第二十七話
会議が終わった後、凛は一人縁側で座っていると
「凛ちゃん、何してるの?」
「一人でぼーっとしてます」
「隣座ってもいい?」
凛は経丸に
「どうぞ、どうぞ座ってください」
「凛ちゃん、さっきの策よく思いついたね。凛ちゃんって天才だね」
凛は嬉しそうな笑顔で
「そうですか?自分でもそう思いました」
「凛ちゃんやっぱり兄妹だね」
「お調子者って事ですか?」
「いや、反応が明るく自信に満ち溢れてるなと」
「上手く言い換えますね」
二人は笑う。
凛はしみじみと
「今、経丸様が話しかけてくれてとても嬉しいです」
「えっ!意外‼凛ちゃんってクールで一人が好きなイメージあったから‼」
「クールだったら、お調子者じゃないですよ」
「そりゃ、そうだよね」
「あっ、やっぱりお調子者って思ってたんですね」
「いや、そのねぇ」
二人は笑う。
経丸が
「なんか、悩んでいませんか?」
「えっ?」
「わかりますよ」
「さすが、経丸さん鋭いですね」
経丸は優しい口調で
「ねぇ、私凛ちゃんの力になれないかな?」
凛は嬉しさのあまり声を詰まらせながら
「経丸さんはやっぱり優しいですね」
凛は一点を見つめながら
「やっぱり、皆の大切な城を燃やしていいのか?城を燃やさずに勝てる方法はないのかってずっと考えているんです」
「それに城を燃やしてまでしてもし、負けた時、皆の全てが失われるんだと思うと・・・」
「兄貴の言う通り降伏すれば命は取られず城は敵には奪われるが城自体が無くなる事はない」
「兄貴に考えが甘いって言ってたけど、あれは自分にも言ってたんです。ここで悩む事じたい考えが甘いし」
「私は凛ちゃんがあの策を言った時、さすが凛ちゃん頼りになる天羽家の最高の軍師だと思ったよ」
「私は皆が揃ってれば何度でも何度でも城は立て直せると思ってますよ」
「お城を大きく建て替える良い機会じゃないですか」
「大きく建て替える良い機会?その発想はなかったです」
経丸は両腕を大きく広げて
「そう、この際大きくしてより最強な城に作り替えましょうよ」
「経丸さん」
凛は泣き出す。
「凛ちゃん」
経丸は凛を優しく抱きしめる。
経丸は優しい口調で一言
「凛ちゃんの素晴らしい策のおかげで天羽家は安房の人々を守る事が出来るんですよ」
この経丸の一言に凛の心は報われ心から一切の罪悪感が消え、子供のように泣きじゃくった。
「お、ここにいたのか、経丸さん、凛」
士郎が笑顔を浮かべながら縁側に現れる。
「ばぁやんがご馳走作ってくれてるよ!」
「マジで⁈ 最高だね‼」
凛のテンションが跳ね上がり、経丸も満面の笑みで立ち上がった。
「ほんとですか? めちゃくちゃ楽しみです!」
三人は連れ立って、大広間へと足を運んだ。
大広間には、ばぁやん手製の品々がずらりと並んでいた。
「おっ…カツオの刺身に、タタキまで…ばぁやん、完璧じゃん」
「さぁさぁ、みんな食べてちょうだい!」
「いただきます!」
湯気と香り、そして懐かしい味が満ちていく中、経丸は心からの笑顔で礼を述べた。
「いつも、本当に美味しいですね」
ばぁやんは照れ隠しの笑顔を浮かべながら返す。
「そんなこと言ってもらえたら、また頑張っちゃうじゃないの。いっぱい食べなさい!」
笑いと食事が交差するそのとき、突然――
「おっ! いい匂いがするな」
野太い声が響き、皆が一斉に顔を向けた。
「……えっ、た、高爺…⁉」
士郎が震える声で名を呼ぶと、現れたのは、ぼろぼろの衣をまといながらも堂々と立つ男。
「腹減っちまってなあ。儂にも、分けてくれないかね」
士郎の目から、ぼたぼたと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「生きて……生きて帰って来たんだね……‼」
高爺はおどけたように笑って言った。
「言っただろ、しろちゃん。昔は片倉さんと肩並べるくらい強かったって」
士郎は涙を拭いもせず、震える声で返す。
「……あれ……冗談じゃなかったんですね……」
「ちょっと盛ったけどな」
と肩をすくめて笑う高爺に、士郎が泣き叫んだ。
