第五十三話 十万の敵軍を退けたら、帝国皇帝から手紙が届いた
決戦の日。
夜明け前の王国東部。
街道には、濃い霧が立ち込めていた。
帝国軍の補給隊が、ゆっくりと進んでいる。
荷車、二百台以上。
護衛兵、三千。
その後方には、予備兵五千が待機していた。
「……敵は、かなり警戒しています」
斥候が報告した。
レアルは地図を見つめた。
「当然だ」
ヴァルクが尋ねる。
「……攻撃しますか?」
「まだだ」
レアルは首を振った。
「敵が、こちらを待っている」
「……では?」
「待たせておけ」
帝国軍の補給隊。
指揮官は、周囲を警戒していた。
「……敵が来ない?」
副官が答えた。
「はい」
「おかしいな……」
補給隊は、ゆっくりと街道を進んだ。
そのとき遠くから、煙が上がった。
「……火事?」
兵士が叫んだ。
「北の倉庫が燃えています!」
指揮官は顔を上げた。
「……何?」
さらに、別の報告が届いた。
「南の橋が、王国軍に占拠されました!」
「……同時に?」
指揮官は地図を見た。
「……敵は、補給隊ではなく、周辺の拠点を狙っている!」
帝国軍本陣。
ガイゼルは報告を聞き、静かに頷いた。
「……なるほど」
副官が尋ねる。
「将軍、どうされますか?」
「補給隊は、そのまま進ませろ」
「……はい?」
「敵の目的は、我々の兵力を分散させることだ」
ガイゼルは地図を指さした。
「北と南で騒ぎを起こし、補給隊の護衛を減らそうとしている」
「……なるほど」
「ならば、動かん」
ガイゼルは笑った。
「アルフォンス。そう簡単には引っかからんぞ」
しかしレアルは、最初から補給隊を狙っていなかった。
「……北の倉庫、制圧完了」
「南の橋、確保しました」
報告が次々と届く。
ミディアが尋ねた。
「……補給隊は、そのまま進んでいます」
「構わん」
レアルは頷いた。
「敵は、補給隊を守るために兵を動かさない」
「はい」
「だから、周辺の拠点が手薄になる」
ヴァルクが顔を上げた。
「……なるほど」
「補給隊を守れば、拠点を失う」
レアルは続けた。
「拠点を守れば、補給隊が危険になる」
「……どちらを選んでも、不利になる」
「そうだ」
その日の午後。
帝国軍は、三つの補給拠点を失った。
北の倉庫。
南の橋。
そして、東部の製粉所。
補給隊そのものは無事だった。
しかし、到着先の施設が使えなくなっていた。
「……荷車はあるのに、物資を下ろせない?」
帝国軍の指揮官が驚いた。
「はい!」
「では、どうする!」
「……後方へ戻すしかありません」
指揮官は唇を噛んだ。
帝国軍本陣。
ガイゼルは、報告を聞いていた。
「……補給拠点が三つ、失われました」
「そうか」
「補給隊は無事ですが、前線への物資供給が滞っています」
ガイゼルは地図を見つめた。
「……やられたな」
副官が驚いた。
「将軍?」
「アルフォンスの狙いは、補給隊ではなかった」
「……では?」
「補給隊が使う施設だ」
ガイゼルは静かに笑った。
「……なるほど」
しかし、すぐに表情を引き締めた。
「予備倉庫へ物資を移せ。前線部隊は一時後退させる」
「……撤退ですか?」
「補給が整うまでだ」
だが、レアルの攻撃は終わらなかった。
王国軍は、帝国軍が後退する街道を監視していた。
「……敵軍が動き始めました」
エリオが報告した。
「予定通りだな」
レアルは頷いた。
「追撃は?」
「しない」
「……はい?」
「敵の主力は健在だ。無理に追えば、黒岩谷の二の舞になる」
エリオは黙った。
レアルは続けた。
「今回は、敵を倒すことが目的ではない」
「……では?」
「帰らせることだ」
三日後。
帝国軍は、東部の占領地域から撤退を開始した。
補給拠点を失い、前線への物資供給が不安定になったためだった。
ただし、帝国軍は秩序を保っていた。
