第八十四話 老将軍が宿敵を倒したので、二十四年前の戦争がようやく終わった
黒鷲平原。
午後。
帝国軍の退路が、王国軍によって制限されていた。
南側の石橋は、すでに王国軍が確保している。
左右の丘陵にも、王国軍の部隊が展開していた。
バルド・グランツ率いる重装騎兵軍団は、次第に動きを封じられていた。
「……将軍!」
副官が叫んだ。
「南側へ撤退できません!」
バルドは、静かに頷いた。
「……そうか」
「どうしますか!」
バルドは地図を見つめた。
そして、静かに笑った。
「……ヴァルクめ」
二十四年前。
自分は、王国軍を包囲した。
今回は、その逆だった。
王国軍本陣。
エリオは、戦況を確認していた。
「……敵の退路を制限しました」
副官が報告する。
「よし」
エリオは頷いた。
「ただし、包囲を急ぐな」
「……なぜですか?」
「敵には、まだ六千の重装騎兵がいる」
エリオは続けた。
「追い詰めすぎれば、最後の突撃を仕掛けてくる」
副官は頷いた。
「……なるほど」
エリオは地図を見つめた。
「……だから、退路を一つだけ残す」
「……え?」
「敵が、撤退できると思う道を残す」
副官が驚いた。
「……逃がすのですか?」
エリオは首を振った。
「違う」
そして、静かに答えた。
「降伏できる道を残す」
帝国軍中央。
バルドは、王国軍の配置を見ていた。
「……西側が開いているな」
副官が頷いた。
「はい!」
「……なるほど」
バルドは笑った。
「逃げ道を残したか」
副官が尋ねた。
「……撤退しますか?」
バルドは、しばらく黙っていた。
そして、首を振った。
「……いや」
「……将軍?」
「まだ、ヴァルクと決着がついていない」
バルドは、残存する重装騎兵を集めた。
そして、剣を掲げた。
「……全軍!」
騎兵たちが顔を上げる。
「最後の突撃だ!」
黒い騎兵が、一斉に前進した。
その先には、ヴァルクがいた。
王国軍中央。
ヴァルクは、バルドの突撃を見つめていた。
「……来たか」
副官が叫んだ。
「……将軍! 敵が突撃してきます!」
ヴァルクは頷いた。
「分かっている」
そして、剣を掲げた。
「……全軍、防御!」
王国軍の長槍兵が、陣形を整えた。
弓兵が構える。
予備隊が待機する。
そして黒い騎兵が、王国軍中央へ突入した。
激しい衝突。
盾が砕ける。
槍が折れる。
兵士たちが倒れる。
しかし王国軍は、崩れなかった。
「……持ちこたえろ!」
ヴァルクが叫んだ。
「ここを抜かせるな!」
バルドは、馬上からヴァルクを見つけた。
「……ヴァルク!」
その声が、戦場に響いた。
ヴァルクも、バルドを見た。
「……バルド!」
二十四年ぶり。
二人の老将軍が、同じ戦場で向かい合った。
バルドが剣を振るう。
ヴァルクが受け止める。
金属音が響く。
「……老いたな、ヴァルク!」
バルドが笑った。
ヴァルクも笑った。
「お互い様だ!」
二人の剣が、何度もぶつかった。
しかしバルドの馬が、障害物に足を取られた。
体勢が崩れる。
ヴァルクは、その隙を逃さなかった。
剣を振るう。
バルドの剣が、地面へ落ちた。
「……ぐっ!」
バルドは馬から落ちた。
ヴァルクは、剣を突きつけた。
「……終わりだ、バルド」
バルドは、しばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……見事だ」
帝国軍は、次第に戦意を失った。
指揮官バルドが捕らえられた。
退路も制限されている。
やがて、帝国軍の兵士たちは武器を置き始めた。
王国軍の勝利だった。
戦闘終了後。
ヴァルクは、捕虜となったバルドと向かい合っていた。
バルドは、負傷した腕を押さえていた。
「……なぜ、とどめを刺さない」
バルドが尋ねた。
ヴァルクは、静かに答えた。
「二十四年前なら、迷わず斬っていただろうな」
「……ならば、なぜだ?」
ヴァルクは、少し笑った。
「俺には、帰りを待つ部下がいる」
バルドは黙った。
ヴァルクは続けた。
「お前を殺すために、ここへ来たわけではない」
「……何?」
「王国を守るために来た」
バルドは、しばらくヴァルクを見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……変わったな、ヴァルク」
「ああ」
ヴァルクは頷いた。
「二十四年もあれば、人は変わる」
その夜。
ヴァルクは、戦場の外れに立っていた。
そこには、二十四年前の戦死者を弔う小さな石碑があった。
ローデン・ハイツ。
そして、八百人以上の兵士たち。
ヴァルクは、静かに頭を下げた。
「……ローデン」
風が吹いた。
「ようやく、終わったぞ」
その声は、静かだった。
「俺たちは、勝った」
しかしヴァルクは、少しだけ笑った。
「……いや」
そして、続けた。
「俺だけでは、勝てなかった」
背後には、エリオが立っていた。
「……将軍」
ヴァルクは振り返った。
「……エリオ」
「はい」
「お前のおかげだ」
エリオは首を振った。
「……そんなことはありません」
ヴァルクは笑った。
「いや」
そして、静かに言った。
「次の時代は、お前たちのものだ」
アルフォンス城。
レアルは、勝利の報告を受けていた。
「……バルド軍団、撃破」
ミディアが報告する。
「敵将バルド・グランツ、捕虜」
レアルは、静かに頷いた。
「……そうか」
「王国軍の損害も、現在確認中です」
「負傷者の治療を優先してくれ」
「承知しました」
レアルは、地図を見つめた。
「……ヴァルクは?」
「無事です」
レアルは、ほっと息をついた。
「……よかった」
しかしその瞬間。
新たな伝令が駆け込んできた。
「……レアル様!」
「何だ?」
「帝国軍主力が、動きました!」
レアルの表情が変わった。
「……ガイゼルか」
伝令は頷いた。
「はい!」
そして、続けた。
「……十万の主力軍が、王都へ向けて進軍を開始しました!」
レアルは、静かに地図を見つめた。
ヴァルクは宿敵を倒した。
エリオは成長した。
ミディアは、敵の補給を読み始めている。
そしてついに、ガイゼルが動いた。
レアルは、静かに笑った。
「……いよいよだな」
ミディアが尋ねた。
「……どうしますか?」
レアルは答えた。
「決まっている」
そして、地図の中央を指さした。
「今度こそ、ガイゼルを倒す」




