第五十九話 国王になるつもりはないのに、王国のすべてが俺の命令で動き始めた
王国の財政。
物流。
食料供給。
軍事補給。
そして、商業取引。
それらの多くが、アルフォンス領の仕組みに依存し始めていた。
レアルは、机に広げた報告書を見つめていた。
「……思った以上だな」
ミディアが尋ねた。
「何がですか?」
「王国の主要な商業都市の半数以上が、アルフォンス領の交換証書を利用している」
「はい」
「王国軍の補給管理も、こちらの方式に変わりつつある」
「……そうですね」
「さらに、地方領主たちが税制改革の支援を求めている」
ミディアは頷いた。
「……王国全体が、アルフォンス領の仕組みを使い始めています」
レアルは静かに答えた。
「それが問題だ」
「……問題?」
「俺がいなくなったら、どうなる?」
ミディアは黙った。
その日の午後。
レアルは、王国の主要な官僚たちを集めた。
「……制度を分離する」
一人の官僚が首を傾げた。
「……分離?」
「そうだ」
レアルは資料を広げた。
「現在、王国の物流管理はアルフォンス領の商業組織に依存している」
「はい」
「これを、王国の独立した機関へ移管する」
官僚たちが顔を見合わせた。
「……アルフォンス卿の権限が減るのでは?」
「そうだな」
「……よろしいのですか?」
「構わん」
レアルは答えた。
「仕組みが残れば、誰が管理してもいい」
リシアが小さく頷いた。
「……あなたは、権力を手放すつもりなのですね」
「必要なものだけ残す」
レアルは続けた。
「俺一人に依存する国は、強い国ではない」
改革は、次々と進められた。
王国物流管理局。
国家会計監査局。
軍需補給管理局。
商業取引監督局。
それぞれの機関が設立され、専門の官僚が配置された。
ミディアが報告書を確認する。
「……王国物流管理局の人員配置が完了しました」
「よし」
「国家会計監査局も、来月から正式に稼働します」
「順調だな」
「ですが……」
ミディアは少し困った顔をした。
「どの部署も、最終判断をレアル様に求めてきます」
レアルは眉をひそめた。
「……なぜだ?」
「あなたが制度を作ったからです」
「それでは意味がない」
レアルは立ち上がった。
「権限を委譲しろ」
「……委譲?」
「責任者を決め、判断基準を明文化する。俺の許可がなくても動けるようにしろ」
ミディアは頷いた。
「……分かりました」
数日後。
王都の官僚たちは、驚いていた。
「……アルフォンス卿の許可がなくても、予算を執行していいのですか?」
「規定に従えば、問題ないそうです」
「……本当に?」
「はい」
一人の官僚が呟いた。
「……変わった人だな」
別の官僚が頷いた。
「普通の貴族なら、権限を手放したがらないのに……」
その夜。
王宮の一室。
第一王子は、レアルの改革報告を読んでいた。
「……アルフォンス卿は、王国の制度を作り替えているのか」
側近が頷いた。
「はい」
「……しかも、自分の権限を減らしている」
「そのようです」
第一王子は考え込んだ。
「……なぜだ?」
側近は答えられなかった。
やがて、王子は小さく笑った。
「……なるほど」
「殿下?」
「彼は、王になるつもりがないのだな」
「……はい」
「王が誰であっても、国が動く仕組みを作ろうとしている」
第一王子は静かに言った。
「……ならば、私も変わらなければならない」
第一王子は側近に命じた。
「継承会議の招集状を全諸侯へ送り直せ。私を支持しない者にも護衛を付ける」
「反対票が増えます」
「それでも、欠席者だらけの会議で得た王冠に意味はない」
一方。
第二王子の屋敷。
「……ふざけるな!」
第二王子は報告書を机に叩きつけた。
「アルフォンスが、王国の制度を勝手に変えている!」
側近が答えた。
「……ですが、国王陛下の生前に与えられた財政再建権限の範囲内で、正式な承認を受けています」
「そんなことは関係ない!」
王子は怒鳴った。
「このままでは、王になっても自由に金を使えんではないか!」
側近は黙った。
第二王子は唇を噛んだ。
「……あの男は、王にならずに王を縛ろうとしている」
側近が一通の書状を差し出した。
「第一王子派は、全諸侯の参加と議事録公開を提案しています」
王子は書状を握り潰しかけ、手を止めた。
「公開の場で負ければ、俺に従う国境貴族まで見捨てられる」
「では、妨害を?」
「いや。会議に出る。国境の兵站と財源を誰が保証するのか、奴らに答えさせる」
王子の目には、初めて計算が戻っていた。
そしてその夜。
アルフォンス城。
リシアが、レアルの執務室を訪れた。
「……少し、お話があります」
「何だ?」
「あなたは、自分がどれほど大きな存在になったか、理解していますか?」
レアルは少し考えた。
「……領地は大きくなったな」
「そういう話ではありません」
リシアは静かに続けた。
「王国の財政は、あなたの改革によって改善しました」
「そうだな」
「帝国軍は、あなたの戦略によって撤退しました」
「そうだ」
「王都の食料供給も、あなたが守りました」
「……何が言いたい?」
リシアは、真っすぐレアルを見た。
「あなたは、もう一人の領主ではありません」
レアルは黙った。
「……では、何だ?」
リシアは静かに答えた。
「この国を動かしている人間です」
沈黙が落ちた。
レアルは窓の外を見た。
王都へ続く街道。
荷車。
商人。
そして、遠くの村々。
「……そうか」
レアルは小さく笑った。
「ならば、なおさら俺がいなくても動くようにしなければな」
そのとき統治システムが、突然光った。
【統治システム更新】
・統治度:98 → 99
・王国財政:改善
・王国物流:安定
・軍事補給:安定
・国家制度改革:進行中
【新規評価】
《統治者の影響範囲が、領地の限界を超えました》
《国家級統治条件:達成間近》
レアルは画面を見つめた。
「……国家級?」
ミディアが尋ねる。
「どうしました?」
「妙なことに成り始めた」
「……またですか?」
レアルは静かに笑った。
「どうやら、次の段階があるらしい」
しかしその意味を、まだ誰も知らなかった。




