第八十九話 敵将ガイゼルを騙すために、王国軍が本当に負けることにした
「……わざと負ける?」
ヴァルクは、レアルの言葉を聞いて眉をひそめた。
「はい」
レアルは頷いた。
「王国軍の一部を、後退させます」
「……敵を誘い込むためですか?」
「そうだ」
ヴァルクは、しばらく地図を見つめた。
「……危険ですな」
「分かっている」
レアルは答えた。
「だから、被害を最小限に抑える」
アルフォンス城。
軍議室。
エリオが作戦を説明した。
「まず、王国軍は白河平原の東側に防衛線を築きます」
将軍たちが頷いた。
「そして、帝国軍が攻撃してきたら、段階的に後退します」
一人の将軍が尋ねた。
「……撤退戦か?」
「はい」
「……敵は追撃してくるのか?」
エリオは首を振った。
「ガイゼルは、簡単には追撃しません」
「……ならば?」
「敵が、こちらの防衛線を突破したと判断する状況を作ります」
ヴァルクが頷いた。
「……なるほど」
数日後。
白河平原東部。
王国軍二万が、防衛線を築いていた。
その前方には、帝国軍四万。
兵力差は二倍。
帝国軍は、慎重に前進していた。
「……敵が来ます!」
伝令が叫んだ。
王国軍の指揮官は頷いた。
「……防御!」
戦闘が始まった。
帝国軍の歩兵が前進する。
王国軍は矢を放つ。
槍兵が迎え撃つ。
しかししばらくすると、王国軍は後退を始めた。
「……撤退!」
指揮官が叫んだ。
兵士たちは、予定された退路へ向かった。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、報告を聞いていた。
「……王国軍が後退しました」
「そうか」
「防衛線を突破しました!」
副官は喜んでいた。
しかしガイゼルは、表情を変えなかった。
「……損害は?」
「我が軍は約千二百。王国軍は確認中です」
「……そうか」
ガイゼルは地図を見た。
「……追撃するな」
副官が驚いた。
「……なぜですか?」
「アルフォンスが、簡単に防衛線を放棄するはずがない」
翌日。
王国軍は、第二防衛線を築いた。
しかし、帝国軍の攻撃を受けて再び後退した。
さらに翌日。
第三防衛線も、放棄された。
王国軍は、少しずつ西へ下がっていった。
アルフォンス城。
ミディアは、損害報告を確認していた。
「……予定より、損害が増えています」
レアルが顔を上げた。
「……どのくらいだ?」
「第一防衛線で約四百。第二防衛線で約三百。第三防衛線で約二百」
レアルは黙った。
合計、約九百。
戦死者だけではない。
負傷者や行方不明者も含まれている。
しかし、決して軽い数字ではなかった。
「……エリオ」
レアルが尋ねた。
「作戦を続けるべきか?」
エリオは、しばらく黙っていた。
そして、静かに答えた。
「……続けるべきです」
レアルは頷いた。
「理由は?」
「敵が、双月丘陵へ向かっています」
ミディアが地図を指さした。
「補給隊も、予定通り西へ移動しています」
レアルは、しばらく考えた。
そして、静かに言った。
「……分かった」
しかし、続けた。
「これ以上、無駄な損害を出すな」
エリオは深く頭を下げた。
「……承知しました」
帝国軍本陣。
ガイゼルは、王国軍の後退を見つめていた。
「……妙だな」
副官が尋ねた。
「……何がでしょう?」
「王国軍は、負けている」
「……はい」
「だが、崩壊していない」
ガイゼルは地図を見た。
「撤退が整然としすぎている」
副官が頷いた。
「……罠でしょうか?」
「その可能性が高い」
ガイゼルは、静かに笑った。
「……アルフォンスめ」
そして、地図の西側を指さした。
「……双月丘陵か」
副官が顔を上げた。
「……将軍?」
ガイゼルは答えた。
「奴らは、ここで戦うつもりだ」
その夜。
アルフォンス城。
エリオは、地図を見つめていた。
「……ガイゼルは、気づくでしょう」
ミディアが頷いた。
「はい」
レアルも静かに答えた。
「間違いない」
エリオは、しばらく考えた。
そして、呟いた。
「……ならば」
その目には、強い決意が宿っていた。
「気づいた後の動きまで、利用します」




