第八十八話 エリオが勝てない戦場を百か所調べたら、一つだけ勝てる場所が見つかった
アルフォンス城。
エリオの執務室。
壁には、大量の地図が貼られていた。
白河平原。
北部丘陵。
中央街道。
南部湿地。
そして、王都周辺。
エリオは、すべての地形を調べていた。
「……ここも駄目だ」
一枚の地図を外す。
「……ここも、敵の騎兵が有利だ」
別の地図を外す。
「……ここも、補給路が多すぎる」
また一枚。
気がつけば、机の上には大量の不採用案が積み上がっていた。
三日後。
レアルが、エリオの執務室を訪れた。
「……何をしている?」
エリオは顔を上げた。
「戦場を探しています」
「……戦場?」
「はい」
レアルは、壁の地図を見た。
「……ずいぶん多いな」
「百か所ほど調べました」
「……百?」
レアルは驚いた。
「そんなに?」
エリオは頷いた。
「はい」
「……で、見つかったのか?」
エリオは首を振った。
「まだです」
レアルは、しばらく黙っていた。
そして、笑った。
「……そうか」
その日の午後。
ミディアが訪れた。
「……エリオ様」
「何でしょう?」
「補給拠点の最新資料です」
「ありがとうございます」
エリオは、資料を受け取った。
そこには、白河平原周辺の輸送能力が詳しく記されていた。
「……なるほど」
エリオは、地図を見つめた。
そして、ある場所で手を止めた。
「……ここは?」
ミディアが顔を上げた。
「……どこでしょう?」
エリオは、地図の一点を指さした。
「白河平原の西側です」
そこには、小さな地名が書かれていた。
『双月丘陵』
双月丘陵。
白河平原の西側にある、二つの低い丘。
その間には、広い谷がある。
北側には白河。
南側には湿地。
中央には、東西を結ぶ街道。
エリオは、地図を見つめた。
「……ここなら」
ミディアが尋ねた。
「……何かありますか?」
エリオは答えた。
「敵の大軍を、分断できます」
「……分断?」
「はい」
エリオは地図を指さした。
「北側の丘を確保すれば、敵の北部軍団を牽制できます」
「……はい」
「南側の湿地を利用すれば、騎兵の機動を制限できます」
ミディアは頷いた。
「……なるほど」
「そして、中央の街道を押さえれば、敵の主力を分断できます」
ミディアは、しばらく地図を見つめた。
そして、静かに言った。
「……ですが、問題があります」
エリオが顔を上げた。
「……何でしょう?」
「敵が、ここを通る理由がありません」
エリオは黙った。
確かに、その通りだった。
双月丘陵は、白河平原の西側にある。
帝国軍が王都へ向かう場合、別の道も使える。
「……そうですね」
エリオは頷いた。
「敵が来なければ、意味がありません」
その夜。
エリオは、レアルに報告した。
「……勝てる可能性がある場所を見つけました」
レアルが顔を上げた。
「……どこだ?」
「双月丘陵です」
レアルは地図を見た。
「……なるほど」
エリオは続けた。
「ですが、敵がここを選ぶ理由がありません」
レアルは、しばらく地図を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……理由なら、作ればいい」
エリオが顔を上げた。
「……作る?」
レアルは頷いた。
「敵が、そこを通りたくなる理由を作る」
ミディアが帳簿を開いた。
「……可能かもしれません」
レアルが尋ねた。
「……何かあるのか?」
ミディアは地図を指さした。
「双月丘陵の東側には、大型の補給拠点があります」
「……ああ」
「そこから王都へ向かう最短経路が、双月丘陵です」
エリオが顔を上げた。
「……つまり?」
ミディアは答えた。
「帝国軍が、その補給拠点を重視すれば、双月丘陵を通る可能性が高くなります」
レアルは、静かに笑った。
「……よし」
翌朝。
三人は、再び軍議室に集まった。
レアル。
ミディア。
エリオ。
地図の中央には、双月丘陵。
レアルが口を開いた。
「……敵に、ここを選ばせる」
ミディアが頷いた。
「補給計画で誘導します」
エリオが続けた。
「そして、ここで決戦します」
レアルは、二人を見た。
「……ただし」
エリオが顔を上げた。
「……はい」
「ガイゼルは、必ず罠を見破る」
エリオは頷いた。
「分かっています」
レアルは続けた。
「そのとき、どうする?」
エリオは、しばらく考えた。
そして、静かに答えた。
「……そのときは」
地図の上に、新しい線を引いた。
「私が、別の作戦を考えます」
レアルは笑った。
「……頼んだぞ」




