第九十七話 皇帝と最後の交渉をしたら、世界の支配権を賭けろと言われた
帝国と王国の国境。
中立都市ベルン。
その中央にある会議場で、和平交渉が開かれることになった。
王国側代表。
レアル・アルフォンス。
ミディア。
エリオ。
そして、護衛責任者としてヴァルク。
帝国側代表。
皇帝アウグスト・ヴァルディス。
宰相。
軍務大臣。
さらに、帝国各地の地方総督たち。
両国の代表が、一つの会議場に集まった。
「……初めて会うな、アルフォンス」
皇帝が口を開いた。
俺は頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です、皇帝陛下」
皇帝は静かに笑った。
「礼儀は知っているようだな」
「一応、貴族ですので」
「最悪の領主と呼ばれていた男が、か?」
「……よくご存じで」
「当然だ」
皇帝は俺を見つめた。
「お前のことは、以前から調べている」
俺は少し笑った。
「それは光栄です」
「領地を立て直し、税収を増やし、王国を豊かにした」
「はい」
「そして、私の軍を破った」
俺は答えた。
「私一人の力ではありません」
皇帝は、ミディアとエリオを見た。
「……なるほど」
そして、静かに言った。
「優秀な部下を持っているようだ」
交渉が始まった。
王国側の要求は、明確だった。
帝国軍の王国領からの撤退。
国境の相互不可侵。
捕虜の交換。
戦争被害地域の復興協力。
そして、民間交易の継続。
ミディアが書類を読み上げた。
「以上が、王国側の和平案です」
皇帝は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……不十分だ」
俺は顔を上げた。
「何がでしょう?」
「国境だ」
皇帝は地図を指さした。
「国境が存在する限り、戦争はなくならない」
会議場が静かになった。
皇帝は続けた。
「国が分かれているから、利害が対立する」
「……」
「利害が対立するから、軍を持つ」
「……」
「軍を持つから、戦争が起きる」
皇帝は静かに言った。
「ならば、すべての国を一つにすればよい」
俺は、しばらく皇帝を見つめていた。
そして、尋ねた。
「……その一つになった国を、誰が治めるのですか?」
皇帝は即答した。
「私だ」
「……でしょうね」
皇帝は続けた。
「私は、世界を統一する」
「……はい」
「すべての国を、一つの法律、一つの軍、一つの政府の下に置く」
「……なるほど」
「そうすれば、国同士の戦争はなくなる」
俺は頷いた。
「確かに、国同士の戦争はなくなるかもしれません」
皇帝は笑った。
「理解したか」
「ですが」
俺は続けた。
「国内の争いは、どうするのですか?」
皇帝の表情が変わった。
「……何?」
「地方ごとに、必要なものは違います」
俺は地図を指さした。
「農村には農村の問題があります」
「……」
「都市には都市の問題があります」
「……」
「山岳地帯には山岳地帯の問題がある」
俺は続けた。
「すべてを一人で決めることは、できません」
皇帝は静かに答えた。
「だからこそ、統治システムがある」
その瞬間、俺の視界に、文字が浮かんだ。
【世界統治システム】
《同系統統治システムを検知》
《対象:アウグスト・ヴァルディス》
《直接対話が可能です》
俺は、思わず息を呑んだ。
皇帝も、わずかに目を細めた。
「……見えているな」
俺は頷いた。
「……はい」
皇帝は笑った。
「やはり、お前も持っているのか」
会議は、一時中断された。
両国の代表たちは別室へ移動した。
会議場には、俺と皇帝だけが残った。
「……アルフォンス」
皇帝が口を開いた。
「お前のシステムは、何を求める?」
俺は答えた。
「領地の発展です」
「それだけか?」
「最初は、そうでした」
「……今は?」
俺は、少し考えた。
「人々が、より良く暮らせることです」
皇帝は静かに笑った。
「……小さいな」
「そうでしょうか?」
「私は、世界を求める」
皇帝は立ち上がった。
「すべての国を統一し、争いをなくす」
「……」
「世界全体を、一つの秩序の下に置く」
俺は尋ねた。
「そのために、何人死ぬのですか?」
皇帝は答えなかった。
俺は続けた。
「世界を統一するまでに、何回戦争をするのですか?」
「……必要な犠牲だ」
「その犠牲を払うのは、誰ですか?」
皇帝は黙った。
俺は静かに言った。
「少なくとも、皇帝陛下ご自身ではありませんよね」
皇帝は、しばらく俺を見つめていた。
そして、笑った。
「……面白い」
「ありがとうございます」
「では、賭けをしよう」
俺は眉をひそめた。
「……賭け?」
皇帝は頷いた。
「世界の支配権を賭ける」
「……はい?」
「お前の統治システムと、私の統治システム」
皇帝は続けた。
「どちらが優れているか、決着をつけよう」
その瞬間、統治システムが表示された。
【世界統治システム】
《統治理念の競合を検知》
《比較対象》
《中央集権型統治》
《分散協調型統治》
《評価項目》
《住民生活》
《経済安定》
《行政継続性》
《社会的信頼》
《危機対応能力》
皇帝は、静かに笑った。
「勝った者が、世界を導く」
俺は画面を見つめた。
そして、首を振った。
「……お断りします」
皇帝の表情が変わった。
「……何?」
「世界は、俺のものでも、あなたのものでもありません」
俺は答えた。
「だから、賭けることはできません」
皇帝は黙った。
俺は続けた。
「ですが、統治の成果を比較することには賛成です」
「……ほう」
「どちらの仕組みが、人々を幸せにしているか」
俺は静かに言った。
「それなら、数字で比べられます」
皇帝は、ゆっくりと笑った。
「……よかろう」
そして、手を差し出した。
「お前の国と、私の帝国」
「……はい」
「どちらが優れているか、見せてもらおう」
俺は、その手を握った。
戦争の最後の決着は、剣ではなく、統治の成果でつけることになった。




