第五十八話
天羽家が借りている一室では、女性陣が甲冑を身にまといながら静かに戦の準備を進めていた。凛は経丸の背後に回り、優しく肩を揉みながら声をかける。
「また、経丸さん…力が入りすぎています」
経丸はふと息を止め、肩の緊張に気づく。
そこへ、ひのが湯気の立つ茶をそっと差し出す。
「一口飲むだけで、少し落ち着きますよ」
経丸は茶を口に含み、静かに目を閉じる。温もりが喉を通り、心に染み渡る。
「二人のおかげで緊張がほぐれました。ありがとう」
その言葉に、凛とひのは微笑み合った。
経丸達は士郎達と合流し、空気が一気に引き締まる。経丸は真剣な表情で皆を見渡し、力強く言い放つ。
「皆さん、敵は強いですが、覚悟を持った皆さんなら絶対に大丈夫です。皆を信じて、そして自分を信じて戦いましょう」
その言葉に、全員が拳を握り、声を揃える。
「はい‼」
円陣が組まれ、士郎が声を上げる。
「片倉さん、気合を入れるためにいつものつまんないギャグお願いします!」
片倉は笑いながら肩をすくめる。
「つまんないとは失礼だな、士郎君」
「いいから早く!」
片倉はバカにした調子で始める。
「モノマネ、士郎君と河野君の愉快な関係性!」
「士郎さんって弱虫ですね。虫けら以下じゃないですか」
「てめぇーぶっ飛ばしてやる!」
「ギャー痛い!痛い!」
「謝るか?謝るか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「謝ったから解放してやるわ」
片倉は経丸の背後に回り、ニヤリと笑う。
「謝れば簡単に許すとは…チョロい奴め」
「てめぇ!ぶっ飛ばしてやる~!」
士郎が本気で襲いかかろうとすると、片倉は笑いながら叫ぶ。
「皆!今、本家が実演してくれてます!」
部屋は爆笑の渦に包まれ、士郎もつられて笑ってしまう。
しばらく笑いが続き、やがて静かに落ち着いた頃。経丸が立ち上がり、空気を切り裂くように叫ぶ。
「安房――‼」
全員が拳を突き上げ、魂を込めて叫ぶ。
「魂‼‼」
その声は春日山の空に響き渡り、戦の幕開けを告げる狼煙のようだった。
天羽家の皆が円陣を組み、気合を入れた直後――
スッ…と音もなく戸が開いた。
その場にいた全員が振り返ると、そこに立っていたのは金崎国子。甲冑に身を包み、凛とした眼差しで経丸を見つめていた。
「経丸さん」
「金崎様」
二人の視線が交差する。空気が一瞬、張り詰めた。
「ただいまから、不動軍の進軍を止めるため、信濃・川中島へ向かいます」
その言葉は、まるで戦の鐘のように皆の胸に響いた。
経丸は一歩前に出て、深く頷く。
「はい、わかりました」
そして、振り返りながら仲間たちに向けて、真剣な表情で声を張り上げる。
「皆、金崎様について行きますよ!」
その瞬間、天羽家の面々は拳を握り、声を揃えて叫んだ。
「はいっ‼」
その声は、春日山の空を突き抜け、川中島へと続く道に響き渡った。
川中島――金崎家と不動家の領地の狭間に位置する盆地。三本の川が交差するこの地は、戦の舞台として幾度も血を吸ってきた。東には不動軍の陣営、海津城がそびえ立ち、静かにその時を待っていた。
⚔️海津城・不動軍本陣、湯煙の中の報せ
天羽軍と金崎軍とは決戦の地川中島に向かった。この川中島は金崎家と不動家の領地の間にあり中心に三本の川が流れている盆地ある。川中島の中心から東に不動軍の陣営となっている海津城がある。
不動軍陣営では温泉に家臣と共に浸かっている不動信一の元に湯気を切るように伝令が駆け込む。
「お屋形様、金崎軍が遂に動き始めました」
信一は湯から顔を上げ、眉をひそめる。
「そうかぁ…やっと動いたか。敵兵の数は?」
「ざっと一万三千にございます」
「一万三千⁉ 我らより七千も少ないのか…」
周囲の家臣たちがざわめく。
「我ら最強の騎馬軍団を舐めてるのか金崎は!」
その騒ぎを、低く響く声が制する。
「一旦落ち着け」
不動信一の一言で、湯殿は静まり返った。
信一は湯から上がり、濡れた髪を払って言う。
「虎太郎、疾風殿、優、大…ついて来てくれ」
軍議の間・不動家の重臣たちの決断
信一は弟・虎太郎、豪胆な武士・疾風、その息子で聡明な優、そして人懐っこい優の家臣・大を連れて自室へ向かう。
「金崎軍は海津城に攻めてくる。籠城すれば返り討ちにできると思っているが…どう思う?」
虎太郎が口を開く。
「兵たちは一か月も待機していて苛立っています。籠城では士気が下がり、家中が分裂する恐れがあります」
疾風も続ける。
「最強の騎馬隊が挑まないとなれば、お屋形様を臆病者と見て離反する者も出るでしょう」
信一は苦い顔で呟く。
「つまり…決戦を挑めということか」
「はい」
「だが、金崎は戦の天才だ。まともにぶつかって勝てるか?」
疾風が拳を握りしめて叫ぶ。
「お屋形様は慎重すぎます!我らは最強の騎馬隊ですよ、蹴散らしてやりましょう!」
虎太郎も力強く言う。
「俺がついてます。それに不動家は日ノ本一最強の騎馬隊。金崎家など恐れる相手ではありません」
そこへ、呼ばれてもいない虎雲が突然現れる。
「俺の部隊だけでも金崎家を崩壊させられますよ!」
信一が戸惑いながら問いかける。
「虎雲、何でここにいる?」
「軍議をすると思って来ました」
信一は少し嫌な顔をしながらも応じる。
「そっかぁ…」
虎雲は信一の表情に気づかず、勝手に宣言する。
「俺の部隊が先鋒を務め、金崎家を蹴散らしてきます!」
信一は静かに言う。
「勝手なことはするな。虎雲には海津城の守りを頼みたい」
「嫌です!守りなど無能な奴に任せるべきです。俺は前線で手柄を立てるべきです!」
虎太郎が怒鳴る。
「お前!お屋形様の意見に逆らう気か!」
「やめろ、虎太郎」
信一は虎雲に優しく語りかける。
「城を無能な者に任せて落とされたら、敵に勢いづかせる。海津城の守りこそが、この戦の勝敗を握る。だからこそ、一番優秀なお前に任せたい」
虎雲は目を見開き、納得する。
「そんな重要な役目なら…俺にしかできない。じゃあ、任せてくれ」
信一は虎雲の手を両手でがっちり握る。
「ありがとう。本当に頼むよ」
「はい!」
「大」
「はい!」
「お前も海津城に残ってくれ。虎雲の言うことをしっかり聞いて、手伝え」
「はい…!」




