第四十三話
「父上、鷲雪っておなごが美鷹先生に贔屓されています。許せないです」
息子、太郎から相談を受けた岡崎城城主 矢梅奴男は
「ホントか、それは許せない!すぐに美鷹先生を呼び寄せる」
矢梅に呼ばれた美鷹は矢梅の前で正座をする。
「美鷹先生、鷲雪って言う、みなしごのおなごを贔屓してるとの噂がありますが本当か?」
美鷹は堂々とした口調で
「贔屓などしておりませんよ」
「聞くと自分の家に連れて帰って夕飯などをご馳走してると」
「それはまことの話です」
「なぜ、そのような事をする贔屓ではないか‼」
激怒する矢梅対して美鷹は冷静な口調で
「男の子たちが鷲雪ちゃんをいじめるのでいじめられないよう家に連れ帰っているだけです」
矢梅は強い口調で
「先生、みなしごのおなごがいじめられる理由ご存じか‼」
「わかりません」
「みなしごのおなごの癖に読み書きが達者だからだ‼」
「先生、なぜあのおなごに学ばせてるかわかりますか?」
「おなごでも教養を付けるのは大事だからですよね」
「違う!異物を入れるとそいつを敵として周りが一致団結するだから入れた。いじめも一致団結させる為に大事な事なんだ!それを邪魔し寄って」
「奴は劣ってなきゃいけない。だから三つも年下のおなごを入れたんだ。その意図を深く理解するように」
「先生もしっかり、あのおなごをいじめるように間違ってもいじめから救おうと考えないように‼」
「わかりました」
「わかったならよろしい」
「今日限りで先生を止めさせていただきます」
「なんだと」
「すみませんが、教育者として私はそのような事は出来ません」
「逆らうのか?」
「逆らっておりません。出来ないと申したまでです」
「捕らえよ‼」
男達が出てきて美鷹を捕らえる。
「今からお主を死刑とする」
「えっ!」
驚く、美鷹に矢梅は
「何驚いてる!俺に逆らったんだ!当然だろ‼」
「いや、逆らった訳じゃありません」
矢梅は思いっきり美鷹をビンタし
「往生際が悪い!自分の罪を認め素直に処刑されよ‼」
美鷹は矢梅を睨みつけながら
「このような理不尽許されるとお思いか‼」
矢梅はもう一度思いっきり美鷹をビンタし
「ざまぁみろクソ尼‼」
「ホントに処刑するなら必ず呪い殺します‼」
矢梅は美鷹の顔に唾を吐きかけ
「あの世で俺に逆らった事を後悔しろ」
鷲雪は連れてかれる美鷹を見て慌てて
「麒麟さんに知らなきゃ‼」
鷲雪は勢いよく走ると松風にぶつかる。
松風は優しい口調で
「ごめんね鷲雪ちゃん、大丈夫怪我はない?」
「忠清様」
泣いている鷲雪を見て松風は
「ごめん、そんなに痛かったか、すぐに治療するよ」
「違います!美鷹さんが処刑されちゃうんです‼」
「えっ?えっ?」
「だから麒麟様を呼びに行かないと」
「わかった、俺が呼んで来る。鷲雪ちゃんはすぐ、美鷹さんの元に戻って」
「はい」
「麒麟‼大変だ‼」
「どうされましたか?」
「美鷹殿が!美鷹殿が処刑されるって」
大士は真顔で
「嘘ですよね!何言ってんですか?」
「ホントだよ!鷲雪ちゃんが泣きながら言ってるんだから」
「わかりました。すぐに案内してください‼」
「はい!」
二人は全力で美鷹の処刑場まで走って行く。処刑場に着くと大士の元に鷲雪が泣きながら
「美鷹先生が私のせいで殺されちゃう!殺されちゃう」
大士は息を切らしながら
「大丈夫、俺が何とかする忠清殿、鷲雪ちゃんを頼む」
「はっ」
大士は処刑場の竹で出来た策をよじ登り大声で
「待ってくれ‼」
美鷹は驚いた表情で
「麒麟さん」
「なぜ、美鷹を処刑するんですか‼」
処刑執行人が
「これは殿の命でございます」
「美鷹は何も悪い事をしてないです!処刑なんか間違ってます!今すぐ解放してください‼」
「それは出来ませぬ、殿の命なので」
