第四十話
その夜
大士は寝室で真剣な顏して
「みーちゃん、私は一世一代の大勝負をして来る‼」
美鷹は大士を抱き締め
「絶対に生きて帰って来て下さい」
「もちろん」
大士は寝ている赤ちゃんの晴虎の頬をぷにぷに触りながら
「この夜が、どれほど永遠ならいいのに…」
美鷹の囁きは、風に紛れそうになりながらも、大士の胸に深く響いた。彼は静かに彼女の手を握りしめる。
間は、まるで時間が止まったかのような異世界。だが、それは現実から逃れる場所ではなく、戦の前の静寂——嵐の前の安息だった。
その部屋には、静かな寝息が響いている。赤ん坊——晴虎は、ふたりの間で丸くなって眠っていた。小さな手が微かに動き、夢の中で何かを掴もうとしているかのようだった。
美鷹はそっとその小さな頬を撫でる。
「この子の未来が、戦の波にさらわれることなく穏やかでありますように。」
彼女の声は、夜風の中で囁きのように静かだった。
大士は、寝床の端でじっと息子を見つめる。その眼差しには決意が宿る。
「晴虎——お前がこの世を知る頃には、戦のない時代を見せたい。」
大士の言葉に美鷹は思わず涙をこぼす。
大士は美鷹の布団に入り、美鷹を黙って後ろから抱きしめる。
ふたりの間にある沈黙は、ただの静寂ではなかった。それは誓いの時間。父として、母として、この小さな命を守るための決意が、何よりも強く、この部屋を満たしていた。
夜風が静かに吹き抜け、晴虎の寝息と音とともに、確かな絆がその部屋を満たしていた。戦の影が迫っていようとも、今だけは今だけは——家族としての愛がすべてだった。
やがて夜が明ける——麒麟は戦場へ向かう。しかし、晴虎の寝顔を胸に刻み、大士は決して敗れぬ覚悟で、朝の光へ歩み出していくのだった。
そして早朝大士は出陣した。
松風は馬上から
「大士、昨日は眠れなかったろ」
「いや、ぐっすりと寝れました」
「えっ?えっ?まぁ、それはよかった」
「凄いな、俺なんか不安でいっぱいで眠れなかったわ」
笑いながら話す松風に大士は真剣な表情で
「私に不安なんかないですよ。もう覚悟を決めて来たんで」
松風は大士の言葉を聞いて真剣な表情で
「いいか、戦の勝ち負けももちろん大事だが一番大事なのは生きて帰ってることだぞ‼」
「大将が死を恐れるような考えは良くないかと・・・」
松風は強い口調で
「お前には帰りを待ってる人がいるんだ!こんな戦で命落としたら俺はお前をぶち殺すからな」
「わかりました」
「ホントにわかってるか‼必ず生き残れよ‼」
「はい」
「頼むぜ、美鷹殿に悲しい思いさせないでくれよ」
「はい、もちろん」
八坂軍は八坂公平を総大将とし二千五百の兵を率いて大士の待つ小森の丘に向かった。
小森の丘の麓についた八坂軍は八坂公平の
「一気にひねり潰せ‼」
の号令に従い一気に攻めて来た。
丘の中腹で待機していた大士と忠清は柵をよけながら来る敵を見て
「作戦通りだな」
「まずは私が戦います」
「わかった」
二千五百の敵兵が駆け上がってくる。その足音が山にこだまする。しかし、大士と松風は微動だにしない。
松風は強張った表情で
「いよいよだな」
に対して大士は真剣な表情で
「まずは私が戦いますので松風殿は後ろで控えていてください」
松風は両手をポンっと叩いて
「頼むぞ」
「はい」
徐々に姿が大きくなってくる敵兵達
大士の刀が鞘から滑り出る音が響く。柵が築かれ、敵の進軍を困難にしている。敵兵二千五百。数で圧倒しようとしているが、戦場の地形を活かした知略が、この数の優位を無効化しつつある。
次の瞬間、大士は疾風のように動いた。目にも留まらぬ速さで敵兵の間をすり抜け、一閃。鮮やかな切り込みが走り、最前列の兵が倒れる。
ここに大士麒麟と松風忠清の壮絶な戦いの幕が開けた。
敵兵達が大士の圧倒的な強さに衝撃を受け躊躇している間に松風の合図で丘の上にいる味方が攻撃を開始する。大鍋で沸騰させた米が、まるで焼ける雨のように敵兵へと降り注ぐ。熱が肌を焼き、混乱した敵兵が叫び声を上げる。
次いで、熱した油の中に入れた石を敵に向かって放り込む。
敵兵達に衝撃が走り、敵兵達は大混乱に陥る。
大混乱に陥る敵兵に対してここぞとばかりに大士の刃が唸りを上げながら突っ込んで行く。斬撃一閃。血が舞う。怒号が飛び交う。だが大士は止まらない。
二千五百の敵兵は、地形と知略によってその数の利を失い、もはや統率も取れなくなっていた。戦場を支配するのは、己の刃と策略を駆使する大士麒麟である――。
