第五十四話 帝国の宰相にならないかと誘われたので、給料だけ聞いてみた
「……宰相の給料は、いくらだ?」
帝国皇帝の親書を読み終えたレアルが尋ねた瞬間。
謁見の間は、静まり返った。
帝国の使者は、口を開けたまま動かなかった。
「……は?」
「給料だ」
レアルは平然と繰り返した。
「帝国の宰相になれば、いくらもらえる?」
「そ、それは……」
使者は慌てて姿勢を正した。
「宰相には、年間金貨五万枚の俸給が支払われます」
「五万枚か」
レアルは少し考えた。
「悪くないな」
ミディアが慌てて口を挟んだ。
「レアル様!」
「何だ?」
「敵国の宰相になるつもりですか!」
「給料を聞いただけだ」
「普通は聞きません!」
リシアも額に手を当てていた。
「……あなたは、もう少し外交というものを理解してください」
「理解している」
レアルは使者を見た。
「給料は重要な条件だろう?」
使者は困惑しながら頷いた。
「……は、はい」
「では、次の質問だ」
レアルは真顔で尋ねた。
「帝国の借金はいくらある?」
使者は完全に固まった。
しばらくして謁見の間には、帝国の使者とレアルだけが残された。
正確には、リシアとミディアも同席していたが、二人とも黙っていた。
「……アルフォンス卿」
使者が慎重に口を開いた。
「皇帝陛下は、あなたの統治能力を高く評価されています」
「それはありがたい」
「帝国の宰相となれば、広大な領土と膨大な財政を動かすことができます」
「そうだろうな」
「王国の一領主で終わるには、あなたの才能は惜しい」
レアルは少し笑った。
「なるほど」
使者は身を乗り出した。
「では!」
「断る」
「……はい?」
「宰相にはならん」
使者は言葉を失った。
「……理由をお聞きしても?」
「俺には領地がある」
「ですが、帝国ならば、その何十倍もの土地を……」
「土地が広ければいいというものではない」
レアルは答えた。
「管理できなければ、ただの負債だ」
使者は黙った。
「それに、俺の領民を置いていくつもりはない」
ミディアが顔を上げた。
リシアも、少し驚いた表情を見せた。
使者は深く頭を下げた。
「……承知しました」
「ただし」
レアルは続けた。
「別の提案ならある」
「……別の?」
「商売だ」
翌日。
レアルは帝国の使者に、一枚の提案書を渡した。
『王国・帝国間通商協定案』
使者は目を見開いた。
「……通商協定?」
「そうだ」
「つい先日まで、我々は戦争をしていたのですよ?」
「知っている」
「それなのに、商売を?」
「戦争が終わったからこそ、商売をする」
レアルは地図を広げた。
「帝国には鉱山が多い」
「はい」
「王国には農地と商業都市がある」
「……そうですね」
「ならば、互いに必要なものを売ればいい」
使者は考え込んだ。
「……ですが、国境にはまだ軍隊がいます」
「だから、最初は限定的な交易から始める」
レアルは続けた。
「国境の三か所に交易所を設置する。武器と軍事機密に関わる商品は除外し、穀物、鉄材、布、農具などから取引を始める」
「……なるほど」
「通行料は双方で協議する。商人の安全も保証する」
使者の目が変わった。
「……それならば、帝国にも利益があります」
「当然だ」
レアルは答えた。
「片方だけが儲かる取引は長続きしない」
数日後。
帝国へ帰る使者を見送りながら、ミディアが尋ねた。
「……本当に、交易が始まるのでしょうか?」
「皇帝次第だな」
「ですが、戦争をしたばかりです」
「だからこそ、利益が必要だ」
レアルは答えた。
「次に戦争を始めれば、失う商売が増える。そうなれば、戦争をしたがる人間も減る」
リシアが頷いた。
「……経済的な相互依存による抑止ですね」
「そういうことだ」
「ですが、貴族たちは反対するでしょう」
「だろうな」
レアルは笑った。
「ならば、儲かるところを見せればいい」
一か月後。
帝国から正式な返答が届いた。
『通商協定案を受諾する』
『国境交易所の設置を認める』
『双方の商人に対する安全保障を協議する』
王都は騒然となった。
「……帝国と商売だと!」
「敵国と取引するなど、裏切りではないか!」
「戦争で死んだ兵士たちに申し訳が立たん!」
しかし、別の貴族が言った。
「……だが、鉄材が安く手に入るなら……」
「帝国の鉱山から直接買えるのか?」
「王国の穀物も売れるらしいぞ」
少しずつ、空気が変わり始めた。
アルフォンス城。
ミディアが帳簿を確認していた。
「……レアル様」
「何だ?」
「交易開始後の税収予測ですが……」
「増えるか?」
「はい。かなり」
レアルは頷いた。
「ならば、よし」
しかし、ミディアは表情を曇らせた。
「……ただし、問題もあります」
「何だ?」
「戦争が終わったことで、武器の注文が急減しています」
「……そうか」
「王国内の鍛冶工房や武器商人が、経営危機に陥り始めています」
レアルは少し考えた。
「なるほど」
そして、静かに笑った。
「戦争が終わっても、商売の戦争は終わらんらしいな」
【統治システム更新】
・帝国との外交関係:改善
・国境交易:開始準備
・商業取引予測:増加
・軍事的緊張:低下
【新規問題】
《軍需産業の需要急減》
《武器商人の経営危機》
レアルは帳簿を閉じた。
「……次は、武器屋を救うか」