後衛部隊が街道を守り、補給隊を先に下がらせる。
ガイゼルは、最後まで慎重だった。
「……追撃してきませんね」
副官が言った。
「そうだな」
「王国軍は、勝利したのでは?」
ガイゼルは頷いた。
「……勝ったのは、アルフォンスだ」
副官が驚いた。
「将軍が、敗北を認めるのですか?」
「戦争は、敵を全滅させなければ負けではないというものではない」
ガイゼルは答えた。
「我々は、目的を達成できなかった」
「……はい」
「それなら、今回は負けだ」
一週間後。
アルフォンス領東部。
避難していた住民たちが、少しずつ故郷へ戻り始めた。
「……帰ってきた」
老人が、町の入口で呟いた。
「本当に……帰ってこられた」
家屋には傷が残っていた。
道路も一部が壊れていた。
畑も荒れていた。
しかし、町は残っていた。
レアルは、その光景を見つめていた。
ミディアが尋ねる。
「……勝ちましたね」
「そうだな」
「帝国軍十万を、撤退させたんですよ」
「十万人を倒したわけではない」
レアルは答えた。
「敵の主力は健在だ」
「……はい」
「こちらも損害を受けた。東部の復旧には時間がかかる」
ミディアは頷いた。
「ですが、領民は戻ってこられました」
レアルは、少しだけ笑った。
「……それで十分だ」
その日の夕方。
王都から、正式な報告が届いた。
『帝国軍、国境外への撤退を確認』
『王国東部防衛戦、終結』
王都では、歓声が上がった。
「……帝国軍が撤退した!」
「十万の軍隊を追い返したぞ!」
「アルフォンス卿が勝った!」
しかし王宮の貴族たちは、複雑な表情をしていた。
「……あの男が、また功績を立てた」
「財政だけでなく、軍事まで……」
「このままでは、国王以上の影響力を持つぞ」
その夜。
アルフォンス城。
レアルの前に、統治システムが表示された。
【王国東部防衛戦:終結】
・帝国軍:撤退
・王国軍:防衛成功
・東部住民:帰還開始
・領地復旧:開始
【統治システム更新】
・統治度:97 → 98
・軍事評価:大幅上昇
・王国への影響力:上昇
・領民信頼度:上昇
【新規称号】
《王国の盾》
レアルは画面を見つめた。
「……王国の盾、か」
ミディアが笑った。
「素敵な称号ですね」
「俺は、領地を守っただけだ」
そのとき一人の兵士が入ってきた。
「……レアル様!」
「何だ?」
「帝国から、使者が参りました!」
執務室が静まり返った。
「……帝国?」
「はい!」
兵士は続けた。
「帝国皇帝陛下からの親書を預かっているとのことです!」
レアルは眉を上げた。
「……皇帝から?」
翌朝。
帝国の使者が、正式に謁見した。
豪華な衣装をまとった男だった。
「……レアル・アルフォンス卿」
使者は深く頭を下げた。
「我が皇帝陛下より、親書をお預かりしております」
レアルは書状を受け取った。
封蝋には、帝国皇帝の紋章。
中には、短い文章が記されていた。
『レアル・アルフォンス卿』
『貴殿の知略と統治能力に、深い敬意を表する』
『帝国軍十万を退けた手腕、見事であった』
『そこで、一つ提案がある』
レアルは続きを読む。
そして、動きを止めた。
『我が帝国の宰相となる気はないか』
沈黙が落ちた。
ミディアが尋ねた。
「……何が書かれているのですか?」
レアルは書状を閉じた。
「……就職の誘いだ」
「……はい?」
「帝国の宰相にならないか、だと」
ミディアは固まった。
「……敵国の皇帝から?」
「ああ」
リシアが顔を覆った。
「……本当に、あなたという人は……」
レアルは少し笑った。
「面白い皇帝だな」
そして、使者を見た。
「……一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
レアルは真顔で尋ねた。
「宰相の給料は、いくらだ?」
使者は、言葉を失った。




