第九十三話 帝国の名将を捕虜にしたら、皇帝から身代金を提示された
白河平原の戦いから、三日が過ぎた。
王国軍は勝利した。
帝国軍十万のうち、ガイゼル直属の主力は武装解除され、残る部隊も後方へ撤退していた。
だが、王国軍の陣地に歓声は少なかった。
負傷者の治療。
戦死者の確認。
捕虜への食料配給。
破壊された街道の修復。
勝った後にも、やることは山ほどあった。
「……戦争って、勝っても仕事が減らないんだな」
俺が呟くと、ミディアが帳簿から顔を上げた。
「むしろ増えています」
「嫌な話だ」
「捕虜の食料だけで、一日何十トンも必要です」
「……それも嫌な話だ」
「さらに、負傷者の医薬品、野営地の衛生設備、帰還兵の輸送費……」
「分かった。もう十分だ」
ミディアは笑わなかった。
「まだ半分も説明していません」
「勘弁してくれ!」
その日の午後。
帝国から使者が到着した。
皇帝アウグスト・ヴァルディスの正式な書状を持っていた。
使者は、王宮の会議室で深く頭を下げた。
「皇帝陛下より、ガイゼル将軍の身柄について申し入れがございます」
国王が頷いた。
「申してみよ」
使者は書状を読み上げた。
「ガイゼル将軍の解放と引き換えに、金貨五十万枚を支払う」
会議室が静まり返った。
そして「……五十万?」
俺は思わず聞き返した。
「はい」
「金貨?」
「はい」
「銅貨じゃなくて?」
「金貨でございます」
俺はミディアを見た。
ミディアも俺を見た。
その目が、一瞬だけ輝いた。
「……レアル様」
「言うな」
「五十万枚あれば、王国東部の街道整備が……」
「言うなって!」
「病院も建てられます」
「分かってる!」
「学校も増やせます」
「分かってるから!」
国王が咳払いした。
「……二人とも、少し落ち着いてくれ」
俺は書状を受け取った。
金貨五十万枚。
確かに莫大な金額だ。
だが、奇妙だった。
皇帝は戦争に負けた。
少なくとも、王国への侵攻には失敗した。
それなのに、和平の申し入れがない。
あるのは、将軍の身代金だけ。
「……使者殿」
「はい」
「皇帝陛下は、停戦について何か仰っているか?」
使者の表情が固まった。
「……その件については、何も」
「そうか」
俺は頷いた。
「では、金貨五十万枚は受け取れない」
会議室がざわついた。
ミディアまで驚いた。
「レアル様!?」
俺は続けた。
「ガイゼル将軍の解放については、停戦交渉の中で協議したい」
使者が眉をひそめた。
「……皇帝陛下のご厚意を拒否なさるのですか?」
「違う」
俺は答えた。
「将軍一人の値段を決める前に、戦争を終わらせる条件を決めたいんだ」
その夜。
俺は捕虜収容所を訪れた。
ガイゼルは、簡素な机に向かっていた。
剣は取り上げられている。
だが、背筋は真っすぐだった。
「……アルフォンス卿」
「久しぶりだな」
「私を笑いに来たのか?」
「いや」
俺は椅子に座った。
「皇帝から身代金が届いた」
ガイゼルは目を閉じた。
「……そうか」
「金貨五十万枚だ」
「ずいぶん高く評価されたものだ」
「そうだな」
俺は少し笑った。
「俺なら、そんな大金を出さない」
「……失礼な男だな」
「よく言われる」
ガイゼルも小さく笑った。
だが、すぐに表情を戻した。
「……皇帝陛下は、何を要求された?」
「お前の解放だけだ」
「……停戦は?」
「ない」
ガイゼルは、長く息を吐いた。
「……やはりか」
俺は尋ねた。
「皇帝は、まだ戦うつもりなのか?」
ガイゼルは答えなかった。
しばらくして、静かに口を開いた。
「陛下は、負けることを認めない」
「……そうか」
「帝国軍が敗北したのなら、さらに強い軍を作る」
「……」
「その軍が敗北したのなら、国そのものを戦争のために作り替える」
俺は黙った。
ガイゼルは続けた。
「陛下にとって、戦争は国を統一するための手段だ」
「……統一した後は?」
「完全な秩序が生まれると、お考えだ」
俺は天井を見上げた。
「……面倒な相手だな」
ガイゼルが苦笑した。
「同感だ」
帰り道。
統治システムが表示された。
【帝国情勢】
《帝国軍主力:戦闘能力低下》
《帝国本土予備兵力:残存》
《皇帝の戦争継続意思:高》
《帝国民間経済:悪化傾向》
俺は画面を見つめた。
軍を倒しても、皇帝は止まらない。
ならば。
皇帝が戦争を続けられる仕組みそのものを変える必要がある。
「……戦争の終わらせ方か」
俺は呟いた。
「どうやら、戦い方より難しそうだな」




