第四十五話 王位争いに巻き込まれたので、どちらの王子にも味方しないことにした
王都の穀物価格が、三日間で二倍になった。
「……二倍ですか」
ミディアが市場の報告書を見つめた。
「しかも、まだ上がっています」
レアルは帳簿を閉じた。
「原因は?」
「王位継承争いによる混乱です。商人たちが輸送を控え、王都の貴族が食料を買い集めています」
「備蓄は?」
「王都全体で、およそ二週間分。ただし、倉庫ごとに偏りがあります」
「ならば、まだ間に合う」
レアルは立ち上がった。
「商人を集めろ」
その日の午後。
王都の商人たちが、アルフォンス領の王都事務所に集められた。
「……アルフォンス卿」
老商人が口を開いた。
「王都へ食料を運べとおっしゃるのですか?」
「そうだ」
「ですが、今は危険です。街道では兵士が通行を制限し、貴族たちは勝手に食料を徴発しています」
「知っている」
「ならば、商隊を動かすことなど……」
「護衛を付ける」
レアルは地図を広げた。
「王都へ入る主要街道に、王国軍の護衛を配置する」
「……王国軍が動くのですか?」
「王都守備隊の中立部隊に協力を要請する。護衛対象は商隊であって、王子の軍ではない」
商人たちが顔を見合わせた。
「さらに、輸送中の損害を補償する基金を作る」
「補償?」
「盗賊や違法な徴発で商品を失った場合、審査の上で損失の一部を補填する」
老商人の目が鋭くなった。
「……資金は?」
「アルフォンス領の準備金と、協力商人の共同出資だ」
「それなら……」
「ただし条件がある」
レアルは続けた。
「買い占めによる不当な価格操作は認めない。輸送費と適正な利益は保証するが、飢えた民から金を巻き上げる商売には協力しない」
沈黙が落ちた。
やがて老商人が笑った。
「……商人に儲けるなと?」
「違う」
レアルは答えた。
「長く儲けろと言っている」
「……長く?」
「今日、穀物を十倍の値段で売れば、明日には暴動が起きる。市場が焼かれれば、お前たちの商売も終わりだ」
商人たちは黙った。
「だから、王都を飢えさせるな」
五日後。
王都へ大量の穀物が運び込まれた。
荷車が列を作り、倉庫へ向かう。
「……食料だ!」
「穀物が来たぞ!」
市場に歓声が広がった。
価格は、少しずつ下がり始めた。
しかし王宮では、別の騒ぎが起きていた。
「……アルフォンス卿!」
第二王子が怒鳴った。
「なぜ、私の許可なく王都へ食料を運んだ!」
レアルは静かに答えた。
「王都の民が必要としていたからです」
「王都の統治権は、王家にある!」
「存じております」
「ならば、私に協力すべきだ!」
レアルは首を振った。
「殿下が王国法に従って王位を継承されるなら、私はその決定に従います」
「……何?」
「ですが、今の段階で私がどちらかの王子を支持すれば、王都は分裂します」
第二王子の顔が赤くなった。
「貴様は誰の味方なのだ!」
レアルは、真っすぐ王子を見た。
「領地に暮らす人間の味方です」
「……領地?」
「はい」
レアルは続けた。
「王都の民も、王国の民です。王位を争うために飢えさせる理由はありません」
第二王子は言葉を失った。
その夜。
第一王子からも使者が訪れた。
「……アルフォンス卿」
「何だ?」
「殿下は、あなたの行動を高く評価されています」
「それは結構」
「つきましては、正式に第一王子派へ加わっていただきたいと」
「断る」
使者は固まった。
「……なぜですか?」
「王位継承は法に従って決めるべきだ」
「ですが、第二王子派が……」
「ならば、法を守らせればいい」
レアルは答えた。
「俺は、王を選ぶために領地を立て直したわけではない」
翌朝。
リシアが報告書を持ってきた。
「……王都の穀物価格が下がり始めました」
「そうか」
「商人たちも、輸送を再開しています」
「順調だな」
「ですが、王子たちは両方とも、あなたを警戒しています」
「だろうな」
リシアは少し考えた。
「……あなたは、本当に王位に興味がないのですか?」
レアルは笑った。
「王様になって何をする?」
「……国を統治するのでは?」
「俺は、すでに領地を統治している」
「ですが、王国全体を動かすには……」
「王冠が必要とは限らん」
リシアは黙った。
レアルは窓の外を見た。
王都の街道には、今日も多くの荷車が行き交っていた。
「食料が動き、金が流れ、兵士が給料を受け取る」
「……はい」
「それだけで、国は動く」
その日の夕方。
統治システムが、新たな表示を出した。
【統治システム更新】
・王都食料価格:下落傾向
・商業取引:回復
・王国軍の中立性:維持
・第一王子派:警戒
・第二王子派:敵対
【新規状態】
《王国経済への影響力:拡大》
《国家運営依存度:上昇》
レアルは画面を見つめた。
「……依存度?」
ミディアが尋ねる。
「どうしました?」
「王国が、俺の領地の仕組みに頼り始めているらしい」
「……それは良いことでは?」
「良いことばかりではない」
レアルは静かに答えた。
「俺が倒れれば、王国も混乱するということだ」
そのとき王都の外から、早馬が到着した。
「緊急報告!」
兵士が叫んだ。
「国境に、帝国軍が集結しています!」
レアルは顔を上げた。
「……何?」
「確認できた兵力だけで、五万以上!」
兵士は息を切らしながら続けた。
「さらに後続部隊が集結中! 総兵力は十万に達する見込みです!」
執務室が静まり返った。
レアルは、ゆっくりと立ち上がった。
「……なるほど」
ミディアが震える声で尋ねる。
「どうするのですか?」
レアルは地図を広げた。
「王子たちの喧嘩は、後回しだ」
その目が、鋭くなる。
「本物の敵が来た」




