第二十四話
決戦の舞台は国府台。
江戸川の川霧が白く立ちこめ、視界を奪う。
その霧の向こうに、両軍三万五千の気配がうごめいていた。
天羽軍五千は川を背に陣を敷き、片倉が総大将として前に立つ。 対岸には、万助率いる連合軍三万が黒い壁のように広がっていた。
士郎はその圧倒的な軍勢を見て、ビビりながら
「片倉さん……敵の数、凄いですね……」
片倉は静かに笑う。
「士郎君、敵は烏合の衆だ。数だけ多くても、心は一つじゃない。恐れる必要はないよ」
その言葉に士郎の肩が少しだけ軽くなる。
「片倉さんにそう言われると……なんかホッとします」
その瞬間、士郎の肩をトントンと叩く者がいた。
「士郎、あんまり無茶しちゃダメよ」
士郎はめちゃくちゃ驚きながら
「えっ……ばぁやん⁉ なんで付いて来てんの‼」
「そりゃ、士郎と凛が心配だからに決まってるじゃないの‼」
「あんた、八十五だぞ‼ 無茶すぎるだろ‼」
「年齢なんて関係ないね。それより――皆に炊き出し振る舞うから手伝いな!」
「今から炊き出し作んの⁉」
「腹が減っては戦はできぬよ。それ、手伝って‼」
ばぁやんは戦場のど真ん中で堂々と鍋を振るい、兵たちの士気を一気に上げた。
◆ 千崎陣
万助は栗山・大林を呼びつけた。
「この戦の先鋒をお二人にお任せしたいよろしいか」
「はっ‼」
「天羽家を潰した暁には天羽領をお二人で分けてくだされ」
栗山と大林は二人揃って
「えっ‼」
と驚く。
栗山は興奮し、声が裏返る。
「あまりに……好待遇ではありませんか‼」
「それほど天羽家は潰しておきたいのですよ」
大林は食い気味に叫ぶ。
「必ずや天羽軍を討ち滅ぼします‼」
「頼もしい、よろしく頼みます」
「はっ‼」
二人の軍勢は鬨の声を上げ、江戸川へ突入した。
◆ 天羽軍・川岸
「片倉さん!敵が江戸川を正面突破して来ます!」
士郎の報告に、片倉は目を細める。
「……数の暴力で押してくるか。見極めよう」
凛が冷静に指示を飛ばす。
「河野さん、弓矢隊を率いて対岸へ行ってもらえますか?」
「はい‼」
「ただし――川には絶対に入らないでください」
「なんでですか?」
「相手の方が数が多い。川で退却戦になれば……壊滅します」
河野は真剣に頷いた。
「わかりました。絶対に川には入りません」
「よろしくお願いします」
河野は弓矢隊を引きつれ川岸に向かった。
士郎も刀を手に立ち上がる。
「凛、河野だけじゃ心配だ。それがしも行く!」
凛は士郎の背中を軽く叩いて
「わかった。頼りにしてるぞ、兄貴‼」
士郎は戦にビビりながら震える声で叫ぶ。
「安房の国の英雄外岡士郎に任せとけぇぇ‼」
凛は優しい口調で
「兄貴、深呼吸していきな」
士郎は深く深呼吸し
「気持ちー‼気持ちー‼」
士郎は叫びながら川岸へ駆けた。
◆ 渡河戦
栗山・大林の軍が鬨の声を上げて江戸川の浅瀬を突き進む。だが、天羽軍の河野率いる弓矢隊はその勢いをことごとく挫いた。
「今だ‼ 放てー‼」
河野の号令とともに、矢の雨が空を覆う。湿った空気を裂いて飛んだ矢は次々と敵の胸を突き、戦場の地面を血で染めた。
「いいぞ!いいぞーっ‼」
士郎は弓矢隊の活躍に大興奮し、思わず跳びはねながら声を上げる。風に乗って響くその声が、味方兵の士気をさらに高めた。
一方、千崎万助の陣。伝令が駆け込み報告する。
「栗山軍、大林軍ともに渡河に苦戦中にございます‼」
千崎は一見険しい表情で返す。
「敵の弓は多くない。今が耐えどころと伝えよ。」
しかし、伝令が去った瞬間――口元に浮かぶ不敵な笑み。
(よし…計画通り。今ここで、栗山・大林、まとめて潰れてしまえ…)
戦場は焦りに飲まれつつあった。
◆ 栗山の最期
「何やってんだ‼お前らじれったい俺が先頭に行く!ついてこい‼」
「殿、それは危険すぎます‼おやめください‼」
「何言ってんだ‼お前らがもたもたしてるから俺が先頭に行くと言ってんだ‼止めるんじゃねぇ‼」
栗山は家臣たちの制止を振り切り、川を渡ろうと先陣を切る。
