第二十三話
朝の館山城。
食堂には湯気の立つ味噌汁の香りが漂い、まだ眠気の残る空気が流れていた。
その中で、士郎だけが腕を組み、眉間に皺を寄せて座っていた。 普段は明るい彼の険しい表情に、周囲の空気が少しだけ張り詰める。
そこへ経丸と片倉が入ってきた。
「おはようございます、士郎さん」
「士郎君、おはよう」
士郎は軽く頷くだけで返す。
片倉が冗談めかして声をかけた。
「どうした士郎君、そんな真剣な顔して」
「朝ご飯の前に、皆に話があります」
その声はいつになく硬かった。
経丸も表情を引き締める。
「わかりました」
しばらくして、ひのが丁寧に頭を下げながら入ってくる。
「おはようございます」
経丸は優しく微笑んだ。
「おはよう、ひのちゃん」
続いて稲荷が入ってきて、周囲を見渡す。
「やっぱり、あの二人まだ寝てるな」
士郎は立ち上がり、勢いよく食堂を飛び出した。
◆ 凛の部屋
士郎は戸を勢いよく開けた。
「おい、起きろ‼」
布団にくるまった凛が、寝ぼけた声で呟く。
「サボテンが大きくて可愛くて……」
「夢の話してる場合か‼ 起きろ‼」
「嫌だ、寒いもん……」
士郎が布団を剥がそうとすると、凛は必死にしがみつき叫んだ。
「鬼だ‼ 鬼だ‼ 妹を極寒の世界に突き落とす気か‼」
「何言ってんだ‼ 起きろ‼」
渋々起きた凛は目を擦りながら呟く。
「兄貴は強い……極寒大王だ……」
「褒めてないだろそれ‼」
◆ 河野の部屋
「おい、起きろ‼」
布団の中から河野の声が返る。
「士郎さん朝ですよ……もう少し静かに……」
「うるさい‼ 起きろ‼」
「うるさいのは士郎さんですよ」
士郎は河野の耳を引っ張りながら叫んだ。
「お!き!ろ!ーー‼」
「耳が壊れる‼」
「顔洗ってこい」
「嫌ですよ、寒いのに」
「汚いぞ‼」
「汚くていいです」
士郎は河野の顔を両手で掴んだ。
「わかった。それがしが洗ってやる」
「嫌だ‼ まだ死にたくない‼」
「安心しろ、顔洗って死んだ奴なんていないから‼」
「安心って言葉は士郎さんが軽々しく使っていい言葉じゃない‼」
「なにで怒られてんだそれがし‼」
士郎は思わず吹き出した。
◆ 食堂
士郎が二人を連れて戻ると、皆が揃っていた。
「皆さん、お待たせしました」
経丸が静かに尋ねる。
「話って何ですか?」
河野が先に口を開いた。
「僕を叩き起こして、この寒い朝に水責めした話です」
「そんな話しねぇよ‼」
片倉がニヤニヤしながら言う。
「その話、気になるなぁ~」
「膨らますな!片倉さん‼」
経丸が困った顔で言う。
「そんな酷いことしたんですか?」
「しました。こいつが起きないんで」
「野蛮ですよ士郎さん」
「すみません。次からは教育します」
「いや、そうじゃなくて……」
経丸が呟く。
士郎は深呼吸し、皆を見渡した。
「いいですか。今から真面目な話をします」
皆の表情が引き締まる。
「そろそろ……千崎万助を討ちましょう‼」
空気が一瞬で変わった。
経丸は静かに答える。
「士郎さんの言う通り、必ず討たなければいけない敵です。しかし……今は厳しいです」
「今は厳しい?」
「今戦えば、絶対に負けます」
士郎は驚いた。
「そんな弱気、経丸さんらしくないですよ」
経丸は珍しく弱い声で言った。
「戦は冷静じゃないと勝てません。私は今……冷静でいられないんです」
父、長経の死が胸を締め付ける。
その痛みが、まだ癒えていない。
凛が口を開いた。
「私も策をまだ思いついてない。兄貴、少し時間をくれ」
士郎は息を吐き、頷いた。
