第八十三話 因縁の敵が最後の突撃を仕掛けてきたので、老将軍が正面から受け止めた
黒鷲平原。
朝。
王国軍一万二千。
帝国軍一万五千。
二つの軍が、再び向かい合っていた。
空は曇っていた。
風が、草原を吹き抜ける。
ヴァルクは、馬上から敵軍を見つめていた。
遠くには、黒い鎧の騎兵が並んでいる。
バルド・グランツ。
二十四年前の宿敵。
「……来たか」
ヴァルクは、静かに呟いた。
帝国軍本陣。
バルドは、王国軍の配置を見ていた。
「……ヴァルクめ」
副官が尋ねた。
「……どうされました?」
「また、正面から受けるつもりらしい」
「……ならば、突破しますか?」
バルドは笑った。
「当然だ」
そして、剣を抜いた。
「全軍、前進!」
帝国軍の重装騎兵が動き始めた。
六千の騎兵。
黒い鎧。
長い槍。
そして、銀の鷲の旗。
地面が揺れる。
馬の蹄が、雷のような音を立てる。
「……来るぞ!」
王国軍の兵士が叫んだ。
ヴァルクは、静かに剣を掲げた。
「……防御陣形!」
王国軍中央。
長槍兵が並ぶ。
前方には、浅い溝と障害物。
その後ろに、弓兵。
さらに、予備隊が控えていた。
エリオは、後方の指揮所から戦場を見つめていた。
「……敵が接近しています」
副官が報告する。
「予定通りです」
エリオは頷いた。
「ただし、まだ動くな」
帝国軍の騎兵が、王国軍中央へ突撃した。
しかし先頭の騎兵が、障害物の前で速度を落とした。
隊列が乱れる。
「……今だ!」
ヴァルクが叫んだ。
「槍兵、前へ!」
長槍が、一斉に突き出された。
帝国軍の騎兵は、勢いを失った。
「……止まった!」
王国軍の兵士が叫んだ。
しかしバルドは、すぐに判断を変えた。
「……左右へ分かれろ!」
黒い騎兵が、左右へ展開した。
エリオは、敵の動きを確認した。
「……左右へ分かれました」
副官が報告する。
「予想通りです」
エリオは頷いた。
「左右の予備隊を前進させろ」
「……はい!」
王国軍の予備隊が、左右へ移動した。
帝国軍の騎兵は、再び防御陣地に阻まれた。
帝国軍本陣。
バルドは、戦況を見つめていた。
「……ヴァルクめ」
副官が尋ねた。
「……撤退しますか?」
バルドは、しばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……いや」
「……将軍?」
「最後に、もう一度だけ試す」
バルドは剣を掲げた。
「中央へ!」
帝国軍の重装騎兵が、再び中央へ集結した。
バルド自身が先頭に立つ。
「……全軍!」
その声が、戦場に響いた。
「突撃!」
黒い騎兵が、一斉に前進した。
ヴァルクは、その姿を見つめていた。
二十四年前。
あの男に敗れた。
親友を失った。
そして、逃げた。
しかし今回は違う。
ヴァルクは、静かに剣を掲げた。
「……全軍!」
王国軍の兵士たちが顔を上げる。
「一歩も引くな!」
帝国軍の騎兵が、王国軍中央へ突入した。
激しい衝突。
盾が砕ける。
槍が折れる。
兵士たちが倒れる。
しかし王国軍は、崩れなかった。
「……持ちこたえろ!」
ヴァルクが叫んだ。
「ここを抜かせるな!」
エリオは、後方の指揮所から戦場を見つめていた。
「……敵の中央が止まりました」
副官が報告する。
「よし」
エリオは頷いた。
「南側の別働隊へ合図を送れ」
「……はい!」
「石橋を確保する」
黒鷲平原南部。
王国軍の別働隊三千が、石橋へ向かっていた。
敵の守備兵は、約五百。
王国軍は、橋の両側から接近した。
「……橋を確保しろ!」
指揮官が叫んだ。
短い戦闘の後、石橋は王国軍の手に落ちた。
帝国軍本陣。
伝令が駆け込んできた。
「……バルド将軍!」
「何だ!」
「南側の石橋が、王国軍に占領されました!」
バルドの表情が変わった。
「……何?」
「退路が、塞がれています!」
バルドは、地図を見つめた。
そして、静かに笑った。
「……なるほど」
副官が尋ねた。
「……将軍?」
バルドは答えた。
「ヴァルクめ」
その声には、驚きと喜びが混じっていた。
「二十四年前とは、違う戦い方を覚えたか」
王国軍中央。
ヴァルクは、遠くのバルドを見つめていた。
敵の退路は、制限された。
しかし、戦いはまだ終わっていない。
ヴァルクは、静かに剣を握り直した。
「……来い、バルド」
その声は、戦場の風に消えた。
「二十四年の決着を、つけよう」




