第七十八話 敵将から一騎討ちを申し込まれたので、老将軍が笑い始めた
王国東部。
帝国軍の陣地から、一人の使者がやってきた。
白い旗を掲げた騎兵だった。
「……王国軍のヴァルク将軍に、書状を届けたい」
使者は、そう告げた。
王国軍の兵士たちは警戒した。
しかし、ヴァルクは使者を通した。
「……俺に書状か」
使者は深く頭を下げた。
「バルド・グランツ将軍からです」
ヴァルクの表情が変わった。
「……そうか」
書状を受け取る。
封を切る。
そこには、短い文章が書かれていた。
『ヴァルク』
『二十四年ぶりだな』
『お互い、ずいぶん老いた』
『最後に一度、剣を交えようではないか』
『黒鷲平原にて待つ』
ヴァルクは、しばらく黙っていた。
そして「……はは」
小さく笑った。
副官が驚いた。
「……将軍?」
ヴァルクは、さらに笑った。
「はははは!」
「……どうされました!」
ヴァルクは書状を掲げた。
「バルドめ!」
その声には、懐かしささえ混じっていた。
「二十四年経っても、まったく変わっておらん!」
アルフォンス城。
ヴァルクは、レアルに書状を見せた。
「……一騎討ち?」
レアルが眉をひそめた。
「はい」
「……断れ」
ヴァルクは驚いた。
「……即答ですな」
「当然だ」
レアルは答えた。
「戦争中に、敵将の都合に付き合う必要はない」
ヴァルクは少し笑った。
「……確かに」
しかし、その表情には迷いがあった。
レアルは、静かに尋ねた。
「……行きたいのか?」
ヴァルクは黙った。
やがて、頷いた。
「……正直に言えば」
レアルはため息をついた。
「……二十四年か」
「はい」
「長いな」
「……長いです」
レアルは、しばらく考えた。
そして、静かに言った。
「だが、今のお前には軍がある」
ヴァルクは頷いた。
「承知しています」
「個人的な決着より、兵士の命を優先してくれ」
ヴァルクは深く頭を下げた。
「……御意」
その夜。
ヴァルクは、エリオと向かい合っていた。
「……一騎討ちを申し込まれたのですか?」
エリオが驚いた。
「ああ」
「……行くつもりですか?」
ヴァルクは少し笑った。
「若い頃なら、迷わず行っただろうな」
「……今は?」
「分からん」
エリオは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……私は、行ってほしくありません」
ヴァルクが顔を上げた。
「……なぜだ?」
「あなたには、まだ教えてもらいたいことが山ほどあります」
ヴァルクは黙った。
エリオは続けた。
「それに……」
「……それに?」
「今のあなたには、守る兵士がいます」
ヴァルクは、しばらくエリオを見つめていた。
そして、静かに笑った。
「……そうか」
「はい」
「……お前に説教される日が来るとはな」
エリオは少し慌てた。
「……いえ、そんなつもりでは!」
ヴァルクは笑った。
「分かっている」
そして、書状を机に置いた。
「……一騎討ちは断る」
エリオは、ほっと息をついた。
「……ありがとうございます」
ヴァルクは続けた。
「だが、バルドとの決着はつける」
エリオは頷いた。
「はい」
「一人の剣ではなく、軍を率いる将軍としてな」
数日後。
帝国軍本陣。
バルドは、返書を読んでいた。
『一騎討ちは受けない』
『戦場で会おう』
バルドは、しばらく黙っていた。
そして「……ははは!」
豪快に笑った。
副官が驚いた。
「……将軍?」
「ヴァルクめ!」
バルドは笑った。
「二十四年で、ずいぶん賢くなったではないか!」
副官が尋ねた。
「……どうされますか?」
バルドは立ち上がった。
「決まっている」
そして、黒い鎧を身につけた。
「戦場で会う」
王国軍陣地。
ヴァルクは、古い剣を手に取った。
二十四年前から使っている剣だった。
刃には、何度も修理した跡がある。
「……ローデン」
ヴァルクは静かに呟いた。
「今度は、俺一人で戦うわけではない」
その背後には、エリオがいた。
「……準備はできています」
ヴァルクは頷いた。
「……頼むぞ」
エリオは答えた。
「はい」
そして、静かに続けた。
「今度は、私たちが勝ちます」




