第九十九話 皇帝が世界を統一しようとしたので、俺は世界を分けることにした
中立都市ベルン。
二度目の和平会談。
会議場には、王国と帝国の代表が集まっていた。
さらに今回は、周辺諸国の使節も参加している。
皇帝アウグストは、静かに席に着いた。
その表情は、以前よりも険しかった。
「……アルフォンス」
「はい」
「お前の国を調べさせてもらった」
「ありがとうございます」
「行政処理速度が向上している」
「はい」
「地方の財政も改善している」
「はい」
「さらに、軍事費を抑えながら、国境の防衛力を維持している」
俺は頷いた。
「その通りです」
皇帝は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……見事だ」
会議場が静まり返った。
帝国皇帝が、王国の統治を褒めた。
それだけでも、異例のことだった。
皇帝は続けた。
「だが、私はまだ納得していない」
俺は頷いた。
「……何でしょう?」
「世界が分かれている限り、争いはなくならない」
「……はい」
「国境があるから、税関がある」
「……」
「税関があるから、交易に負担がかかる」
「……」
「軍が分かれているから、互いに警戒しなければならない」
皇帝は静かに言った。
「ならば、やはり世界を一つにするべきだ」
俺は、しばらく考えた。
そして、答えた。
「……一つにする必要はありません」
皇帝が眉をひそめた。
「……何?」
「協力すればいいのです」
「……協力?」
俺は地図を広げた。
「国は、分かれたままで構いません」
皇帝は黙った。
「ですが、交易の規格を共通化することはできます」
「……」
「関税を引き下げることもできます」
「……」
「国境を越える街道を、共同で整備することもできます」
俺は続けた。
「軍を一つにしなくても、相互不可侵条約を結ぶことはできます」
皇帝は、しばらく俺を見つめていた。
「……つまり?」
俺は答えた。
「世界を一つの国にするのではなく、複数の国が協力できる仕組みを作るのです」
ミディアが資料を広げた。
「具体的には、五つの協定を提案します」
第一。
相互不可侵条約。
第二。
民間交易の自由化。
第三。
食料不足地域への緊急支援制度。
第四。
国境紛争の共同調停制度。
第五。
街道、橋、港湾の共同整備。
皇帝は資料を見つめた。
「……これで戦争がなくなると思うか?」
俺は首を振った。
「完全には、なくならないでしょう」
皇帝が笑った。
「正直だな」
「ですが」
俺は続けた。
「戦争を始める理由を減らすことはできます」
皇帝は黙った。
「そして、戦争を始めたときに失うものを増やすこともできます」
「……どういうことだ?」
「交易が盛んになれば、戦争で失う商売が増えます」
俺は答えた。
「共同で整備した街道があれば、破壊することをためらいます」
「……」
「食料を助け合う仕組みがあれば、隣国を征服する必要も減ります」
皇帝は、しばらく考えていた。
帝国の地方総督が立ち上がった。
「……皇帝陛下」
「何だ?」
「私は、この協定に賛成いたします」
会議場がざわついた。
総督は続けた。
「王国との交易によって、南部の住民は救われました」
「……」
「戦争が終われば、さらに経済は回復するでしょう」
別の総督も立ち上がった。
「私も賛成です」
さらに、別の地方総督。
「帝国の農業を立て直す時間が必要です」
「民間工業も、限界に近づいております」
「これ以上の徴兵は、地方経済を破壊します」
皇帝は、静かに彼らを見つめていた。
やがて、宰相が立ち上がった。
「……陛下」
「何だ」
「帝国のために、申し上げます」
皇帝は黙った。
宰相は続けた。
「帝国は、十分に強大です」
「……」
「これ以上、領土を広げなくても、豊かになることはできます」
皇帝は、しばらく目を閉じていた。
そして、静かに呟いた。
「……豊かになる、か」
その瞬間、俺の統治システムが表示された。
【世界統治システム】
《国際協調体制の構築を検知》
《参加予定国:増加》
《戦争継続による利益:低下》
《和平成立による経済効果:高》
さらに、新しい表示が現れた。
《統治方式比較》
《中央集権型:短期動員能力に優位》
《分散協調型:長期安定性に優位》
《推奨:国際協調体制への移行》
俺は画面を見つめた。
そして、皇帝を見た。
皇帝も、何かを見つめていた。
おそらく、同じような表示だろう。
長い沈黙の後。
皇帝が口を開いた。
「……アルフォンス」
「はい」
「私は、世界を統一したかった」
「……はい」
「すべての国を、一つの秩序の下に置きたかった」
俺は頷いた。
皇帝は続けた。
「だが、お前は違う」
「……そうですね」
「国を分けたまま、協力させようとする」
「はい」
皇帝は、静かに笑った。
「……面白い」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「よかろう」
会議場が静まり返った。
皇帝は続けた。
「帝国は、和平協定に参加する」
一瞬、誰も動かなかった。
そして「……陛下!」
宰相が声を上げた。
皇帝は頷いた。
「ただし、帝国の主権は維持する」
俺は答えた。
「当然です」
「帝国の法律も、帝国が決める」
「はい」
「だが、国境を越える問題については、共同で協議する」
俺は頷いた。
「それで十分です」
数日後。
ベルン和平協定が締結された。
帝国軍は、王国領から完全撤退。
両国の捕虜は交換される。
国境の不可侵が確認される。
民間交易が再開される。
そして、周辺諸国も参加する共同協議機関が設立された。
戦争は、正式に終結した。
アルフォンス城。
俺は、和平成立の報告書を見つめていた。
「……終わったな」
ミディアが頷いた。
「はい」
エリオも、静かに答えた。
「長い戦争でした」
ヴァルクは、窓の外を見つめていた。
「……ようやく、兵を家へ帰せますな」
俺は頷いた。
「そうだな」
そして、静かに笑った。
「……これで、領地の仕事に戻れる」
ミディアが、少しだけ困った顔をした。
「……レアル様」
「何だ?」
「その前に、王宮から呼び出しが来ています」
俺は固まった。
「……何?」
「国王陛下が、戦後の人事について相談したいそうです」
俺は、深いため息をついた。
「……まだ仕事があるのか」
ミディアは笑った。
「はい」
「……終わったと思ったのに」
俺は天井を見上げた。
「……本当に、いつになったら休めるんだ?」




