第二十二話
館山城。
片倉は息を切らしながら経丸の前に膝をついた。
「殿……今すぐ安房を千崎に渡してください!」
「片倉さん、どうしたんですか」
「長経様が……千崎に人質に取られました‼」
経丸の胸が一瞬で冷たくなる。
「えっ……」
片倉は矢継ぎ早に続けた。
「解放の条件が……安房一国とのことです!」
経丸は震える声を抑えながら言った。
「片倉さん……皆を集めましょう」
広間に家臣たちが集まる。
片倉が口を開こうとしたその時――
「天羽殿‼」
門番に連れられ、三人の男が駆け込んできた。
「すみません、緊急度が高く……!」
「緊急の知らせ! 長経様、本佐倉城にて……切腹されました‼」
経丸の世界が音を失った。
「……えっ」
片倉が立ち上がり、怒りで刀に手をかける。
「殿、こやつら斬り捨てましょう!」
経丸は大声で
「待ってください‼」
経丸に対し片倉は珍しく声を荒げた。
「こやつらは千崎家の者です‼」
経丸は驚きに目を見開いた。
「じゃなきゃ長経様の死を知るはずがない!」
三人は土下座し、声を震わせた。
「長経様は……我ら敵にも関わらず、我らを庇って切腹されました‼」
経丸の胸に、父の姿が浮かぶ。 あの優しい笑顔。 あの強い背中。
三人は関宿城での出来事をすべて語った。
経丸は深々と頭を下げた。
「……ご報告、ありがとうございました」
部屋に戻った経丸は、長経から贈られた刀を手に取った。
冷たいはずの刀身が、なぜか温かく感じる。
気づけば涙が頬を伝っていた。
刀を抱きしめ、体を丸め、声を押し殺して泣いた。
「父上……父上……」
その夜、経丸は子供のように泣き続けた。
だがその涙は、弱さではなく、強さへと変わるための涙だった。
数日後。
南妙寺で長経の葬儀が行われた。
昼下がりの山寺には、長経を慕う村人が大勢集まっていた。 その光景に、経丸は父の偉大さを改めて知る。
士郎は経丸を山の展望台へ連れて行った。
「経丸さん、ここからの景色を見てよ」
山の斜面一面に、アジサイが咲き誇っていた。
雨にも風にも負けず、ただ静かに、力強く。
「経丸さん、このアジサイ……どんな場所でも、美しく咲くんですね」
経丸は涙を拭い、微笑んだ。
「私も……このアジサイのように、強く生きないとですね」
士郎はアジサイに向かって叫んだ。
「外岡士郎は一生!天羽経丸様の味方でーーーーす‼」
経丸は驚いた表情で
「士郎さん!」
片倉も大声で
「片倉水道は殿を一生命懸けで守ります‼」
続いてひのが
「ひのは経丸さんに一生仕えます‼」
凛も大声で
「外岡凛は一生経丸さんをどんな敵からも守れる策を考えます‼」
チビルは元の声は小さいが自分なりの精いっぱいの声の大きさで
「僕は足と耳を使って一生経丸さんに情報を届け続けます‼」
河野は興奮しながら
「皆カッケェーッス‼」
「皆、カッケェーッスじゃないだろ!お前もなんかないの?」
「僕は経丸さんにカッコいいカブトムシを一生沢山上げます‼」
皆、思わず笑う。
士郎は少し笑いながら
「いや、何かお前だけズレてるぞ!」
河野は大きな声で
「士郎さんはカブトムシがカッコよくないって言うんですか‼」
片倉は腹を抱えて笑う。
「いや違う、そうじゃないカブトムシはカッコいいけどそういう事言いたいんじゃない」 「あっ、士郎さんもカブトムシ欲しいんですね。わかりました。士郎さんにも特別に上げましょう」
片倉は地面にひっくり返ったゴキブリのような状態で笑い転げる。
「違う!違う!カブトムシ欲しいとかそういうのじゃなくて、それがしとお前の会話がかみ合ってないからまた片倉さんゴキブリみたいになってんじゃん」
河野は士郎の肩に手を置いて
「士郎さん、まずは人の話をしっかり聞くとこから始めましょうか」 「お前がな‼」 と士郎がツッコミ皆笑う。
片倉は笑い過ぎてひきつけを起こす。
経丸は皆の顔を見渡し、胸が熱くなった。
(私は皆さんの為にもこの国を守っていかないと)
「片倉さん、武士の誓い金打やりますか」
「そうだな、士郎君」
皆は経丸を囲むように円になって座り
「片倉さん、武士の誓いって何ですか?」
片倉は河野に丁寧な口調で
「刀の刃を少し鞘から出して戻す時に「キン」と鳴らして約束を守ると言う誓いの儀式の事だよ」
河野は目を輝かせながら
「カッコイイですね‼」
士郎は真剣な声色で
「よし!やるぞ‼」
皆は自分の刀の刃を少し鞘から出して
「それがし達は生涯、天羽経丸に仕える事を誓う!金打」
「キン」という澄んだ音が、山の空気を震わせた。
この金打に経丸は心が熱くなった。
片倉が空を指さす。
「若……あの雲を」
経丸が見上げると、雲が長経の笑顔のように見えた。
(父上……私はこの仲間たちと天羽家を守ります。どうか見守ってください)
経丸は静かに拳を握った。
こうして、天羽経丸は父の遺志を継ぎ、 新たな戦いへと歩み始めた。




