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ターニングポイント 外岡士郎と天羽家の初陣  作者: 房総半島
第三章大名達の登場
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第六十二話

 朝六時、川中島一帯は霧に覆われている。

「いいですか、皆さんこの戦いは日ノ本の歴史上最大の戦いになるでしょう、その戦いに私達は参加している」

 金崎は右手で拳を作りグッと天に突きつけて

「自分達に誇りを持てぇー‼」 

 兵達は声を揃えて

「オー‼」

 金崎はけして大げさな事言っているわけではない。日ノ本一、最強の騎馬隊と言われている不動軍と日ノ本一、最強の軍神と言われている金崎軍が総力をかけて戦う。まさに日ノ本一、最強決定戦なのである。


朝六時をまわり、川中島一帯は深い霧に包まれている。冷たい露が草葉を濡らし、視界は白く霞んで、兵たちの足下さえぼんやりとしか見えない。

その頃、不動軍、不動信一は、疾風率いる別働隊一万二千を妻女山へ向かわせ、本陣には八千の兵を残して鶴翼の陣を敷いていた。戦略は明快。妻女山の上にいる金崎軍が動けば、本陣を構えた不動軍が逃げ場を塞ぐように待ち構えており、別働隊が側面から突撃すれば殲滅できるという策である。

軍の中心、広帳の下に椅子を置かれ、信一はそこに腰を下ろしていた。その横には弟、虎太郎側近将であり、剛腕と知略の両方を兼ね備えている男。信一は軍配を握る手をじっと見つめる。手のひらは冷え、指先にわずかに震えが走っていた。

「そろそろ来るか?」

信一の声は低く、霧の中にかすかに消える。

虎太郎は空を仰ぎ、吐息をひとつ漏らして言った。

「後、二時間以上は来ないかと」

信一は自分の軍配を見つめながら、

「そうかぁ。虎太郎、俺、緊張してるのかな──」と呟く。

虎太郎は朗らかに、だがその眼には鋭さを帯びて応える。

「武者震いですよ、お屋形様。これは、勝つ灯の前の熱です」

信一はわずかに笑みを浮かべ、胸の圧迫を払おうとするように深く息を吐いた。

「そっか、そっか、武者震いか」

虎太郎がいよいよ言葉を重ねる。

「この戦で勝って、日本海を手に入れましょう」

その言葉を聞いた信一の顔に、先ほどまでのおどおどした表情は消え去り、目に炎が宿った。それは決意の光。彼の声は低く、だが確かに軍勢の背骨を叩くように響いた。

「そうだな、日本海を絶対に手に入れるぞ!」

その声とともに、信一の胸の中にあった不安は薄れ、闘志が湧きあがってきた。

信一はこの広大な領土を支配してきたが、海を持たぬその領地のもどかしさを日夜感じていた。海があれば、領民の暮らしは豊かになる。武家の領としての誇りも増す。海を奪回することは、不動家とその民が抱える悲願であり、そのためには金崎軍を討たねばならない。信一は強く胸に誓う。

(金崎軍は強い!しかし必ずこの戦で潰さなければ)

思いきり木の軍配で左太ももを叩いた。乾いた音が霧の中で小さく鳴り、兵たちはその音に背筋を伸ばす。

その瞬間、霧がゆっくりと晴れ始めた。夜露に包まれた草が光を奪い返し、視界が少しずつ戻ってくる。

いま、それぞれが色々な思いを胸に抱えて、この川中島で歴史上最大と言われる戦がもうすぐ始まろうとしていた。


霧が晴れた。 朝日の淡い光が川中島の平野をそっと照らし、妻女山の稜線の向こうに、うごめく影がぼんやりと現れる。風が軍旗を揺らし、草の露が光を反射する。空気が張り詰め、時間が止まったかのような静寂が広がる。

不動軍本陣。 信一は軍旗の揺れを目で追いながら、声を震わせた。

「何だ……あれは味方か?もう金崎軍を討ったのか?」

虎太郎が顔を蒼白にし、言葉を詰まらせる。

「違います……あれは……金崎軍です‼」

信一は一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに一呼吸置き、周囲の兵に動揺を見せぬよう声を落とす。

「金崎軍、もう来たか……」

虎太郎が慌てて告げる。

「策がばれたとしか思えません‼」

信一は深く息を吸い、虎太郎の肩を静かに叩いた。露に濡れた草の上で、その手の温もりがわずかに震えていた。

「大丈夫だ。落ち着け」

そして、力強く言い放つ。

「相手は強い。だが、我らは日ノ本一最強の軍団だ!王者の戦いを見せつけてやる‼」

兵たちの間に緊張が走る。霧が完全に晴れ、金崎軍の陣容がはっきりと見える。馬の蹄音はまだ遠いが、旗が揺れ、兵の列が波打ち、鎧の影がざわめく――それだけで敵の迫りを感じ取れる。

「オウ‼」

兵たちの応答は震えながらも確かだった。

信一は叫ぶ。

「迎え撃つ準備を整えろ‼」

「はい‼」

――その頃、金崎軍。

金崎国子は馬上から遠くの敵陣を見据え、声を張り上げる。

「不動軍本陣が見えました!一気に攻め込みますよ‼」

夜行軍の策が功を奏し、敵に気づかれずここまで進軍できた。金崎はその判断に満足しながら、士気を鼓舞する。

「おーおー‼」

そして、経丸と河野に声をかける。

「しっかりついて来てくださいよ!」

「はい‼」

経丸は馬上で鼓動を感じながら、震える心を押さえ込むように小さく呟く。

(いよいよだ……)

隣の河野は鼻歌を口ずさみながら、余裕の笑みを浮かべて馬を進める。

軍列の先頭――金崎国子自身が敵陣に斬り込む。 大将自ら先陣を切るのは異例の勇気。だが、その姿が兵の士気を最高潮へと引き上げる。

不動軍本陣では、虎太郎が盾を握り、信一の傍らで叫ぶ。

「まずい!お屋形様、逃げてください‼」

信一は一瞬、迷いを見せるが、すぐに顔を引き締めて返す。

「慌てるな、虎太郎。窮地でも動じるな。俺が逃げれば士気が崩れる。ここは我慢だ‼」

虎太郎は声を詰まらせながらも、瞳に決意を宿す。

「でも……死にますよ‼」

信一は静かに、しかし確かに言い放つ。

「俺のために戦う兵を置いて逃げることはできぬ。それをするくらいなら、死んだ方がましだ」

――そして、戦が始まる。

金崎軍が不動軍本陣に突撃。馬が地を蹴り、槍が光り、兵の叫びがぶつかり合う。

「覚悟しろ、不動信一‼」

経丸が剣を抜き、叫びながら突き込む。

霧が完全に晴れた瞬間、空気がぷつりと切れるような感覚が走る。 朝陽が差し込む前の冷たさが兵たちの息を凍らせる。川中島の平野を囲む山々が輪郭を現し、妻女山の稜線の向こうに、動く影が揃って見えた。

――日ノ本一、最強の軍団同士の激突。 川中島の地が、歴史の血を吸う瞬間が、今、始まった。



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