第八十七話 ミディアが敵軍の食料を計算したら、戦場そのものを動かせると分かった
アルフォンス城。
深夜。
ミディアの机には、大量の帳簿が積み上げられていた。
帝国軍の補給量。
荷車の数。
倉庫の容量。
街道の幅。
橋の通過能力。
そして、兵士と馬の一日あたりの消費量。
「……おかしいですね」
ミディアは、静かに呟いた。
隣にいたレアルが顔を上げる。
「……何が?」
「帝国軍の補給計画です」
「……また補給か?」
「はい」
ミディアは帳簿を指さした。
「帝国軍十万が一日に消費する食料は、約百二十トン」
「そうだな」
「ですが、白河平原へ運び込まれる食料は、一日平均百八十トンあります」
レアルが眉をひそめた。
「……余裕があるな」
「はい」
「それなら問題ないだろう」
ミディアは首を振った。
「問題は、輸送量ではありません」
「……では?」
「倉庫の容量です」
ミディアは、白河平原周辺の倉庫一覧を広げた。
第一倉庫。
収容可能量、千二百トン。
第二倉庫。
八百トン。
第三倉庫。
六百トン。
合計、二千六百トン。
「……十分では?」
レアルが尋ねた。
ミディアは頷いた。
「十万の軍が短期間滞在するなら、十分です」
「……ならば?」
「ですが、ここにさらに五万の兵が集まったら?」
レアルは顔を上げた。
「……五万?」
ミディアは地図を指さした。
「帝国軍は、後方に予備軍を残しています」
「……ああ」
「ガイゼルが決戦を考えた場合、その予備軍を前進させる可能性があります」
レアルは頷いた。
「……なるほど」
ミディアは続けた。
「その場合、補給拠点の処理能力が不足します」
翌朝。
ミディアは、エリオを呼んだ。
「……エリオ様」
「何でしょう?」
「帝国軍の補給能力を計算しました」
エリオは頷いた。
「……ありがとうございます」
ミディアは帳簿を広げた。
「白河平原周辺では、十万の軍を維持することは可能です」
「……はい」
「ですが、軍が一か所に集中しすぎると、補給が滞ります」
エリオは地図を見た。
「……つまり?」
「帝国軍は、複数の補給拠点を使い分ける必要があります」
エリオは、しばらく考えた。
「……なるほど」
そして、顔を上げた。
「……ならば」
ミディアが尋ねた。
「何でしょう?」
エリオは地図を指さした。
「敵が集結できる場所を、限定できます」
ミディアは頷いた。
「そうです」
エリオは、白河平原の地図を広げた。
北側。
白河沿いの倉庫群。
中央。
大型街道と集積場。
南側。
丘陵地帯の補給所。
「……敵は、この三か所を使う」
ミディアが頷いた。
「はい」
「ですが、三か所の間には距離があります」
「そうです」
エリオは続けた。
「敵軍が一か所に集結するには、時間がかかる」
ミディアは笑った。
「その通りです」
エリオは、ゆっくりと頷いた。
「……ならば、集結する前に戦えばいい」
その日の午後。
レアルは、二人の報告を聞いていた。
「……敵の集結を妨害する?」
エリオが頷いた。
「はい」
「……どうやって?」
「敵が集結する場所を、こちらが選びます」
レアルは眉をひそめた。
「……敵が選ぶのでは?」
エリオは答えた。
「普通は、そうです」
そして、ミディアを見た。
ミディアが帳簿を開いた。
「ですが、補給拠点の容量と輸送量を利用すれば、敵が集結しやすい場所を作れます」
レアルは、しばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……なるほど」
ミディアは続けた。
「白河平原の北側は、倉庫が多い」
「……ああ」
「中央は、街道が広い」
「……そうだな」
「南側は、騎兵が動きやすい」
レアルは頷いた。
「……それで?」
ミディアは答えた。
「敵がどこへ集まるかによって、補給の負担が変わります」
エリオが続けた。
「だから、敵に有利な場所を選ばせます」
レアルは顔を上げた。
「……敵に有利な場所?」
「はい」
エリオは頷いた。
「ガイゼルが、自分で選んだと思う場所です」
レアルは、地図を見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……面白い」
ミディアが尋ねた。
「採用しますか?」
「まだだ」
レアルは首を振った。
「ガイゼルが罠に気づいた場合を考えよう」
エリオは頷いた。
「はい」
レアルは続けた。
「奴は必ず気づく」
「……そうですね」
「そのとき、どうする?」
エリオは、しばらく考えた。
そして、答えた。
「……罠に気づいた後の退路も、作戦に組み込みます」
レアルは笑った。
「……よし」
その夜。
ミディアは、最後の計算を終えた。
そして、静かに呟いた。
「……できました」
レアルが顔を上げた。
「……何が?」
ミディアは地図を指さした。
「敵軍の集結場所を変えれば、戦場そのものを動かせます」
レアルは、しばらく地図を見つめた。
そして、静かに笑った。
「……戦場を動かす、か」
ミディアは頷いた。
「はい」
エリオが続けた。
「ガイゼルが選んだと思う戦場を、実際にはこちらが選ぶのです」
レアルは、ゆっくりと立ち上がった。
「……面白い」
そして、静かに言った。
「それを、実現しよう」




