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ターニングポイント 外岡士郎と天羽家の初陣  作者: 房総半島
第三章大名達の登場
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第五十五話

ここは、安房の国にある天羽家の居城・館山城。その一室――経丸の私室には、昼の陽光がやわらかく差し込み、香ばしい茶と甘いお茶菓子の香りが漂っていた。

経丸は、その中で静かに茶を口に運びながら、穏やかな口調で言った。

「三人でゆったり、お茶会するのは初めてですね」

対面に座る凛がにこやかに微笑む。

「そうですね。なんか、三人だけでゆっくり話せる機会って初めてなので……今日は色々話しましょう」

「はい、色々お話したいです」

そう言って、ひのも笑顔で応じた。三人は、静かな時の流れの中、茶をすすりながら和やかに談笑していた。

だが――。

「ドタドタドタドタッ!」

廊下に、駆け足の音が突然響き渡った。

その主は、天羽家家臣の士郎。息を切らせながら、勢いよく経丸の部屋の前に立つと、乱れた呼吸を整えながら叫んだ。

「経丸さん! 緊急の知らせです。入ってもよろしいでしょうか!」

経丸はうなずき、静かに答える。

「はい、わかりました」

襖が開くと同時に、士郎がずかずかと部屋に入ってきた。女子三人の茶会に割り込んで申し訳なさそうな様子はなく、むしろ興奮気味に声を張り上げた。

「楽しい会を邪魔してすみません! 凛! 先生が、先生が越後の当主になってるよ!!」

凛が目をぱちくりとさせる。

「先生って?」

「ほら、寺子時代にお世話になった国子先生!」

「えっ!? 越後って……あの金崎家の? 大大名の⁉」

「そうそう!」

凛は子どものように目を輝かせ、拳を握りしめた。

「うわぁぁぁぁぁっっ! 凄い事じゃん! 先生って、実はめちゃくちゃ大物だったんだね⁉」

「そうだよ! それがし驚きのあまり、腰抜かしたもん!」

「兄貴、それどこで知ったの?」

凛の問いに、士郎は得意げに胸を張った。

「この前、鎌倉で関東管領の任命式があってさ。越後から大軍が来るって話を聞いたから、チビルと馬に乗って野次馬に行ったんだよ!」

「ややこしいこと挟むな!」

凛のツッコミに、士郎は肩をすくめながら笑った。

「ごめん、つい!」

「それで?」

「そのとき、任命されてる人を見たら……なんと、先生だったんだよ!」

 凛は少し驚きながら

「よく見れたね」

 士郎は得意げに

「当たり前じゃん。人を押しのけて、前に前に出たからな」

「その図々しい神経、凄いわ……」

 士郎は更に得意げに

「兄貴を誇りに思え、凛!」

「皮肉なんですけどね」

一同が吹き出し、部屋に笑いが広がった。

士郎はさらに続ける。

「それでさぁ、金崎家と同盟を結ぶことになったんだ!」

凛が目を見開き、大声で叫ぶ。

「は⁉ はぁーーーーーーー⁉」

士郎は冷静にうなずいた。

「なぁ、心強いだろ?」

「なんで⁉なんで同盟を結んだの⁉」

 驚く凛に士郎は淡々とした口調で

「それがしが先生に頼んだから!」

「いやいやいや、頼んだ⁈勝手に⁉」

「交流は自分から積極的にしていかないと」

「いや、いや勝手に動きすぎでしょ‼ 経丸さんの許可も取らないで!」

士郎は悪びれる様子もなく、ニコニコと笑った。

「善は急げって言うじゃない?」

凛がなおも抗議しようとしたそのとき、経丸が間に入った。

「凛ちゃん。士郎さんは、天羽家のために行動を起こしてくださったんですよ」

凛はむくれた表情で言う。

「殿はこのバカ兄貴に甘すぎますって!」

経丸はフフッと優しく笑った。

「本当に怒るべき時は、しっかり怒りますから」

その言葉に、士郎は背筋がぞわりと震えるのを感じた。

「それでですね、先生をここにお呼びしたいのですが――」

経丸が少し困ったように首を傾げた。

「本来はこちらから挨拶に伺うのが筋では?」

「いや、もう今、城の前に待たせてるんですよ‼」

凛が、悲鳴のような声を上げた。

「はあぁ⁉ はぁーーーーーーーーーーーー⁉」

士郎は慌てて続ける。

「だから、この部屋にお呼びしてもよろしいですか?」

 経丸が少し強い口調で

「よろしいも何も、すぐにお通ししなきゃ失礼ですよ‼」

「わかった、すぐ呼んできます!」

「お願いします。私たちはこの部屋片づけしておきますから。凛ちゃん、ひのちゃん、協力お願い!」

去り際、士郎は得意げに言い残した。

「凛、うちのばぁやん、凄いよ! 村中の人使って三万人の食事の指揮を執ってる!」

 凛は驚きながら

「おい、八十五だよ⁉ 無理させんなよ!」

 士郎は笑顔で

「経丸さん、大祭りだぜ!」

経丸は微笑みを浮かべながら、静かに言った。

「士郎さん、楽しそうですね」

士郎は満面の笑みで答えた。

「もちろんです!」

凛が叫ぶ。

「いいから早く行け‼」

「はっ、はいっ‼」

士郎はその場でピョンと跳ね上がり、駆け出していった――。


経丸の部屋を飛び出した士郎は、階段を駆け下りながらも足取りは軽い。気分は晴れやかで、胸の内には興奮と誇りが渦巻いていた。

(まさか、あの先生が越後の当主だったなんてなぁ……)

