第三十四話
松風が地下牢に閉じ込められてから二か月が経ったある日
「信一殿、どうした辛そうな声で具合が悪いのですか?」
「忠清殿に申さねばならぬことがあります」
「何でしょうか?」
「忠清殿の息子、剣真殿が南平亮輔の命により大士麒麟によって殺されたそうです」
「い・今?なんと」
「剣真殿が殺されました」
松風は竹格子から手を出し、信一の胸倉を掴み信一を激しく前後に揺さぶりながら
「嘘だろ!なぁ、嘘だろ‼」
信一は俯きながら
「真でございます」
「うわぁ~うわぁ~」
と言葉にならない声で三時間ほど叫び散らしたのであった。
そこから松風は信一が食べ物を与えても手を付けず話すこともなく痩せこけ二週間がたった。
地下牢に仙一が来て戸を開け偉そうに
「おい、喜べお前を帰してやる」
松風は仙一を睨みつけながら
「今さら・・・帰されて何になる・・・」
「はぁ?」
松風は力なく仙一に掴みかかって
「今さら帰されて何になるんだ!」
松風はその場で倒れ込む。仙一は倒れ込んだ松風を踏みつけながら
「汚ねぇな、くせぇーし‼こんなもん早く南平に送り返せ」
富士の神社をあとにした二人は、日はすっかり傾き、夕闇の気配を帯びた坂道を降りていった。 長い山道を下れば小さな宿場町に出る――だが、財布は空っぽ。空腹が、剣真の小さな身体を震わせた。
「お腹すいた……何か、食べさせてよ……!」
馬から飛び降りた剣真は、膝をついて声を張り上げる。涙ながらに首を振り、まるで動けなくなったように見えた。
「ごめん……本当に申し訳ない。今、私たちには――」
言いかけた大士を、店先から優しそうな顔の飯屋の店主が呼び止めた。
「どうしたんだい? その子、泣いちゃって」
剣真の嗚咽を耳にした店主は、どこか気にかかったように腰の脇差に手を伸ばす。
大士は咄嗟に目を見張った。細身ながらも研ぎ澄まされたその一振り――かつて忠清殿が腰に差していた脇差に違いない。
「この脇差、いつから指してますか?」
「これを? うーん……二時間ほど前、金がなくて食えないってお客がこれを担保に置いて行ったんだ。みすぼらしくて可哀想になって、食い物だけは食わせてやったよ」
大士は駆け寄ると、店主の差す脇差をそっと撫でて言った。
「その方は……僕の友人です。そして、この子の父親です」
剣真はびくりと顔を上げ、大士をじっと見つめた。
「えっ……父さん、生きてるの?」
「駿河へ向かっている、ってさっき言ってたよ」
剣真の頬から涙はすっと干上がった。目が輝き、震えながら顔を上げる。
「父さん、帰ってきてるんだね! じゃあ、早く会いに行こう‼」
大士は優しく微笑み、剣真の背中をそっと押した。
「わかった。じゃあ駿河へ向かおう」
小さな町の夕暮れに、二つの影がゆっくりと伸びていく。 新たな旅は、掛け替えのない再会へ――ゆるやかに、その一歩を刻み始めた。
松風が戻って来るとの情報が南平館に届くと
飯岡が軽い口調で
「殿、謝罪の練習をした方がいいんじゃないか?」
南平は真剣な表情で
「謝罪で済まされる話ではないですよ」
飯岡は淡々と
「そうですね、息子を殺しちゃいましたからね。相当の恨みは買ったと思いますよ」
「あぁ・・・そうですね」
飯岡と白井は去り際に
「殿がご自身でご判断した結果の失敗なので殿、一人で責任を取るように」
「そうです、殿がお決めになった事ですからね」
南平は何も言い返さなかった。
その翌日、松風は駿河の国、南平館に着いた。
南平は慌てて松風に土下座しながら
「申し訳なかった。忠清が裏切ったと思い、お主の息子を殺してしまった」
松風は光を失った目で
「謝られてもしょうがないですよ。戻って来ないんですから。ついでに俺の首も刎ねてくれませんか?一刻も早く剣真に会いたいので」
南平は泣きながら
「出来ぬ、お主の首を刎ねることなど出来ぬ」
「じゃあ、大士殿を呼んでくだされ。奴に俺の首を刎ねてもらいましょう」
そこへドタドタと廊下から大きな足音が聞こえてきていきなり大きな音を立てて戸が開き
「父上~‼」
「け・剣真?」
「え?殺されたんじゃ」
剣真は笑顔で
「僕、殺されないよ」
松風は驚き泣きながら
「えっ?えっ?」
「父上~やっと会えた‼」
「夢じゃないよな!夢じゃないよな」
松風はぎゅっと力強く剣真を抱き締める。
「父上、苦し~い」
「あっ、すまぬ!すまぬ」
大士が入って来て大士は南平に土下座し
「殿、私は殿を騙しました。申し訳ございません」
「き、麒麟・・・お主も生きてたのか」
「はい。私は忠清殿が裏切る事は絶対にないと思い、剣真殿を連れて他国に逃げておりました」
南平は泣きながら
「よくぞ!騙してくれた‼よくぞ!騙してくれた‼ありがとう!ありがとう!」
松風は大士に近づき涙でボロボロの顔ながらも真顔になって
「殴ってくれ」
大士はキョトンとした顔で
「忠清殿、どういう事でしょうか?」
「俺はお前を信じ切れなかった。お前の事をずっと恨んでいた‼すまなかった殴ってくれ」
「それでは遠慮なく」
大士は思いっきり松風をぶん殴り、松風を吹っ飛ばす。その様子を見た南平は慌てて
「おい、麒麟!忠清は怪我人ぞ‼何してんだ‼」
大士はフフッと笑い
「忠清殿、これで借り貸しなしですよ」
松風は泣きながら
「麒麟、お前ばっかりカッコよすぎるだろ‼本当にありがとう」
大士は松風を抱き締め
「さぁ、また共に働きますよ。忠清殿」
「おう」
南平は泣きながら
「ホントに良かった。ホントに良かった皆が生きてて本当に良かった」




