第四十九話 負けたので、領民に頭を下げることにした
翌朝。
王国軍の本陣には、重苦しい空気が漂っていた。
兵士たちは、黙って食事を取っていた。
黒岩谷での敗北。
二千人のうち、約八百人が戻らなかった。
その知らせは、すでに軍全体へ広まっていた。
「……あいつ、帰ってこなかったな」
一人の兵士が呟いた。
「……ああ」
「昨日まで、一緒に飯を食っていたのに」
誰も答えなかった。
その日の午前。
レアルは、全軍の前に立った。
ヴァルク。
エリオ。
ミディア。
そして、リシア。
主要な家臣たちも並んでいた。
兵士たちは、静かに領主を見つめた。
レアルは口を開いた。
「……昨日の戦いで、多くの兵を失った」
沈黙が落ちた。
「敵の罠を見抜けなかった」
レアルは続けた。
「攻撃を命じたのは、俺だ」
兵士たちが顔を上げた。
「……だから、責任は俺にある」
ざわめきが広がった。
「……領主様が?」
「責任を認めた……?」
レアルは、深く頭を下げた。
「……すまなかった」
誰も動かなかった。
かつての悪徳領主。
領民から恐れられ、逆らう者を容赦なく切り捨てた男。
その領主が、兵士たちに頭を下げていた。
しばらくして一人の兵士が声を上げた。
「……領主様!」
レアルは顔を上げた。
若い兵士だった。
「俺の兄は、黒岩谷で死にました」
沈黙が落ちた。
「……そうか」
「兄は、領主様を信じて戦いました」
レアルは黙った。
兵士は続けた。
「……だから、勝ってください」
声が震えていた。
「兄が死んだ意味を、なくさないでください」
レアルは、その兵士を見つめた。
そして、静かに答えた。
「……約束する」
その日の午後。
レアルは、戦死者と行方不明者の名簿を確認していた。
「……八百人」
ミディアが呟いた。
「家族への補償を準備します」
「頼む」
「戦死者の遺族には、一定期間の生活費を支給します。負傷者には治療費を……」
「それだけでは足りん」
ミディアが顔を上げた。
「……では?」
「残された家族が、生活できる仕組みを作る」
レアルは答えた。
「働ける者には仕事を用意する。子供には教育を受けさせる。高齢者には生活支援を行う」
リシアが静かに言った。
「……戦死者の家族を、領地全体で支えるのですね」
「そうだ」
「費用は?」
「軍事予算から出す」
ミディアが驚いた。
「……軍事予算ですか?」
「兵士を雇うなら、その家族のことまで考えるべきだ」
レアルは帳簿を閉じた。
「死んだら終わりでは、誰も安心して戦えん」
数日後。
アルフォンス領では、戦死者の家族に対する支援制度が発表された。
遺族への生活費。
負傷兵の治療。
子供の教育支援。
仕事の斡旋。
その知らせは、領民たちを驚かせた。
「……領主様が、そこまで?」
「昔なら、兵士が死んでも何もなかったのに……」
「本当に変わったんだな」
しかしすべての領民が、すぐに納得したわけではなかった。
「……金を配れば、死んだ人間が戻るのか?」
一人の老人が呟いた。
「うちの息子は、もう帰ってこない」
その言葉を聞いたレアルは、何も言えなかった。
その後、レアルはノルドの家を訪ねた。
扉を開けた少女は、兄の遺品である木彫りの小鳥を受け取ると、しばらく声を出さなかった。
「兄は、帰ってくると言いました」
「……すまない」
「お金も学校も、ありがたいです。でも、兄は帰ってきません」
レアルは膝を折り、少女と同じ高さに目を合わせた。
「その通りだ。俺が判断を誤った」
少女は小鳥を胸に抱いた。
「次に出かける兵士は、ちゃんと帰してください」
レアルは答えるまでに時間がかかった。
「必ず帰せるとは言えない。だが、無駄な命令で失わせないために、作戦の決め方から変える」
少女は小さく頷いた。
その約束は、勝利の誓いより重かった。
その夜。
レアルは一人、執務室にいた。
机の上には、戦死者の名簿が置かれていた。
統治システムが表示される。
【統治システム更新】
・軍士気:回復傾向
・領民信頼度:上昇
・戦死者遺族支援制度:開始
・軍事予算:増加
【新規評価】
《統治者の責任認識》
《統治方針に変化を確認》
レアルは画面を見つめた。
「……責任、か」
これまで、数字は便利だった。
税収。
人口。
軍事力。
統治度。
数字を上げれば、領地は豊かになった。
だが死んだ兵士は、数字を戻しても帰ってこない。
レアルは名簿を閉じた。
「……次は、負けん」
そのときヴァルクが入ってきた。
「レアル様」
「何だ?」
「帝国軍が、さらに前進しています」
「……そうか」
「敵将ガイゼルは、こちらの補給路を狙っているようです」
レアルは立ち上がった。
「ならば、次の戦場を変える」
「……どこへ?」
レアルは地図を広げた。
「商人を集めろ」
ヴァルクが驚いた。
「……商人ですか?」
「ああ」
レアルは静かに笑った。
「軍隊だけで勝てないなら、王国の経済を全部使う」




