第八十話 老将軍が若い参謀の命令に従ったら、宿敵の騎兵が止まった
黒鷲平原。
帝国軍の重装騎兵が、王国軍中央へ突撃した。
「……来るぞ!」
兵士たちが叫んだ。
黒い騎兵が迫る。
長槍が並ぶ。
地面が揺れる。
しかしヴァルクは、動かなかった。
「……まだだ」
隣にいたエリオが、静かに頷いた。
「はい」
今回の王国軍には、秘密の準備があった。
エリオが考案した対騎兵陣地。
前方には、浅い溝。
その後ろには、木製の障害物。
さらに、長槍兵が並ぶ。
ただし、すべての場所に設置したわけではない。
中央の一部だけだった。
「……敵は、ここを突破しようとするはずです」
エリオは、事前の軍議で説明していた。
ヴァルクが尋ねた。
「……なぜ分かる?」
「ここが、最も突破しやすく見えるからです」
「……なるほど」
エリオは続けた。
「ですが、実際には違います」
現在。
帝国軍の騎兵が、王国軍中央へ迫った。
バルドは、前方を見つめていた。
「……薄いな」
王国軍中央の兵力は、左右より少なく見えた。
「……突破できる!」
バルドは剣を掲げた。
「全軍、突撃!」
黒い騎兵が、一斉に速度を上げた。
しかしその瞬間。
先頭の馬が、突然足を止めた。
「……何だ!」
浅い溝。
木製の障害物。
それらが、騎兵の進路を妨げた。
後続の騎兵が、次々に速度を落とす。
隊列が乱れる。
「……罠か!」
バルドが叫んだ。
王国軍中央。
エリオが叫んだ。
「……今です!」
ヴァルクは頷いた。
「……槍兵、前へ!」
長槍兵が、一斉に前進した。
騎兵の勢いが止まったところへ、槍が突き出される。
帝国軍の騎兵は、思うように動けなかった。
「……止まった!」
王国軍の兵士が叫んだ。
ヴァルクは、静かに笑った。
「……見事だ、エリオ」
エリオは答えた。
「まだです!」
そして、続けた。
「敵は、必ず別の突破口を探します!」
帝国軍中央。
バルドは、状況を確認していた。
「……中央は無理か」
副官が叫んだ。
「……将軍! どうしますか!」
バルドは地図を見た。
「……右翼へ回る!」
しかしその瞬間。
王国軍の右翼から、別の部隊が現れた。
「……何だと!」
エリオが配置した予備隊だった。
王国軍本陣。
ヴァルクは、エリオを見た。
「……よく読んだな」
エリオは頷いた。
「バルドは、突破できない場所に固執しません」
「……ああ」
「だから、次の突破口も準備しておきました」
ヴァルクは笑った。
「……若いのに、恐ろしいな」
エリオは少し照れた。
「……まだ、ヴァルク将軍には及びません」
ヴァルクは首を振った。
「いや」
そして、静かに言った。
「もう、俺には思いつかん作戦だ」
帝国軍本陣。
バルドは、戦況を見つめていた。
中央突破は失敗。
右翼への転進も阻止された。
「……ヴァルクめ」
バルドは、静かに笑った。
「二十四年で、ずいぶん変わったな」
副官が尋ねた。
「……撤退しますか?」
バルドは首を振った。
「まだだ」
そして、剣を掲げた。
「左翼へ回る!」
王国軍本陣。
エリオは、敵の動きを確認した。
「……左翼へ動きました」
ヴァルクが頷いた。
「……予想通りか?」
エリオは、少し考えた。
「……はい」
しかしその表情は、険しかった。
「……ですが」
ヴァルクが尋ねた。
「……何だ?」
エリオは答えた。
「敵の動きが、速すぎます」
ヴァルクは顔を上げた。
「……速すぎる?」
「はい」
エリオは地図を見つめた。
「……バルドは、まだ何か隠しています」
その瞬間、遠くの丘の向こうから、新たな帝国軍の旗が現れた。
「……敵の増援!」
伝令が叫んだ。
「……兵力、約四千!」
エリオの顔色が変わった。
「……まさか」
ヴァルクは、静かに笑った。
「……バルドめ」
そして、剣を握り直した。
「まだ、終わらせてくれんか」




