第五十五話 戦争をやめさせたら、武器商人たちが破産しかけた
王都の鍛冶職人街。
かつては、朝から晩まで金属を叩く音が響いていた。
剣。
槍。
鎧。
盾。
戦争が続く限り、武器はいくらでも売れた。
しかし「……注文がない」
一人の鍛冶職人が呟いた。
「先月までは、夜も寝られないほど忙しかったのに……」
工房には、完成した剣が山積みになっていた。
だが、買い手がいない。
帝国との戦争が終わったからだ。
アルフォンス城。
ミディアが報告書を読み上げた。
「王都の武器商人の売上が、前月比で六割減少しています」
「……六割か」
「鍛冶工房の一部では、職人の解雇が始まっています」
「そうか」
レアルは考え込んだ。
「軍需産業は、戦争が終われば縮小する」
「はい」
「だが、職人まで失う必要はない」
ミディアが尋ねた。
「……どうするのですか?」
「仕事を変える」
「……仕事?」
レアルは地図を広げた。
「王国には、まだ足りないものが山ほどある」
三日後。
王都の鍛冶職人たちが、アルフォンス領の商業会館に集められた。
「……アルフォンス卿」
年配の鍛冶職人が口を開いた。
「我々に、何を作れと?」
「農具だ」
「……農具?」
「そうだ」
レアルは机に図面を広げた。
「鋤、鍬、鎌、荷車の金具、建築用の釘」
鍛冶職人たちは顔を見合わせた。
「……そんなもの、どこの鍛冶屋でも作れます」
「だから、作る」
「……はい?」
「王国全土で必要とされている」
レアルは続けた。
「戦争で壊れた道路、橋、倉庫。農地の復旧も必要だ」
「……それは」
「武器より、ずっと多くの鉄が必要になる」
職人たちは黙った。
レアルはさらに資料を広げた。
「帝国との交易が始まれば、鉄材の仕入れ価格も下がる」
「……本当ですか?」
「そうだ」
「ですが、農具は武器ほど高く売れません」
「単価はな」
レアルは答えた。
「だが、数が売れる」
「……数?」
「農民は毎年、農具を使う。壊れれば修理する。新しい農地が増えれば、さらに必要になる」
老職人が考え込んだ。
「……つまり、安定した需要がある」
「そういうことだ」
一か月後。
王都の鍛冶職人街には、再び金属を叩く音が響き始めた。
ただし、作っているものは変わっていた。
剣ではない。
農具。
荷車の車輪金具。
橋の補強材。
建築用の鉄材。
「……忙しいな」
一人の職人が呟いた。
「戦争中より忙しいぞ」
別の職人が笑った。
「しかも、注文が来年まで入っている」
「……武器を作っていた頃より、安心できるな」
しかしすべての武器商人が、改革を歓迎したわけではなかった。
「……ふざけるな!」
王都の大商会。
武器商人の組合長が怒鳴った。
「我々は、剣を売って利益を上げてきたのだ!」
「ですが、戦争が終わった以上……」
「ならば、次の戦争を起こせばいい!」
部下が顔を上げた。
「……組合長?」
「戦争がなければ、武器は売れん!」
組合長は机を叩いた。
「王国には、まだ敵がいるはずだ!」
その夜。
レアルのもとに、影を喰らう者から報告が届いた。
『一部の武器商人が、国境付近で武装集団に資金提供』
『帝国との通商協定を妨害する動き』
『王国貴族との接触を確認』
レアルは報告書を読み終えた。
「……なるほど」
ミディアが尋ねた。
「何が分かったのですか?」
「戦争を商売にしていた連中が、平和を嫌がっている」
「……そんな」
レアルは静かに答えた。
「珍しい話ではない」
リシアが言った。
「……放置すれば、国境で事件が起きるかもしれません」
「そうだな」
レアルは頷いた。
「だから、調べる」
数日後。
国境の交易所。
王国と帝国の商人たちが、初めて正式な取引を行っていた。
穀物。
鉄材。
布。
農具。
荷車が行き交い、商人たちは笑顔で握手を交わしていた。
しかしその様子を、遠くの丘から見つめる男たちがいた。
「……あれが交易所か」
「そうだ」
「襲撃すれば、王国と帝国の関係は悪化する」
男たちは武器を確認した。
「……準備は?」
「できています」
そのとき背後から声が響いた。
「……何の準備だ?」
男たちが振り向く。
そこには、ヴァルク率いる王国軍が立っていた。
「……なっ!」
「武器を捨てろ」
ヴァルクは静かに言った。
「お前たちの雇い主について、話を聞かせてもらう」
一週間後。
武装集団の資金提供者が明らかになった。
王都の武器商人組合。
そして、一部の貴族。
レアルは報告書を読み、静かに言った。
「……平和を壊してまで儲けたいか」
ミディアが尋ねた。
「どうしますか?」
「処罰する」
「……厳しく?」
「法に従ってな」
レアルは続けた。
「だが、武器商人全員を敵にする必要はない」
「……では?」
「仕事を変えたい者には、支援を続ける」
ミディアは頷いた。
「……分かりました」
その日の夕方。
王都から、緊急の使者が到着した。
「……アルフォンス卿!」
「何だ?」
「国王陛下が……!」
使者は息を切らしていた。
「……国王陛下が、崩御されました!」
執務室が静まり返った。
レアルは、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうか」
リシアが目を閉じた。
ミディアは言葉を失っていた。
そして統治システムが、新たな警告を表示した。
【緊急警告】
《国王崩御》
《王位継承問題:再燃》
《王国政治安定度:急落》
【新規イベント】
《王国分裂の危機》
レアルは画面を見つめた。
「……また、面倒なことになったな」
しかしその声には、いつもの余裕がなかった。
王国をまとめていた最後の存在が、消えた。
そして、次の王を巡る争いが始まろうとしていた。