「……わかった。万全な準備を整えてから、奴らを完膚なきまで叩きのめす」
河野が手を挙げる。
「片倉さん、完膚なきってどういう意味ですか?」
「徹底的に……コテンパにやっつけるってことだよ」
「おー、カッケェ‼」
士郎は嬉しそうに胸を張る。
「そうか、カッケェか」
河野が真顔で言う。
「はい‼ 士郎さんは言葉だけはいっちょ前にカッコいいんだよなぁ」
皆が吹き出した。
士郎は河野の頬を掴む。
「てめぇ、言葉だけはいっちょ前だと‼」
「褒めてるんですよ‼」
「お前は悪気なくディスるんだよな‼」
河野は笑いながら言う。
「士郎さん、完膚なき。覚えました。日々成長ですね」
士郎は思わず抱きしめた。
「お前が天羽家の空気を良くしてくれてるな」
「やめてー‼ 僕には春ちゃんがいるんです‼」
皆が笑った。
解放された河野は士郎の耳元で 「やるなら、経丸さんにでしょ」 と呟くと士郎は少し顔を赤くしながら
「バカを言うな」
と言って河野の頭を軽く叩いた。
ばぁやんが
「士郎、話し合いは終わったのかい?」
「終わった」
「じゃあ、朝ご飯にしよう」
皆は声を揃えて
「はい」
朝からばぁやんが作った豪華な食事を皆でワイワイ楽しく食べるのであった。
天羽家の皆は万全の状態にする為、時間をかけて準備をしようとしたが千崎万助はそんな天羽家を待ってくれるわけもなく 各地の諸大名に共に天羽家と戦う号令をかけ三万を超える軍勢を集めた。
◆ 戦の決断
稲荷が駆け込んできた。
「千崎万助、諸大名と連合軍を組んで……その数三万」
「さっ、三万‼」
士郎が叫ぶ。
経丸は顔を曇らせた。
「そんな数が攻めてきたら……村の方々が危ない」
片倉が静かに言う。
「こうなれば……こちらから攻め込むか」
士郎が驚く。
「攻め込む‼こちらは兵を集められても五千が限度‼五千で三万に突っ込むとは玉砕覚悟って事ですか‼」
「玉砕などしない、徹底的にこちらの強さを見せつける戦をし、完膚なきまで叩きのめすよ」
「いやいや、多勢に無勢こちらに勝ち目はかなり薄いよ」
「いや、兄貴。籠城戦をするよりは勝つ確率はあると思うよ」
「凛、どういう事?」
「敵は連合軍なんでしょ、多分千崎万助の軍勢以外はそんなにやる気ないと思うの」 「連合軍は最初様子見をすると思う。そこで最初の戦いでこちらの強さを見せつければ諸大名達だってあまり利益のない戦で多くの犠牲を払いたくないから戦に消極的になると思う。そうすれば敵は三万ではなくもっと少ない数になると思う」
士郎は目を見開いた。
「なるほど……確かに」
経丸は手を叩いた。
「よし……全員で千崎万助を完膚なきまで叩きのめします‼」
「オー‼」
◆ 出陣前の円陣
片倉が言う。
「皆、気負うな。俺たち天羽家は最強だ」
士郎が叫ぶ。
「百折不撓‼」
「雲外蒼天‼」凛 「緊褌一番‼」片倉 「一生懸命‼」ひの 「電光石火‼」稲荷 「一致団結‼」経丸 「日々成長‼」河野
経丸が叫ぶ。
「さぁ、行きましょう‼」
「オー‼」
こうして天羽軍五千は、千崎万助討伐へと出陣した。
◆ 関宿城
「殿、天羽軍が五千で進軍中とのこと!」
万助は杯を置き、大笑いした。
「マジか‼ 奴らはバカだ‼ 大バカ者だ‼ 後世に語り継がれるバカ者だ‼」
諸大名を集め、酒宴を開く。
「奴らはやけになって死ぬつもりぞ‼」
「ははぁ!」
「この戦、楽勝だ‼ 飲め飲め‼」
千崎連合軍は飲めや歌えやの大騒ぎ。
しかしその笑い声の裏で、 確実に戦の火は燃え広がっていた。




