
「気持ちー‼ 気持ちー‼」
天羽軍と金崎軍の叫びが、山を揺らすように響き渡る。霧の中で、声が重なり、心が一つになる。
その瞬間、兵たちの目に光が宿る。 不安は消え、覚悟が生まれた。 そして、妻女山の空気が、戦の始まりを告げるように震えた――。
今から三時間前、夜の闇を裂くような静寂の中、武士疾風──不動軍最強と謳われる別働隊の将──は妻女山の裏手を指し示すべく先を急いでいた。夜風に混じって、遠く山から武将達の声が轟くのが聞こえた。まさに霧の合間を切り裂いて伝わるその声に、疾風の眉は鋭く引き結ばれた。
「なぜだ!妻女山の方でもう戦が始まってるのか!!」
その声は夜を震わせ、疾風の部下たちの鼓膜を叩いた。普段は静かに、慎重に進軍していた別働隊は、この言葉を合図に動きが変わる。疾風は大声で号令をかける。
「皆の者、音など気にせず急ぎ妻女山に向かうぞ!!」
「はっ!!」
それまで抑えていた足取りが一気に速まり、馬の蹄も、歩兵たちの衣擦れの音も、霧に紛れてなお鮮明に聞こえてくる気がした。夜中の進軍とはまるで違う、危険と覚悟が入り混じる速度だった。
妻女山麓/片倉・金崎軍側の視点
少し前、妻女山にいる片倉とその軍では、夜の静けさを裂くような音に耳を澄ませていた。稲荷が暗闇の中で声を小さく震わせる。
「片倉さん、足音が聞こえて来てきました」
片倉は月明かりを頼りに遠方の山裾を凝視する。霧の中、闇の裂け目から群集の影が揺れている。
「皆、迎え撃つ準備だ」
「はい‼」
兵たちは武具を確かめ、矢を番え、頭巾を締め、盾を重ねて陣形を整える。風に混じる寒気が肌を刺し、牙を剥いたような緊張が空気に満ちていた。
不安そうな面持ちを隠しきれぬ者多数。その中で士郎が自分と兵たちの不安を取り除こうと、声を振り絞る。
「皆、声を出そう!そうすれば少しでも不安は取れるさ‼」
兵の中に小さなざわめきが起こる。
士郎は声を震わせながらも大声で
「せぇーの‼気持ちー‼気持ちー‼」
兵達はざわざわするだけで誰も反応しないでいると
「皆‼それがしに続いて‼」
と士郎が大声で叫び
「せぇーの‼」
の掛け声の後片倉が大声で
「気持ちー‼気持ちー‼」
と叫ぶと皆バラバラながら
「気持ちー‼気持ちー‼」
と叫ぶ。
天羽軍の言葉を聞いた金崎軍の遼太が
「悠太、俺らも声を出して士気を高めるか」
「そうだな」
金崎軍も
「気持ちー‼気持ちー‼」
と大声を出したのであった。
天羽軍、金崎軍あわせて士気を高める叫びが山にこだまする。これで天羽軍と金崎軍は心が一つになったのであった。
夜が明け、霧が晴れ始める。 川中島の平野に朝の光が差し込み、旗や槍先がちらつきながら視界が広がっていく。 不動軍本隊は鶴翼の陣を敷き、静かに敵を待ち構えていた。
その頃、妻女山の裏手では―― 疾風率いる別働隊が、山道を駆け下りていた。馬蹄が地を叩き、霧の中に重く響く。
「なぜだ……もう戦が始まっているのか!」
疾風の怒声が夜を裂く。 慎重だった進軍が一変し、兵たちは音を気にせず駆け出す。
「皆の者、急げ!妻女山へ‼」
「はっ‼」
その声が、運命の歯車を回した。
妻女山麓・天羽軍・金崎軍側
片倉は月明かりの残る霧の中、遠方の山裾を凝視していた。 稲荷が声を震わせる。
「片倉さん……足音が、近づいてます」
「迎え撃つ準備だ‼」
兵たちは武具を確かめ、矢を番え、陣形を整える。 空気は張り詰め、寒気が肌を刺す。
士郎が声を振り絞る。
「皆、声を出そう!不安を吹き飛ばすんだ‼」
「せぇーの‼ 気持ちー‼ 気持ちー‼」
最初は誰も応じなかった。 だが、片倉が叫ぶ。
「気持ちー‼ 気持ちー‼」
兵たちが続く。 金崎軍の遼太と悠太も叫ぶ。
「気持ちー‼ 気持ちー‼」
山にこだまする士気の叫び。 心が一つになった瞬間だった。
不動軍・虎雲隊の突撃
霧の中から、馬蹄の音が轟く。 虎雲が叫ぶ。
「奇襲だ!今なら迎え撃つ者を蹴散らせる‼」
だが、戦の開始は予想より早かった。 焦りと希望が混じる虎雲の声。
「構えてくださーい‼」
士郎の号令が響く。 弓隊が膝を折り、矢を番える。
「今だ、放てー‼」
矢が夜を切り裂き、雨のように降り注ぐ。 騎馬が倒れ、悲鳴が山を揺らす。
「不動の軍勢はたいしたことない!かかれ‼」
片倉の叫びに、兵たちが突撃する。 金崎軍も続き、戦場は混沌と化す。
虎雲 vs 大の対立
「何やってんだ‼蹴散らせ‼」
「マジで言ってんのか!全滅するぞ‼」
「全滅してでも突き進め‼俺は英雄になる‼」
「命を軽んじる命令など聞けるか‼」
虎雲が大を殴る。 血を流しながらも、大は叫ぶ。
「全軍撤退せよ‼」
「勝手な命令するな‼」
その時――
「敵の大将首が見えたぞ‼」
遼太の叫びに、虎雲の顔色が変わる。
「……引くしかないな」
武士疾風、見参‼
突如、地を割るような咆哮。 霧の向こうから、一騎の男が現れる。
「さっさと蹴散らすぞ‼」
その声は雷鳴のように響いた。 馬上で大長刀を振るうその男――武士疾風。
「一気に踏みつぶせー‼」
疾風の猛威が戦場を飲み込む。 金崎・天羽連合軍はなすすべなく倒れていく。
「こいつが……日の本一の武将、武士疾風か」
片倉は叫ぶ。
「全軍、撤退せよ‼」
兵たちは迷わず動く。 金崎国子の命令が、事前に伝えられていたからだ。
片倉の犠牲と疾風の洞察
士郎が転倒。 敵兵が迫る。
片倉が馬を駆け、士郎を庇う。 疾風の槍が閃き、片倉は血を噴き倒れる。
疾風は前を見据え、呟く。
「……金崎国子がいない」
その視線は、敵の後方を正確に見抜いていた。
「全軍、急ぎお屋形様の元へ‼」
疾風の怒号に、別働隊が動き出す。 その滞在時間――わずか十分。
だが、その十分が、戦局を根底から揺るがした。




