第八十六話 敵の補給を止められないので、逆に補給してやることにした
「……敵に食料を売る?」
ミディアは、レアルの言葉を聞いて目を丸くした。
「はい?」
「だから、帝国軍に食料を売る」
「……レアル様」
「何だ?」
「戦争中ですよ?」
「知っている」
「相手は、王国へ侵攻してきた帝国軍ですよ?」
「それも知っている」
ミディアは、しばらく黙っていた。
そして、深いため息をついた。
「……とうとうおかしくなりましたか?」
「失礼だな!」
アルフォンス城。
軍議室。
レアルは、エリオとヴァルクにも説明した。
「帝国軍の補給を止めるのは難しい」
ヴァルクが頷いた。
「前回の戦争で、ガイゼルは補給路を徹底的に整備しました」
「そうだ」
レアルは続けた。
「ならば、補給を止めることにこだわらない」
エリオが尋ねた。
「……では?」
「補給を利用する」
ミディアが帳簿を開いた。
「……具体的には?」
レアルは地図を指さした。
「帝国軍が占領した地域で、商人の営業を認める」
ヴァルクが眉をひそめた。
「……敵を助けることになりますぞ」
「分かっている」
レアルは頷いた。
「だから、売る物資を限定する」
レアルは、商人たちを集めた。
「帝国軍に商売をしてもらいたい」
商人たちは驚いた。
「……帝国軍に?」
「はい」
「……敵ですよ?」
「知っています」
商人たちは顔を見合わせた。
レアルは続けた。
「ただし、軍用の武器や馬の飼料は売らない。取引するのは、許可された食料や日用品だけだ」
一人の商人が尋ねた。
「……それでも、敵軍の補給になります」
「そうだ」
レアルは答えた。
「だが、敵軍はもともと十分な補給を受けている」
商人たちは黙った。
「重要なのは、敵がどこで物資を受け取るかだ」
数日後。
白河平原周辺。
王国側の商人たちが、限定的に商売を再開した。
帝国軍の兵士たちは驚いた。
「……食料が買えるぞ!」
「王国の商人だ!」
「本当に売ってくれるのか?」
商人たちは、慎重に取引を始めた。
「穀物、一袋銀貨二枚!」
「干し肉もあります!」
「ただし、代金は現金払いです!」
帝国軍の補給将校は、報告書をまとめていた。
「……現地調達が可能になりました」
「そうか」
「補給負担が軽減されます」
将校は頷いた。
「……ありがたいことだ」
しかしその報告を受けたガイゼルは、眉をひそめた。
帝国軍本陣。
「……王国側の商人が、物資を売っている?」
副官が頷いた。
「はい」
ガイゼルは地図を見た。
「……アルフォンスの許可か?」
「そのようです」
「……妙だな」
副官が尋ねた。
「……何か問題が?」
ガイゼルは答えた。
「アルフォンスが、敵に利益を与える理由がない」
「……ですが、交易協定の一部が残っています」
「それだけではない」
ガイゼルは静かに言った。
「奴は、何かを狙っている」
アルフォンス城。
ミディアは、取引記録を確認していた。
「……レアル様」
「何だ?」
「帝国軍の現地調達量が増えています」
「そうか」
「白河平原周辺の市場で、特に取引が増えています」
レアルは頷いた。
「……予定通りだな」
エリオが地図を見た。
「敵は、白河平原を安全な補給拠点だと考え始めています」
「そうだ」
レアルは答えた。
「ガイゼルは慎重だ。補給が整った場所なら、主力を集めやすい」
ミディアが尋ねた。
「……ですが、敵が本当に強くなります」
「分かっている」
レアルは頷いた。
「だから、時間を限定する」
ミディアは帳簿を広げた。
「帝国軍十万が一日に消費する食料は、穀物換算で約百二十トン」
エリオが頷いた。
「……はい」
「現地市場から調達できる量は、その一部にすぎません」
「……つまり?」
「帝国軍の主力補給は、依然として本国からの輸送に依存しています」
レアルは笑った。
「そういうことだ」
エリオは地図を見つめた。
「……敵が補給を受ける場所は、分かる」
「そうだ」
「さらに、補給を受ける日も予測できる」
ミディアが頷いた。
「はい」
レアルは続けた。
「ならば、敵がいつ、どこへ集まるかを予測できる」
エリオは、ゆっくりと笑った。
「……なるほど」
その夜。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、補給報告書を読んでいた。
「……現地調達量が増えている」
副官が頷いた。
「はい」
「補給拠点の整備も進んでいます」
「……そうか」
ガイゼルは地図を見つめた。
白河平原。
三本の街道。
そして、王都へ続く中央街道。
「……アルフォンス」
ガイゼルは静かに呟いた。
「お前は、何を考えている?」
その頃。
アルフォンス城。
レアルは、同じ地図を見つめていた。
「……ガイゼル」
そして、静かに笑った。
「今回は、食料を奪わない」
ミディアが尋ねた。
「……では?」
レアルは答えた。
「食料が集まる場所を、利用する」