城の門前に着くと、そこには既に到着していた三人の姿があった。

黒髪のショートカットを揺らしながら佇む四十代前半の女性――金崎国子。上品な顔立ちに凛とした佇まい。落ち着いた着物姿が彼女の風格を一層引き立てている。その横に立つのは、彼女の甥っ子、双子の少年――悠太と遼太。

士郎は息を整えながら一礼する。

「先生、大変お待たせしました」

遼太が口をとがらせてからかうように言った。

「おせぇよ、どんだけ待たすんだよ」

「全く。こっちは“大大名”だぜ?」

悠太も冗談めかして肩をすくめた。

士郎は苦笑しながら頭をかく。

「悪い、悪い、大大名のお二人さん(笑)」

金崎国子は、士郎の顔を見てほっとしたように微笑んだ。

「大丈夫だった? 急に押しかけちゃって……」

「大丈夫どころか、先生に来ていただけて光栄です! さあ、こちらへ!こちらへ‼」

士郎が手を差し出し、三人を案内する。その後を静かに、だが確かな足取りで歩く国子。その後ろに並ぶ双子の少年達の足取りも、堂々としたものだった。

やがて経丸の部屋の前にたどり着く。

襖が開かれ、国子が一歩足を踏み入れると、そこにいた経丸が静かに立ち上がった。

「初めまして。越後の国、春日山城城主・金崎国子です」

「初めまして。安房の国、館山城城主・天羽経丸です」

二人の手が、丁寧に、しっかりと握られる。

国子は頭を下げた。

「急に押しかけてしまい、申し訳ありません」

経丸も同じように頭を下げる。

「いいえ、こちらこそ急にお呼びしてしまい、恐縮です」

すると国子の目に凛の姿が入る。

「あっ、凛ちゃん!」

まるで昔のままの柔らかな笑顔で、国子は凛に駆け寄り、両手を広げると彼女を優しく抱き締めた。

「大きくなったねぇ〜」

凛は顔を赤らめ、照れながらも嬉しそうに答える。

「ありがとうございます。先生がお元気そうで、何よりです」

「おかげさまでね」

国子はそう言うと、二人は笑い合った。

士郎は皆に

「あっ、紹介するね。同じ顔の、この二人が悠太と遼太」

「紹介が雑すぎるだろ!」

「こちとら大大名だぞ!」

双子は口々にツッコミを入れながら、笑顔を見せる。

士郎はなぜか得意げに

「双子の悠太、遼太ね。顏そっくりでしょ」

 と経丸に言うと経丸は感心したようにうなずいた。

「本当にそっくりですね」

 悠太と遼太は少し照れて顔を赤くしながら

「士郎と寺子屋時代の同級生兄の遼太です」

「悠太です」

 凛は士郎を軽く小突きながら

「えっ、あぁ兄貴、遼太さんがお兄さんなの?」

「そうだよ、悠太遼太って呼ぶ方が語呂がいいでしょ」

「あぁ~なるほどね」

笑いが再び部屋を包み、少しだけ空気が和らいだ。

士郎は

「じゃあ、金崎殿と同盟を結ぶことに反対する方はいませんね?」

「ちょっと待ってください!!」

――バァンッ!

襖が勢いよく開かれ、一人の男が荒々しく入ってきた。

士郎が驚き、身を引く。

「おい、びっくりさせるなよ! 結婚式に新婦を奪い返しに来た男みたいな感じじゃねぇか!」

入ってきたのは、河野。そしてその後ろには控えめに立つ、片倉。

経丸が落ち着いた声で問いかける。

「どうしたんですか、河野さん?」

河野は真剣な表情で一言、問いかけた。

「同盟って……なんですか?」

……その場にいた者たちは、凍りついたように一瞬、沈黙した。

そして――。

「……ガンッ!」

誰からともなく、全員がその場で額を床に打ち付けるような脱力を覚えた。

片倉が優しく説明する。

「簡単に言うとですね、お互いに戦をしない約束です。そして、同盟相手が敵と戦っていたら、共にその敵と戦う……そういう関係のことです」

ひのが無邪気に両手を挙げて笑顔で言う。

「つまり、仲良し! 仲良し! になるってことですね!」

部屋に、和やかな笑いが再び起こった。

だが、その笑いの中で――河野が真顔でぽつりとつぶやいた。

「片倉さん……意味、わかってましたか?」

その問いに、片倉が目を見開き、声を張り上げる。

「わかってるから、説明したんだよ!!」

今度は、堪えきれずに全員が吹き出した。

笑いの波が部屋中を包み込み、春日山と館山、二つの大名家の人々が肩を揺らしながら、心からの笑いを共有していた。

まるで、この場こそがすでに「同盟」の証のように――。

 


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