第六十三話
霧が晴れた。朝日の淡い光が川中島の平野をそっと照らし、妻女山の稜線の向こうから群れが動くのが薄ぼんやりと視認できる。
不動軍本陣の広場にいる信一は、軍旗が風に揺れるのを目で追い、声を震わせた。
「何か?こちらに向かって来るのは味方か、もう金崎軍をやっつけたのか?」
虎太郎が顔を蒼白にし、声がかすれる。
「違いぅ!あっ、あっ、あれは金崎軍です!!」
信一は一瞬驚きを隠せなかったが、すぐに周囲の兵たちへ動揺を見せぬよう一呼吸置いて、冷静に声を下ろした。
「金崎軍、もう来たようだな」
虎太郎は慌てふためきながら告げる。
「これは策がばれたとしか考えられないです!!」
信一は大きく深呼吸し、虎太郎の肩を静かに叩く。朝露の重みを感じる草の上でその手の温もりが少し震えていた。
「大丈夫だ、落ち着け」
そして力強く続ける。
「相手は強いが、俺たちは日の本一最強の軍団だ!」
「王者の戦いをあいつらに見せつけるぞ‼」
兵たちの間に緊張が走る。霧が完全に晴れ、向こうに金崎軍の陣容が見える。馬の蹄音こそ聞こえぬが、旗の波紋、兵の列が揺れる気配、鎧を纏った影がざわめく――それだけで敵の迫りを感じ取れる。
「オウ‼」と兵たちが応答する声が震えるが確かだ。
信一は叫びをあげる。
「ただちに迎え撃つ準備を!」
「はい‼」
一方、金崎軍では金崎国子が遠くの敵陣をじっと見据えていた。軍の進軍列が視界に入る。
「皆さん、不動軍本陣が見えてきました!!一気に攻め込みますよー‼」
大きな声で士気を鼓舞する金崎。狼煙がないことで敵に正体を悟られず進めた夜行軍の策が、ここで功を奏していたかもしれないと、予想通りだった自分の判断に満足感が走る。
「おーおー‼」
そして金崎は士郎と経丸に
「経丸さん、河野さん、しっかりついて来て下さいよ」
「はい‼」
(いよいよだ!!)
経丸は馬上で鼓動を歌のように刻む。声は小さくとも、自らを鼓舞し、震える心を押さえ込むために。
その隣で河野は自信に満ち溢れた表情で馬進める。そしてこの緊張感の最中鼻歌まで歌う余裕さえ見せるのである。
軍列の先頭、金崎国子自身が敵陣に斬り込んでいく。大将自ら真っ先に斬りこんで行く事は戦国武将としては異例の勇気。だがそれが兵の士気を最高まで引き上げる。
虎太郎も信一の傍ら盾を持ち、短刀を握り固める。
「まずい、このままじゃ、お屋形様、お逃げください‼」
信一は一瞬、胸の中で迷いがよぎるが、顔色を引き締めて返す。
「慌てるな虎太郎。窮地の時でも動じてはいけない!俺がここで逃げれば士気が落ちる。ここは我慢だ‼」
虎太郎は声を詰まらせ、だが瞳の奥に決意を灯す。
「逃げなきゃお屋形様!下手したら死にますよ!!」
信一は冷静な調子で言う。
「俺のために戦っている兵を置いて俺だけ逃げることはできぬ。それをするぐらいなら死んだ方がましじゃ」
戦いの景色が一気に轟音と刃の閃きに染まる。
金崎は不動信一と虎太郎を徐々に追いつめる。馬が地を蹴り、槍の先が光り、兵たちの叫びがぶつかり合う。
「覚悟しろ、不動信一!」
経丸も傍らから叫び、剣を抜いて突き込み始める。
霧が完全に晴れた瞬間、空気がぷつりと切れるような感覚が走った。朝陽が差し込む前の冷たさが、兵たちの息を凍らせる。川中島の平野を囲む山々がクリアに輪郭を見せ、妻女山の稜線の向こう側に、動く影が揃って見えた。
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不動軍本陣の視点
不動信一は本陣の高台の布陣から前方を見渡す。敵か味方か、霧の中から現れた影が徐々に列を成して進む。
「何か?こちらに向かって来るのは味方か、もう金崎軍をやっつけたのか?」
その問いに、虎太郎の声がかすれた震えとともに返る。
「違いぅ!あっ、あっ、あれは金崎軍です!!」
信一の心臓が一瞬止まるような気がした。しかし彼は周囲に不安を見せぬように、ゆっくりと軍配を振る手を引き下げて沈着に言う。
「金崎軍、もう来たようだな」
朝露の重みを含んだ風が旗を揺らし、鎧の金具がかすかに光を反射する。兵たちの息が白く浮かび、その呼吸の乱れが緊張を物語る。
「これは策がばれたとしか考えられないです!!」
虎太郎の声に余裕はない。頭を振ると、唇の端に冷気の露が浮かんだ。
信一は胸の内のざわめきを抑え、虎太郎の肩を静かに叩く。霜が残る草の感触を足裏に感じながら。
「大丈夫だ、落ち着け」
その一言が、虎太郎の身体の震えをほんの少しだけ収めた。
