第七十九話 昔の敗北を再現されたので、今度は逃げないことにした
黒鷲平原。
二十四年前、ヴァルクが敗北した場所。
そこに、再び二つの軍が向かい合っていた。
王国軍、一万二千。
帝国軍、一万五千。
帝国軍の中央には、黒い鎧の騎兵が並んでいる。
バルド・グランツ率いる重装騎兵軍団だった。
「……懐かしい場所だな」
ヴァルクは、静かに呟いた。
隣にいたエリオが尋ねる。
「……ここが、二十四年前の戦場ですか?」
「ああ」
ヴァルクは頷いた。
「俺が、最も多くの兵を失った場所だ」
エリオは地図を見た。
「……敵の配置が、記録と似ています」
「そうだな」
「……わざとでしょうか?」
ヴァルクは笑った。
「間違いない」
帝国軍本陣。
バルドは、王国軍の配置を見ていた。
「……ヴァルクめ」
副官が尋ねた。
「……どうされました?」
「昔と同じ場所に、陣を敷いている」
「……挑発でしょうか?」
バルドは笑った。
「いや」
そして、静かに言った。
「俺を待っているのだ」
戦闘が始まった。
帝国軍の歩兵が前進する。
王国軍は、盾と槍で防御した。
しかしバルドの狙いは、歩兵戦ではなかった。
「……騎兵、前へ!」
黒い重装騎兵が動き始めた。
最初は、ゆっくりと。
やがて、速度を上げる。
地面が揺れる。
馬の蹄が、雷のような音を立てる。
「……来たぞ!」
王国軍の兵士が叫んだ。
ヴァルクは、静かに剣を抜いた。
「……防御陣形!」
帝国軍の騎兵は、正面から突撃してこなかった。
左右に分かれた。
二十四年前と同じだった。
「……左翼へ!」
伝令が叫ぶ。
「敵騎兵が、左翼へ回り込みます!」
エリオが地図を見た。
「……予想通りです」
ヴァルクは頷いた。
「……ああ」
しかしその瞬間。
別の伝令が駆け込んできた。
「……右翼にも敵騎兵!」
エリオが顔を上げた。
「……何?」
ヴァルクは、静かに笑った。
「……バルドめ」
二十四年前と同じ戦術。
しかし、今回はさらに規模が大きい。
左右から、同時に重装騎兵が迫っていた。
王国軍左翼。
帝国軍の騎兵が突撃した。
盾が砕ける。
槍が折れる。
兵士たちが倒れる。
「……左翼が押されています!」
伝令が叫んだ。
エリオは地図を見つめた。
「……予備隊を!」
しかし、ヴァルクが止めた。
「待て」
「……将軍?」
「まだだ」
エリオは驚いた。
「……ですが!」
ヴァルクは静かに答えた。
「バルドは、予備隊を引き出そうとしている」
エリオは顔を上げた。
「……なるほど」
「予備隊を左翼へ動かせば、中央が薄くなる」
「……はい」
「そこを、バルド自身が突破する」
エリオは地図を見つめた。
「……二十四年前と同じだ」
ヴァルクは頷いた。
「そうだ」
帝国軍本陣。
バルドは、王国軍の動きを見ていた。
「……予備隊が動かんな」
副官が尋ねた。
「……どうしますか?」
バルドは笑った。
「……面白い」
そして、剣を抜いた。
「ならば、正面から行く」
帝国軍中央。
バルド自身が、重装騎兵を率いて前進した。
黒い鎧。
長い槍。
そして、銀の鷲の旗。
「……バルドだ!」
王国軍の兵士が叫んだ。
ヴァルクは、その姿を見つめた。
二十四年前。
あの男に敗れた。
親友を失った。
そして、逃げた。
しかし今回は違う。
ヴァルクは、静かに剣を掲げた。
「……全軍!」
兵士たちが顔を上げる。
「中央、防御!」
その声は、戦場に響き渡った。
「一歩も引くな!」
エリオは、ヴァルクの背中を見つめていた。
「……将軍」
ヴァルクは振り返らなかった。
「……エリオ」
「はい」
「俺は、二十四年前に逃げた」
「……はい」
「だが、今度は違う」
ヴァルクは静かに続けた。
「今度は、逃げずに勝つ」
その瞬間、黒い騎兵が、王国軍中央へ突撃した。




