第九十話 帝国軍が勝ち続けているのに、ミディアだけが笑っていた
帝国軍は、連戦連勝だった。
第一防衛線を突破。
第二防衛線を突破。
第三防衛線を突破。
王国軍は、少しずつ西へ後退している。
帝国軍の兵士たちは、勝利を確信し始めていた。
「……王国軍は弱いな!」
「このまま王都まで行けるぞ!」
「あと少しだ!」
しかしガイゼルだけは、喜んでいなかった。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、地図を見つめていた。
「……王国軍の後退が、整然としすぎている」
副官が頷いた。
「確かに、崩壊している様子はありません」
「……そうだ」
ガイゼルは続けた。
「しかも、撤退方向が一定だ」
「……西ですね」
「……双月丘陵だ」
副官が顔を上げた。
「……罠ですか?」
ガイゼルは頷いた。
「おそらくな」
アルフォンス城。
ミディアは、帳簿を見つめていた。
「……予定通りですね」
レアルが尋ねた。
「何が?」
「帝国軍の補給隊です」
ミディアは地図を指さした。
「北側の輸送隊が、白河沿いへ移動しています」
「……ああ」
「中央の輸送隊は、双月丘陵の東側へ」
「……なるほど」
「南側の輸送隊は、丘陵地帯の補給所へ向かっています」
レアルは頷いた。
「……つまり?」
ミディアは静かに笑った。
「敵軍が、三つに分かれています」
エリオは、地図を見つめた。
「……ガイゼルの主力は?」
ミディアが答えた。
「中央に約五万」
「……北側は?」
「約三万」
「……南側は?」
「約二万」
エリオは頷いた。
「……予定通りです」
レアルは、静かに笑った。
「……十万の軍が、三つに分かれたか」
ミディアは続けた。
「ただし、敵はまだ相互に連絡できます」
「……そうだな」
「だから、今は攻撃しません」
エリオが頷いた。
「はい」
その日の午後。
王宮から使者がやってきた。
「……アルフォンス卿!」
レアルが顔を上げた。
「何だ?」
「王国軍が、また敗北したと聞きました!」
「……ああ」
「国王陛下が、心配されています!」
レアルは頷いた。
「……分かっている」
使者は続けた。
「このままでは、王都が危険です!」
レアルは、静かに答えた。
「まだ、予定の範囲内だ」
使者は驚いた。
「……予定?」
ミディアが笑った。
「はい」
「……なぜ、笑っているのですか?」
ミディアは帳簿を閉じた。
「敵が、こちらの望む場所へ移動しているからです」
使者は、しばらく黙っていた。
そして、呟いた。
「……理解できません」
レアルは笑った。
「俺も、最初はそうだった」
その夜。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、最新の補給報告を受けていた。
「……北側の補給隊が到着しました」
「そうか」
「中央も、予定通りです」
「……南側は?」
「明日到着予定です」
ガイゼルは地図を見た。
「……なるほど」
そして、静かに呟いた。
「……アルフォンス」
副官が尋ねた。
「……将軍?」
ガイゼルは答えた。
「奴は、我々を双月丘陵へ誘導している」
「……やはり罠ですか?」
「そうだ」
ガイゼルは、しばらく考えた。
そして、静かに笑った。
「……ならば」
副官が顔を上げた。
「……はい?」
「罠を利用してやろう」
アルフォンス城。
エリオは、地図を見つめていた。
「……ガイゼルは、気づいたはずです」
レアルが頷いた。
「……そうだな」
ミディアも静かに答えた。
「はい」
エリオは続けた。
「ならば、次に来るのは……」
その瞬間、伝令が駆け込んできた。
「……レアル様!」
「何だ?」
「帝国軍の主力が、進軍方向を変更しました!」
エリオが顔を上げた。
「……どこへ?」
伝令は答えた。
「……北側です!」
レアルの表情が変わった。
「……北?」
エリオは、地図を見つめた。
そして、静かに呟いた。
「……来たか」
ガイゼルの反撃が、始まった。