大士は必死に大声で
「お願いします!解放してください‼」
「出来ませぬ、殿の命なので」
大士は勢いよく美鷹の元に走って行く。
処刑執行人は大きな声で
「麒麟を取り押さえよ」
十人もの男が大士を取り押さえる。大士は大暴れするが十人もに取り押さえられて身動きが取れなくなる。
抑えつけられた大士は大声で
「何かの間違いだ‼やめてくれ!やめてくれ‼」
その願い届かず、美鷹の首は刎ねられた。
その瞬間、大士はその場で声にもならない絶叫をしたのであった。
皆が撤退した後、大士の元に鷲雪が来て泣きながら
「私のせいで、私のせいでごめんなさい。ごめんなさい」
大士は鷲雪を抱き締め
「鷲雪ちゃんは何一つ悪くない。辛い思いをさせて申し訳ない」
大士はその日の夜、松風に向けて手紙を書く。手紙の内容は家臣や鷲雪を頼む。私は一人で矢梅を殺すとそれを書き残して
翌日、ただ一本の刀を携え、岡崎城へと向かっていた。
昼の陽光が障子越しに差し込み、静寂が支配する畳の部屋。空気は張り詰め、あたたかいはずの陽射しが、ここでは冷たく感じられる。
大士はゆっくりと歩を進める。刀を手にしながら、余計な言葉は一切発さない。ただ、静かに矢梅の前に立ちふさがった。
矢梅は豪勢な座布団に胡坐をかき、酒杯を傾ける。
「ほう、お前が何しに来た?」
その声にはまだ余裕がある杯を傾けた。
「美鷹が殺されたことを怒ってるのか?どうせ腰抜けのお前が怒ったところで、俺は怖くねぇんだよ‼」
しかし、大士は答えない。ただ、じっと矢梅を見据える。
沈黙――それは圧倒的な威圧感を放つ。
矢梅の手が僅かに震えた。しかし、それを隠すかのように笑みを浮かべる。
「何だ、お前ごときが俺を殺す覚悟なんてあるわけねぇだろ!」
その瞬間――
刀が抜かれる。
畳の上に、一閃が走る。
矢梅はほんの一瞬怯んだが、叫びながら周囲の者たちに命令する。
「者ども!こいつを殺せ!」
十人ほどの侍が一斉に襖の奥からなだれ込む。
大士は一切動じることなく、ただ一歩踏み出した。
最初の侍が斬りかかる――大士は軽く受け流し、刀の刃を走らせる。
ひとつ。ふたつ。
血が畳に散る。
瞬く間に侍たちが倒れる。
「邪魔すんな!ぶち殺すぞ!!」
低い声が響く。
侍たちは恐怖に震え、一斉に退却する。
「おい!置いていくな‼待て!待て‼」
矢梅の顔色が青ざめる。
背を向けて逃げ出した。
倒した襖を蹴り飛ばし、必死に机を倒して大士の進路を塞ごうとする。
しかし、大士は冷静に障害物を払いのける。
矢梅は息を切らしながら懇願した。
「待て!話せばわかる!お前の言うことを聞く‼」
しかし――
鋭い一閃。
刃が深々と矢梅の背中を裂く。
「ぐ…ぁ…ッ‼」
畳の上に血の筋が走り、昼の光がそれを照らした。
矢梅は崩れ落ち、目には恐怖と絶望だけが浮かぶ。
大士はその姿を静かに見下ろし、
「美鷹殿を返せよ‼美鷹殿を返せよ‼一刻も早く美鷹殿を返してくれよ‼」
と叫びながら何度も何度も矢梅を刺し続ける。
その瞬間――昼間にも関わらず空は黒く染まり雷鳴が轟き、空が裂けるように。昼間激しい雨が降り出した。障子を叩く雨音が、刀が肉を裂く音と混ざり合う。
畳は血で濡れ、赤と黒が入り交じる。
急な大雨を受けてずぶ濡れになりながらやって来た松風はボロボロになった矢梅を叫びながら刺し続けている大士を見つけ静かに刀を抜いた。
「気が済むまで殺ろうぜ‼」
その低い声に、大士は振り返り――そして再び刃を振るった。
松風の刃も矢梅の体を貫く。
二人は息を荒げながら、何度も、何度も矢梅の体を突き刺した。
雨は止まらない。矢梅の血と二人の汗が畳の上を広がっていく。
そして、大士が刀を鞘にしまうと松風も刀を鞘にしまい無言で大士を力強く抱きしめた。