「つぇわ、こいつどんどん強くなってるわ」
大士が一瞬の疲れを見せたその刹那――
「交代―‼」
松風が大士に聞こえるよう大きな声で言う。
大士は迷いなく引く。その瞬間、松風が前へ出る。
彼の動きは滑るように滑らかだ。長槍が空を切り、一閃。敵兵が怯み、後退する。松風の攻撃は冷静かつ精密で、まるで計算された舞のように敵を討ち取っていく。
大士は松風の戦いぶりを見て
「最強で最高の親友だなぁ~」
と呟いた。
しばらくすると松風は大きな声で
「任せた‼」
「わかりました」
大士が即座に応じる。
再び大士が前に出る。まるで風のような戦いだった。二人は息を合わせ、交互に戦場を駆け抜ける。大士の猛攻、松風の冷静な制圧。その絶妙なバランスが、敵陣を切り崩していく。どちらかが疲れを見せれば、もう一方が前に立ち、戦場の流れを止めることなく進めていく
麓の本陣では、重々しい空気が漂っていた。大軍を率いる総大将・八坂公平は、陣幕の奥で戦況報告を受けていた。
報告役の兵が息を切らしながら駆け込む。
「殿、報告します!大士麒麟と松風忠清による猛攻、止まりません!」
八坂公平は静かに目を閉じた。二千五百の兵を投入したにもかかわらず、戦況は圧倒的に不利へと傾いていた。策を張り巡らせたはずの陣形は乱れ、兵の士気は崩れつつある。そして何より、大士と松風の絶妙な連携――それが、彼の軍勢を壊滅へと追い込もうとしていた。
「……想定外だな。」
八坂公平が低く呟く。
「たった二人でここまで戦況を覆すとは。」
幕の外からは、負傷兵たちの呻き声が聞こえる。八坂公平は沈思し、家臣達を招集する。
「この戦、ただの力勝負ではない。地形、知略、そして戦士の圧倒的な実力……。」
八坂公平は陣図を見つめる。何か策を打たねばならない。しかし時間はない――。
「殿、いかがなさいますか!」
軍師が問う。
八坂公平はゆっくりと立ち上がる。決断の時は迫っていた。八坂公平は迷わず、次なる命令を下そうとしたその時、八坂公平の隣に座っていた若き武将・八坂翔平が父である八坂公平を前に立っていた。その眼差しは鋭く、戦意に満ちている。
「父上!私、前線に行き、その男達を一目見とうございます」
八坂翔平は強く言い放った。
公平は一回座り直し、息をつきながら八坂翔平を見つめる。そしてしばらく沈黙する。八坂翔平をこの危機に行かせるべきか、否か――思考が巡る。しかしその間にも戦場から悲鳴と怒号が響いていた。戦況は刻一刻と悪化している。
八坂公平は真剣な表情で八坂翔平の両頬を掴んで
「翔平、お前が最前線に行けば、味方の士気が上がる‼行ってこい‼お前が決着を付けてこい‼」
「はは、ありがとうございます」
八坂翔平の家臣の爺やが
「待ってください!敵は上から石や油をかけて来ます‼」
「おし、じゃあこれを持っていきますか」
そう言って八坂翔平は傘を手に取った。
八坂翔平は狭い山道を勢いよく駆け登って行く。
人だかりが見えると
(あぁ~どうしようか、真剣に戦ってくれている兵にどいてくれ道を開けてくれなんて失礼な事言えないし、そうだ横の斜面を全速力で駆け抜けるか)
戦場に降り注ぐのは 沸騰した米 や 熱せられた石 ――そして、それを防ぐために、八坂翔平は傘を掲げながら斜面を全速力で駆け抜けていった。
炎のように舞い落ちる熱い米粒が傘に打ちつけられる。ジリジリと音を立てながら傘の表面を跳ね、熱の波を防ぐ。敵兵がそれを浴び、悲鳴を上げる中、八坂翔平は全速力で斜面を駆け抜ける。
傘は、戦場を生き抜く盾となっていた。
次の瞬間、空から 灼熱の石 が降り注ぐ。翔平は傘をわずかに傾け、それを受け流すが傘に穴が開き何発か灼熱の石が直撃する。しかし、八坂翔平は止まらない。傘越しに麒麟の姿を捉え、険しい斜面を駆け抜ける。
炎と石の嵐の中、黒い傘を掲げて進む翔平――その姿は、まるで嵐の中心に立つ影のようだった。
戦場の喧騒の中、轟音とともに、松風の背に強烈な圧力がかかる。鋭い痛みに顔をしかめながら、松風は低く呟いた――。
「重い、重い」
「あっ、すいません」
八坂翔平は慌てて松風から降りる。
松風は八坂翔平に
「何者だ‼」
「八坂公平が息子、八坂翔平です」
「えっ!えっ‼総大将の息子自ら前線に来たのか‼」
驚く、松風に対して八坂翔平は冷静に
「先を急ぐので、では」
大士は八坂翔平の前に立ちはだかり
「これより先は行かせませんよ」
八坂翔平は刀を抜き
「ほう、一戦交えましょうか‼」
大士は真剣な表情で
「是非」




