第七十二話 敵軍の先鋒を撃破したら、ガイゼルから褒められた
帝国軍の進軍は、再び始まった。
しかし、前回とは違っていた。
「……敵の偵察部隊が増えています」
エリオの副官が報告した。
「街道だけでなく、周辺の丘陵まで調べています」
エリオは頷いた。
「……やはり、対策してきたか」
ガイゼルは、同じ作戦に二度かからない。
それは、すでに分かっていた。
「……ならば」
エリオは地図を広げた。
「今度は、敵の偵察部隊を利用する」
帝国軍本陣。
ガイゼルは、斥候の報告を受けていた。
「……王国軍の小部隊を確認しました」
「兵力は?」
「約五百」
「場所は?」
「中央街道の北側です」
ガイゼルは地図を見た。
「……何をしている?」
「小規模な陣地を築いています」
「……なるほど」
ガイゼルは少し考えた。
そして、命じた。
「先鋒隊三千を向かわせろ」
副官が尋ねた。
「撃破しますか?」
「いや」
ガイゼルは答えた。
「敵の目的を確認する」
王国軍陣地。
エリオは、敵の接近を確認した。
「……来たな」
副官が尋ねる。
「迎撃しますか?」
「いや」
エリオは首を振った。
「撤退する」
「……また撤退ですか?」
「そうだ」
エリオは笑った。
「敵に、追いかける理由を与える」
王国軍五百は、陣地を放棄して撤退した。
帝国軍先鋒三千は、慎重に追撃した。
しかしエリオは、逃げ続けなかった。
途中で、王国軍は二手に分かれた。
一方は北へ。
もう一方は西へ。
帝国軍の指揮官は迷った。
「……どちらを追う?」
副官が尋ねた。
「北側です!」
「……なぜ?」
「旗が多いからです!」
指揮官は頷いた。
「よし、北へ!」
北側の丘陵。
帝国軍先鋒は、王国軍を追っていた。
しかし、丘を越えた瞬間。
前方に、王国軍の別部隊が現れた。
「……敵だ!」
帝国軍の指揮官が叫んだ。
「陣形を整えろ!」
しかし、遅かった。
王国軍の弓兵が、丘の上から矢を放った。
同時に、左右から歩兵が進出する。
帝国軍は、狭い谷間で足を止められた。
「……罠だ!」
指揮官が叫んだ。
エリオは、丘の上から戦場を見ていた。
「……敵の陣形が崩れました」
副官が報告する。
「よし」
エリオは頷いた。
「中央を押さえろ」
「……はい!」
「ただし、深追いするな」
副官が顔を上げた。
「……追撃しないのですか?」
「しない」
エリオは答えた。
「敵の主力が来る前に撤退する」
戦闘は、短時間で終わった。
帝国軍先鋒三千は、数百人の損害を出して後退した。
王国軍の損害は、それより少なかった。
エリオは、初めてガイゼルの部隊を明確に撃破した。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、報告書を読んでいた。
「……先鋒隊が敗北しました」
副官が頭を下げた。
「申し訳ありません」
ガイゼルは黙っていた。
やがて、静かに口を開いた。
「……指揮官は?」
「エリオです」
ガイゼルは少し笑った。
「……また、あの若造か」
副官が尋ねた。
「処罰しますか?」
「いや」
ガイゼルは首を振った。
「今回の敗北は、私の責任だ」
「……将軍?」
「敵の成長を見誤った」
ガイゼルは地図を見た。
「以前のエリオなら、敵を深追いしていた」
「……はい」
「だが、今回は違う」
ガイゼルは続けた。
「必要な戦果だけを得て、撤退している」
そして、静かに笑った。
「……見事だ」
数日後。
王国軍の捕虜交換が行われた。
白霧峡谷で行方不明となっていた兵士の一部も、帝国軍の収容所で生存が確認された。
エリオは、その報告を聞いて胸をなで下ろした。
「……よかった」
そのとき帝国軍の使者が、一通の書状を差し出した。
「……エリオ殿へ」
エリオは驚いた。
「……私に?」
「ガイゼル将軍からです」
エリオは書状を開いた。
そこには、短い文章が書かれていた。
『今回の戦い、見事だった』
『次は、私も本気で相手をしよう』
エリオは、しばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「……ありがとうございます」
副官が尋ねた。
「……嬉しいのですか?」
エリオは首を振った。
「いや」
そして、書状を閉じた。
「……怖いよ」
「……え?」
「ガイゼルが、本気になるんだから」
しかしその目には、以前のような恐怖だけではなかった。
強い闘志が宿っていた。