それを見つめていた河野が、静かに弓を構える。
「……なんか、いい帽子かぶってる人が来てます」
「兜首が来たぞぉぉーー‼」
と士郎が叫ぶ。
河野の矢が放たれ、一直線に飛ぶ。次の瞬間、栗山の喉元に命中し、兜ごと吹き飛ばされた。
「当たったのか!あっあっあっああああ!」
士郎は腰から崩れ落ちる。
「そりゃそうですよ、狙ったんですから」
冷静に言い放つ河野。士郎は半ば放心しながら震える。
めちゃくちゃ動揺している士郎に対して河野は落ち着いたトーンで
「士郎さん気持ち悪いんですか?吐くなら人気のない場所で」
「ちっ、ちっ、ちっ、ちっ」
◆ 大林の最期
すると、河野が再び静かに矢をつがえる。
「……あっちにも“ちゃんとした帽子の人”がいます」
今度は大林。河野の矢がまたも真っ直ぐ飛び――首を撃ち抜かれ、地に伏した。
「おっおっおっ……」
士郎は激しく動揺し、その場に座り込む。
「すいません、士郎さん体調悪いみたいなんで、誰か看てあげてください」 兵士に抱えられていく士郎は
「違う違う‼ 河野、あんた二人も兜首討ち取ったんだぞ‼」
と叫ぶ。
「えぇ…まだ二人だけですよ?」
士郎は完全に興奮状態で
「流れはこっちにある…だが、こんな時こそ冷静に…冷静に‼」
ぶつぶつと独り言をつぶやく士郎に、河野がつっこむ。
「士郎さん、何一人芝居してるんですか?」
「い、いや何でもないっ!」
◆ 道本の進言
そこへ、かつての長経の家老・道本が家臣十五人を従えて現れ、深く頭を下げる。
「外岡殿、今こそ好機。川を渡り攻めに転じるべきでは――?」
士郎は毅然とした態度で、しかし丁寧に答えた。
「大変申し訳ございませんが。それは出来ませぬ。凛に河は絶対に渡るなと言われてますので」
道本らが顔を見合わせる中、士郎はしっかりと前を見据えた。
「ここからの戦は、冷静さが鍵となります」
道本も丁寧な口調で
「すみませんが失礼を承知で発言させていただきます。あなた方はまだ若く戦の経験がないから攻め時がわからないのは当然の事。私は戦の経験があなた方より大いにあります。その経験から言わせていただくと今攻め込まなければ好機を逃しますぞ」
「好機に関してはそうかも知れませんが戦で各々が勝手に動けば軍全体として統率が取れなくなり軍勢は崩壊します」
「戦場は毎回予定通りには行きません。戦場では臨機応変に判断する事も大事です。ここは攻めるべきだと」
士郎と道本の間に高じぃが割って入って
緊張が漂う川辺の陣。戦の潮流を見極めようとする士郎の前で、一人の老将・高じぃが口を開いた。
「年寄りの意見だがのう…この部隊の大将は外岡殿。まずは大将の御判断に従うのが筋じゃ」
一瞬の静寂。その言葉を打ち破るように、道本が前に出た。
「高じぃ様の仰ること、重々承知。されど――この目の前の好機を捨てるのは、あまりにも惜しい!」
道本の眼光には覚悟と熱意が宿る。
「我らは外岡殿を支える家臣。それゆえに、誤った判断には意見し正すのが務め――それこそが、長経様から受け継いだ教えです」
周囲の重臣たちが声を揃える。
「道本殿は、あの数々の合戦で勝利を導いた知将…!」
「その導きなくして天羽はなかった!」
「外岡殿、ここは道本殿にお任せを…!」
士郎が戸惑っていると、道本が一歩踏み出し、力強くその手を取る。
「外岡殿――我らが先陣を切ります!どうかこの一戦、長経様の仇討たせてください‼」
士郎は拳を握りしめ、目を伏せる。だが、数瞬後には顔を上げ、はっきりと声を放った。
「……そ、そこまで言うのでしたら、頼みます…!」
「ありがとうございますっ‼」
「しかし、危険と判断したらすぐに引き上げてください。それが命令です」
「もちろんにございます!」
そのやり取りを見届け、士郎は前線に向き直ると、肺の限りに声を張り上げた。
「――全軍!川を渡って、敵を蹴散らせぇぇぇッ‼‼」
「おうーーーーッ‼‼」
雄叫びとともに、天羽の旗が風を切り、士郎と河野の軍勢は水しぶきをあげて川を突き進んだ。