「相手は強いが、俺達は日の本一最強の軍団だ!」 信一の声には、かつて領民や家臣から信頼された力が蘇っていた。
「王者の戦いをあいつらに見せつけるぞ‼」
兵達の目に光が宿る。剣の柄を握る手に力が入る。油を含んだ火継ぎ竹が煙をはかぬようにすり潰され、矢の先を確かめる者、馬上で蹄をきしませぬよう馬具を整える者。それぞれが準備をする音が、静けさの中に鋭く響いた。
「おう‼」
「ただちに迎え撃つ準備を!」
「はい‼」
金崎軍側の視点
一方、妻女山麓からの滑走を終え、視界が開けたとき、金崎は敵陣の本陣を遠くに認めた。陣形の旗が揺れ、槍兵・弓兵・騎馬隊が整列している。
「皆さん、不動軍本陣が見えてきました!!一気に攻め込みますよー‼」 金崎は馬の鞍にまたがり、風の中でその声を高く掲げる。
兵達は一斉に身体を起こし、剣の柄、槍先を握りしめる。馬の毛が風に撫でられ、蹄が地をかすめる音が濁り気味の川中島の朝の湿気を裂く。
「おーおー‼」
金崎は経丸と河野に目を向ける。
「経丸さん、河野さん、しっかりついて来て下さいよ」
恐怖と興奮が交錯している顔の経丸の横で河野はいつもの朗らかの表情と違い真剣な顏で一言
「金崎さん、安心してください。経丸さんと僕はやる時はやる男ですから」
金崎は河野の目を見て。
「頼もしいです」
経丸は心の中で
(私、女なんだけど・・・)
とツッコむ。
(いよいよだ!!)
経丸の心臓は跳ねる。経丸は馬上で小声で歌を呟く。それは己の鼓舞のための歌。静かなメロディが耳の奥で響く。
その横で、河野が馬上から冷静に敵兵を矢で撃ち抜いていき
「よっし‼やるぞ‼」
金崎自身は馬上で体をひねり、槍先を前に向ける。大将として、真っ先に敵の陣に斬り込む姿は、兵への誇りと決意を体現していた。鞍の端で鞭を軽く引き、馬を進める。
衝突の寸前
霧が完全に晴れ、朝日が斜めに差し込む。金崎軍の影が不動軍本陣にどんどん近づいていく。槍先が光り、弓兵が矢を番えて、盾で陣形を固める者、腹を据える者、泣きそうな者、その表情はさまざま。
虎太郎が信一の側で短刀を握る手を固め、声を震わせる。
「まずい、このままじゃ、お屋形様、お逃げください‼」
信一は冷たく朝露に濡れた大地に足を踏みしめる。馬の蹄の反響が耳を打つ。彼の目には兵一人ひとりの顔が見える――老齢の農民兵、若い騎馬兵、装束の乱れた弓兵。自分を慕う者たちを思い浮かべると、逃げることなどできなかった。
「慌てるな、虎太郎‼窮地の時でも動じてはいけない!俺がここで逃げれば士気が落ちる。ここは我慢だ‼」
虎太郎の瞳に、迷いと決意が交錯する。胸の鼓動が耳を打ち、血の熱さが手のひらに戻ってくる。
「逃げなきゃお屋形様!下手したら死にますよ!!」
信一は声を沈め、
「俺のために戦っている兵を置いて俺だけ逃げることはできぬ。それをするぐらいなら死んだ方がましじゃ」
と言い切った。言葉に含まれた重さは、冷えた風で震えるものではなかった。
その瞬間、戦の合図のように太鼓が一発鳴る。空気が震え、兵たちは剣を抜き、槍を掲げ、盾を構える。一瞬の静寂の後、まさにすべてが崩れ落ちるように戦が始まった。
「わかった兄貴、安心してていいよ。どんなことがあっても俺が必ず守るから」
不動信一は虎太郎の目を真剣な表情で見て
「絶対に俺を置いて死ぬことだけは許さないからな」
虎太郎は笑顔で
「当り前だろ死ぬわけねぇじゃん!金崎軍などたいした敵ではないわ!!」
虎太郎は大声で
「皆!!お屋形様を殺すわけにはいかない、共に奮闘するぞ‼」
「はっ‼」
「行くぞ!!オラー!!」
と自ら敵に斬りこみに行く虎太郎の姿を見て兵達は奮い立つ!!
不動軍は士気が上がり粘り強く戦っている。
しかし、金崎国子は次々と不動軍の兵を倒して遂に不動武虎の姿を捉えた。
「我こそは金崎国子、不動武虎覚悟しろー‼」
突撃してくる金崎の姿を見て勇は驚きながら
「お屋形様、あれは金崎本人です」
不動信一は驚きながらも
「大将の癖にここまで来るとは大したもんだ」
不動信一はさすがは大国の大大名。窮地でも動じずドーンと構えている。
次々と不動軍の兵は金崎に突っ込んでいくが金崎はいとも簡単に蹴散らしていく。
金崎を見て経丸は
(金崎様はやはりすごい、私も頑張らなくっちゃ)
次々とくる不動軍の兵を経丸と河野も蹴散らして生き残るは不動信一と虎太郎のみになった。
金崎は低い声で
「覚悟しろ、不動信一」
金崎と経丸はどんどん不動信一と虎太郎に近づいて行く。