「盛ってないですよ‼ 高爺は最強ですよ‼」
肩を叩かれ、照れ笑いしながらも高爺は目元をほころばせる。
「やめろよ、そんな素直に褒めるんじゃない。らしくねぇだろ、しろちゃん」
「褒めさせてくださいよ……あの激戦の殿を務めて……生きて帰ってきたんですから‼」
経丸がそっと近づき、高爺の両手を取り、深々と頭を下げた。
「本当に、無事で帰ってきてくださって……ありがとうございました」
高爺は一瞬目を丸くし、照れ笑いを浮かべながら答えた。
「いやいや、こんなべっぴんさんに労われたら、もう疲れなんて吹き飛びますわい」
「お上手ですね」
経丸の笑顔に、皆の笑いがはじけた。
高爺は士郎の隣に腰を下ろし、皆と笑い、ばぁやんの手料理に舌鼓を打った。
二千いた殿部隊の中、生きて戻ったのは高爺、ただ一人だけだった。
けれどこの夜、そこにいた誰もが、命をつないだ彼の存在に、勇気と希望を感じていた。
戦の足音は迫る。だがこの瞬間だけは、あたたかな灯火の中で、皆が心から笑い、涙し、そして――お腹いっぱいになるまで、生きる喜びを噛みしめていた。
広間に静かに集った士郎たちの手には、揺れる松明の炎。緊張に包まれる空気の中、稲荷がすっと駆け寄り、報告する。
「避難通路、確保しました!」
その言葉に、経丸は凛と目を交わす。そして――真剣な眼差しで、静かに告げた。
「……さぁ、燃やしますか」
「はい‼」
皆が声を合わせ、思いを込めるように松明を床へ置いた。次の瞬間、ふすまが開かれ、隊列は迷いなく城をあとにする。
その背に、炎が立ち上った。
燃え盛る炎が夜空を染め、かつての本丸が音を立てて崩れゆく。士郎たちは誰も言葉を発さず、その光景を胸に焼き付けていた。
――これが、退路を断ち、勝利へと向かう「覚悟の火」。
「殿‼ 館山城が……燃えております‼」
伝令に起こされた万助は布団の中で目をこすりながら眠そうに聞き返す。
「燃えた?どこが?」
「館山城です‼」
はね起きて寝間着のまま本陣の高台に出る。目の前に広がるのは、赤く燃え上がる館山の姿。
「あっ、……ガチで燃えてるじゃん……‼」
さらに伝令が駆け込み、声を張り上げる。
「天羽経丸自害のため、自ら火を放ったとのこと‼」
万助の目が一気に輝きを増した。
「えっ! 戦わずして勝った!? ……勝った‼‼ 天羽に勝ったんだぁあ‼」
喜びが爆発し、陣中に響き渡る。
「今宵は祝い酒じゃあ‼ 皆、好きなだけ飲めぃ‼」
千崎軍、まさに油断の極み。夜空に響く笑い声と杯の音が、大地を揺らしていた。
「経丸様、敵は大宴会で完全に油断しています!」
稲荷の報告に、経丸は深く頷き、穏やかな笑顔で返す。
「大切な報告、ありがとうございます」
そして凛のもとへ歩み寄り、そっとその手を包み込む。
「凛ちゃん――策、成功してるよ」
凛はドヤ顔で言った。
「はい、天羽家の天才軍師ですから」
皆がふっと笑う。緊張が、少しだけ解ける。
《出陣、午前三時》
経丸が声を潜めて問いかける。
「皆さん、合い言葉――覚えましたか?」
「はい‼」
「よし、出陣じゃー‼」
「オーー‼」
白装束に身を包み、静かに城を後にする天羽軍。目指すは、油断しきった千崎本陣。
《片倉と士郎》
闇の中、士郎が小声で声をかける。
「片倉さん……夜襲初めてで、不安なんです。何かアドバイスを…」
片倉は柔らかく、それでいて凛とした口調で答える。
「昼と違って視界は利かない。だから“聞く”ことに全神経を集中して。同士討ちを防ぐには合言葉が命綱だ」
「はい…!」
「攻撃を急がないこと。音を聞いて、確信が持ててから動いて。甲冑は着てない。身軽で動きは早い、それを活かして」
士郎は深く頷く。だが、片倉が急に声のトーンを変えて一言。
「あと……もう一つ」
「えっ?」
片倉はニヤニヤしながら囁く。
「白い服だからね……漏らしたら、バレるよ」
「やかましいわッ‼」
士郎が小声でツッコむと、片倉は笑った。
そして、士郎もつられて笑った。
その笑顔が、恐怖に縛られていた彼の心を、ほんの少しほどいてくれた。




