第九十四話 敵将ガイゼルに敗因を聞いたら、若き戦術家を褒め始めた
「……ガイゼル将軍に会いたい?」
エリオが驚いた。
俺は頷いた。
「そうだ」
「何のためですか?」
「敗因を聞く」
エリオは眉をひそめた。
「……本人に?」
「本人に」
「教えてくれるでしょうか?」
「分からん」
俺は笑った。
「だが、聞くのは無料だ」
ミディアが横から口を挟んだ。
「捕虜の食費は無料ではありませんけどね」
「今、それを言うか?」
捕虜収容所。
ガイゼルは、エリオの姿を見ると目を細めた。
「……若き戦術家か」
エリオは深く頭を下げた。
「ガイゼル将軍」
「勝者が敗者に頭を下げる必要はない」
「いえ」
エリオは答えた。
「私は、あなたから多くを学びました」
ガイゼルは、しばらく黙っていた。
そして笑った。
「……私を倒した男が、それを言うか」
机の上に、白河平原の地図を広げた。
俺は尋ねた。
「ガイゼル。お前は、いつ負けたと思った?」
ガイゼルは地図を見つめた。
「……中央軍が分断されたときだ」
「やはり、そこか」
「いや」
ガイゼルは首を振った。
「正確には、もっと前だ」
エリオが顔を上げた。
「……いつですか?」
「私が、北へ主力を動かしたときだ」
会議室が静かになった。
ガイゼルは続けた。
「私は、双月丘陵の罠を見破った」
「はい」
「だから、北へ迂回した」
「はい」
「だが、お前は、その判断まで利用した」
エリオは黙った。
ガイゼルは笑った。
「……実に見事だった」
ガイゼルは、地図に三本の線を引いた。
「私の軍は、十万いた」
「はい」
「だが、十万が同時に戦えるわけではない」
「……」
「街道、橋、倉庫、指揮系統。すべてが制約になる」
ガイゼルはエリオを見た。
「お前は、そこを突いた」
エリオは静かに頷いた。
「はい」
「だが、最も見事だったのは別のことだ」
「……何でしょう?」
ガイゼルは答えた。
「お前は、自分の作戦を捨てた」
エリオの表情が変わった。
「……!」
「若い指揮官ほど、自分の作戦に執着する」
ガイゼルは続けた。
「せっかく考えた作戦だからな」
俺は思わず頷いた。
「……分かる」
ミディアが俺を見た。
「レアル様も、よくありますね」
「今は黙ってくれ」
ガイゼルは笑った。
「だが、エリオは違った」
そして、静かに言った。
「私が動いた瞬間、最初の作戦を捨てた」
エリオは答えた。
「……捨てなければ、負けていました」
「そうだ」
ガイゼルは頷いた。
「だから、お前は勝った」
俺は尋ねた。
「エリオの欠点は?」
エリオが驚いた。
「レアル様!?」
ガイゼルは少し考えた。
「……ある」
エリオは背筋を伸ばした。
「教えてください」
「お前は、勝利の形を考えるのが上手い」
「……はい」
「だが、敗北した後の処理が、まだ甘い」
エリオは黙った。
「中央軍を攻撃したとき、私の主力が予想より早く戻っていれば、お前は危険だった」
「……その通りです」
「撤退路は準備していたようだが、十分ではなかった」
エリオは深く頭を下げた。
「……勉強になります」
ガイゼルは続けた。
「そして、もう一つ」
「……はい」
「勝利した後の兵士を見ろ」
エリオが顔を上げた。
「……兵士?」
「勝った兵士にも、疲労がある。恐怖がある。負傷者がいる」
ガイゼルは静かに言った。
「勝ったという理由だけで、次の戦いに投入してはならん」
エリオは、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
その夜。
エリオは、戦死者名簿を見つめていた。
白河平原の戦い。
王国軍の戦死者。
負傷者。
行方不明者。
勝利の裏には、確かに犠牲があった。
ヴァルクが部屋を訪れた。
「……何をしている?」
「戦闘記録をまとめています」
ヴァルクは名簿を見た。
「……そうか」
エリオは尋ねた。
「将軍」
「何だ?」
「私は、良い指揮官になれるでしょうか?」
ヴァルクは、しばらく黙っていた。
そして、答えた。
「分からん」
エリオが顔を上げた。
ヴァルクは続けた。
「だが、良い指揮官になろうと考え続けることはできる」
「……はい」
「そのために、俺たち老兵がいる」
エリオは、少し笑った。
「……ありがとうございます」
ヴァルクは頷いた。
「次は、お前が若い者に教える番だ」
数日後。
ガイゼルから、俺宛てに一通の書状が届いた。
『アルフォンス卿』
『私を破ったのは、エリオの戦術だけではない』
『ミディアの補給統制、ヴァルクの防御、そして貴殿の政治的判断があってこその勝利だ』
『だが、一つだけ警告しておく』
『皇帝陛下は、軍事的敗北を国家の敗北とは考えない』
『帝国そのものを変えなければ、戦争は終わらない』
俺は書状を閉じた。
「……やはり、そこか」
ミディアが尋ねた。
「どうしますか?」
俺は答えた。
「皇帝ではなく、帝国の仕組みを調べよう」




